第23話 カワセミとウグイス(4)

 岩山の中腹に降り立った瞬間、殴られるような強烈な臭いが鼻を叩いた。

 決して不快な臭いではない。

 木々や葉、花などの臭いが混ざり合ったものでもっと香りが抑えられていれば癒しの効果を持ったものとなるであろうが、あまりにも濃縮度が高く、腐った果実のような強烈な甘い香りを漂わせ、目が痛く、喉が気持ち悪くなる。

「この奥に香木が群生しているの」

 青ざめた顔で鼻を押さえながらウグイスが言う。

「これはその香木から放たれてるの」

「集団の暴力ってやつね」

 小さな鼻を摘みながらアケは言う。鼻の穴を塞いであるためか、ふざけている訳でもないのに声が高くなる。

「外敵を寄せ付けない為の進化の過程で得たものだ」

 カワセミがウグイスよりもさらに青ざめた顔で言う。何かのプライドか、2人のように鼻を摘もうとしない。

「主人とオモチが近づけない理由はこれかあ」

 確かにあの2人では鼻が良すぎてこの場にいることすら出来ないだろう。

「私達もこれ以上は無理」

 ウグイスは、臭いでバランス感覚が侵されているのか、フラフラとしている。

 ハーピー と言えど嗅覚は人間以上のようだ。

 そうなるとここから先に行けるのは人間であるアケしかいない。

「任せて!私が最高にいい枝を採ってくるから」

 アケは、胸を張ってポンっと叩く。

「ごめんね。お願いしちゃって」

 ウグイスは、シュンっと小さくなる。

「大丈夫!と・・・友達の為だもん!」

"友達"の部分は、恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にし、語尾が小さくなる。

 その様子があまりにも可愛くてウグイスは、本人にバレないよう鼻と一緒に口を押さえてニヤける。

 アケは、何が可笑しいのか分からず首を傾げる。

 ウグイスは、誤魔化すように開いている手をアケの前に出し、手の平を上に向けるとその上に水色の円が浮かび、線が走って複雑な紋様の魔法陣を描く。

 ウグイスの周りの空気が騒めき、小さな水玉が無数に現れると、吸い込まれるように魔法陣へと集まり、お互いを結合しあい、形を形成していく。

 アケは、蛇の目を丸くしてその光景を見る。

 水色の魔法陣が消え、ウグイスの手に握られていたのは水色の美しい曲線を描いたナイフであった。柄の先端には女神のような美しい女性の顔の彫像がある。

 ウグイスは、女性の顔をアケに向けて渡す。

「水の精霊で作ったナイフよ。香木を切るのに使って」

 アケは、ナイフを受け取る。柄がひんやりとしており、本当に水を握っているかのようだ。

「風の魔法はてんでダメだけど水の物質化は得意なんだよ」

 ウグイスは、少し恥ずかしげに笑う。

 ウグイスは、兄のように風の魔法を使うことは出来ないが、水の魔法、特に物資化が得意らしい。

「精霊の物質化の方が風を操るより遥かに難しいはずなんだけどな」

 妹の才能のズレに呆れたようにカワセミは言う。

 アケは、ナイフを大切に持つと「いってきまーす」と言って臭いの強い方へと歩いて行った。

「まるでガキだな」

 カワセミは、吐き捨てるように言う。

「相当、甘やかされてきたようだな」

 カワセミの言葉にウグイスは、盛大にため息を吐く。

「何言ってんの兄様は」

 ウグイスは、呆れ果てた目でカワセミを見る。

 アケの反応。

 それは人と関わる事をしなかった、いや、したくても出来なかったから相手との距離感と感情の振りが分からないのだ。だからリアクションも大きいし、接し方もとても不器用だ。

 そして何よりも嫌われることを恐れている。

 1人になる事を恐れている。

 今回のことだって失敗して迷惑を掛けた後ろめたさもあるだろうが、何よりもこの失敗でまた皆に嫌われることを、1人になる事を恐れているのだ。

(なんて可哀想なんだろう)

 どんな人生を歩んだらそうなってしまうのか?

 誰か1人でも彼女を守ってくれる人はいなかったのだろうか?

「嫌ったりしないよ」

 ウグイスは、笑みを浮かべて小さくなったアケの背中を見て目を細める、

「頑張ってね。アケ」

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