第5話
「それは……」
何を願ったか問われて、弘子は自分の夢について考えた。
小さい頃は、本屋さんになりたかった。お花屋さんにもなりたかったし、ケーキ屋さんにもなりたかった。なぜって、本も、花も、ケーキも、ぜんぶ自分の大好きなものだから。
今はどうだろうか。たぶん、あまり変わっていない気がする。自分の目で選んだ、面白い、素敵な、好きな品物に囲まれて、それを勧めたり売ったりするような、そんなことが私はしたい。そんな風に生きられたら、きっと素敵だと思う。
「秘密です」
「教えてくれないのですか?少し残念です」
「でも、この願いは、自分でかなえたいと思います。だから、ガラスペンの魔法は、やっぱりこの使い方で良かったのだと思います」
「そうですか。それはとても素晴らしいことです」
ブッコローは、あの日魔法のペンを買いたいと伝えた時のように、大仰なしぐさを交えながら言った。
「私も岡崎さんのその願い、陰ながら応援しても構いませんか?」
「もちろんです。友人が応援してくれることほど、心強いものはありません」
「友人ですか。そう思っていただけるだなんて、ありがとうございます。しかし、そうなってくると、たまには近況を報告しあう必要がありますね」
「それなら、また手紙を送りあいましょうよ。住所を教えてください」
「あなたの世界の住所というものは、私の店にはないのです。そうだ、あなたの魔法の杖、今は持っていますか?」
弘子がコートのポケットを探ると、そこには確かにガラス製の魔法の杖があった。家に置いてきたつもりだったが、思わず持ってきてしまっていたのだろうか。
「ありました。これがどうかしたのですか?」
「古の森の妖精の魔法は、もはや失われました。ですが、代わりに私の魔法をかけます。このペンで書いた手紙が、私のもとに届くようになる魔法です」
「本当に?それはとても素敵な魔法です。ぜひお願いします」
ブッコローが知らない言葉で短く念じるようにつぶやくと、弘子の手のガラスペンはほんの数秒だけ、蓄光塗料のように薄ぼんやりと光った。
「これで完了です。私に届くように願いながら、墨色のインクで書いてください。そうすれば、その手紙は必ず私のもとに届きます」
ブッコローが魔法をかけたペンを手に、弘子は店を後にした。外の風は相変わらず冷たく、肌を切り裂くような寒さだ。しかし、弘子の胸のうちは、以前にブッコローの店を訪れた時よりもなお暖かく、ともすれば熱いくらいだった。
「自分でかなえるって、ブッコローと約束もしちゃったし。明日も頑張らないと」
誰にでもない、自分に向けられた言葉を聞いて、岡崎弘子は、夜明け前の暗い道を歩き始めた。
岡崎弘子と魔法のペン @code256
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