第4話
日付が変わってしばらく、丑三つの頃。弘子はブッコローからの手紙に添えられていた招待状の示す場所に、半信半疑の心情で向かっていた。もっとも、ブッコローのお店が魔法のお店であること。あれだけ不思議な体験をした直後なのだから、これ自体はもはや疑ってはいない。
しかし、その招待された場所が、桜木町の駅前にある複合ビルだったのだ。ショッピングセンターや映画館、オフィスなどの入った、現代的で都会的な大型複合ビルである。正直言って、あの時出会ったブッコローの店の雰囲気とは、真逆と言っていいほどかけ離れた印象のある建物だ。しかも、指定された時間は夜が明ける前。そんな時間に行って何があるのかもわからなかった。でも、コンクリートの壁からつながっていた魔法のお店だし。そういうこともあるのかも。思考がぐるぐる回ったまま、やがて目当ての大きなビルに着いた。
不安な気持ちと、楽しみな気持ちと、半分ずつ抱えたまま、二十階はあるだろう大きなビルを見上げた。入り口は空いているようで、少し開いた隙間から、間接照明のような柔らかい光が漏れている。弘子は白い息を小さく吐き、意を決してビルの入り口をくぐる。瞬間、目の前が暗くなったかと思うと、次に目に入った景色は、あの日あの場所で見た、ほのかな白檀の香る、古くて暖かい、ブッコロー店主の小さなお店になっていた。
「すごい、あんなに大きな建物が、こんなに小さくなるなんて」
思わず言うと、奥から見覚えのあるミミズクが現れた。
「そんな、確かに小さい店ですけれど、もう少し何かあるでしょう。趣があっていいですねとか、古臭いですねとか。あれ、古臭いはちょっとまずいですね」
「Tポイントが付くので古臭くはないです」
「Tポイントが付くからって先進的ってわけじゃないですけれどね。うちはキャッシュレス決済はやっていないのです。いつもニコニコ現金払いしか受け付けていません」
「不思議に思っていたのですけれど、日本の現金で大丈夫なのですね」
「そこはなんといいますか、うまいことやる方法があるのですよ。秘密ですけれどね」
ブッコローの嘴の端が、笑ったように少し吊り上がった。器用に表情を作るものだ。
「ブッコローさん、また会えて嬉しいです。お店の商品を見て回ってもいいですか?」
「岡崎さん、私も会えて嬉しいですよ。もちろん見ていただく分には構いません。ただし、もし気に入った商品があったとしても、もう岡崎さんにお譲りすることはできませんけれど」
「えっ、どうしてですか?」弘子は目を丸くして聞き返した。
「このお店にある商品は、すべてが魔法のかけられた品物なのです。そのような物を、一人の人間がたくさん持つのは、とても危険なことなのです。本当は一つだけでも危険はあるのですけれど」
たしかに、書いた願いをかなえるかもしれないペンだなんて、一歩間違えたらとんでもないことが起こるかもしれないものだ。そういう品だとわかって手に入れたとしたら、持っているときの精神状態によっては、どういう悪事に使ってしまうか、自分でもわからないかもしれない。
「だから私は、本当はもうここには来られないはずだったのですね」
「その通りです」ブッコローは弘子の思考を察したのか、ただ肯定する。
「もっとも、もう一度このお店に来る願いをかなえるために、一度しか使えない魔法を使うなんて。そんなことをした人は初めてです。これは想定外でした。私があなたなら、買えばすべてが万馬券になる体質になることを願ってしまうかもしれません」
「私だって、まさか本当に願いがかなう魔法が込められているだなんて、想定外でしたよ」
ブッコローは、ふむ、と少し間をおいて、続けた。
「では、願いがかなう魔法が込められていると信じていたなら、岡崎さんは一体、あの魔法のガラスペンで何を願ったのですか?」
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