第16話 日と月の出会い(10)

 生ぬるい。

 息苦しい。

 そして・・・痛い!

 闇の中に落ちたアケを肌を鉄の爪の立ったおろし金で削り取られるような痛みが全身を襲う。

 アケは、あまりの激痛に悲鳴を上げる。が、闇が全ての音を吸収し、無音のままにアケは悶える。

「ごめん」

 エルフの声が聞こえる。

 悲痛な、贖罪の声が。

「そこにあるのはこの森から溢れた澱み。陰の精霊と呼ばれる者達だ。君はその精霊達に食われ、混ざり合い、君と君の中にいる巨人を呪物とする」

 

 陰の精霊?

 呪物?


「呪物を作るには精霊を感じ、巨大な魔力を持つ者を生贄にする必要がある。当然、王や△△を生贄になんて出来ない。どうしようかと悩んでいた時に君が来た。世界を滅ぼす巨人を内に秘めた憎むべき白蛇の国の姫が」

 エルフは、奥歯を噛み、憎々しげに言う。

「ミ達の国を滅ぼしたのは白蛇の国だ。なんの前踏まれもなく襲撃し、民を虐殺していった。その中にはミの家族もいた。民が犠牲になるのを嫌がった王は降伏し、国を捨て、民と共にこの猫の額へとやってきたのさ」

 アケは、痛みの中で動揺する。

 襲った?

 白蛇の国が?

 襲ってきたのは黒狼の方ではないのか?

「君には何の恨みもない。しかし、止められないんだ。白蛇への恨みが。忘れられないんだ。苦しみながら死んだ家族の顔が。だから君を生贄にしてミは復讐する。白蛇の国の姫を、百の手の巨人を使って。でもいいだろう?」

 エルフは、悲しげに笑う。

「君は、死にたがっていたんだから」

 

 ・・・・・・えっ?


「君を蔑ろにした国は呪物になった君と巨人を使ってミが滅ぼす。どうかそれを償いにさせてくれ。巨人のことは心配しなくていい。呪物にすればミの意のままに操れるとあの人が言っていた。国が滅ぶなら君も嬉しいだろう?」


 違う・・・私は国を滅ぼしたいなんて願ってない・・。


 私・・・私は・・・・。


 しかし、アケはそれ以上、考えることが出来なかった。

 激しい痛みが思考を奪う。

 衣服が溶け、皮膚を焼く。

 身体中の骨が軋み、粘土のように捻られる。

 血が身体中を走り、血管が破裂しそうな程に脈打つ。

 そして・・.蛇の目の下の目・・.。

 黒い布が溶け、太く固い、白蛇を模した糸で縫われ、閉じられた両目が現れる。

 白蛇を模した紐は悶え、蠢きながらアケの目から抜け出ようとする。

 アケは、痛みに思考を奪われながらも両目を押える。


 ダメ・・・ダメ・・・。


 私は誰も殺したくない。

 誰も恨んでなんかない。

 私は・・・私はただ・・・。


 しかし、アケはこれ以上考えることは出来なかった。

 頭の上から引き裂かれるような痛みが彼女を襲う。

 アケは、悲鳴を上げ、両目を押さえていた手が離れる。

 白蛇の糸が蠢き、抜けようとする。

 激しい痛みの中、アケの脳裏を過ったのは・・花の匂い漂う美しい黒狼の姿だった。

 アケは、あの時伸ばしきれなかった手を伸ばし、虚空を掴む。

 そしてそのまま無の中に落ちていった。


 黄金の光が闇を突き刺さす。

 闇よりも黒く、星々のように輝く鎖が闇の中に浮かぶアケの身体を抱きしめるように縛る。

 鎖から漂う花の香りに蛇の目が揺れる。

 鎖は、アケの身体を完全に包み込むと上へ上へと登っていく。


 逝くな!


 鎖から強く、威厳のある、温かな声が聞こえてきた。

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