第3話

 さて、書いたはいいが、よく考えてみれば送り先の住所がわからない。インクを乾かし、蔦の絡まる大樹の描かれた封筒に入れる。慣れた手つきで封蝋を押すと、弘子は直接手紙を届けるため、あの不思議な店を目指して家を出た。

 その日は冬晴れで、日差しは暖かくも、風は冷たく枯葉を散らした。弘子は首に巻いたマフラーを握りしめながら、少し猫背で足早に歩く。やがてたどり着いたあの路地裏には、しかし、数日前に見た不思議なお店がどこにもなかった。古びた木製の扉どころか、一面コンクリートに覆われた壁と、煤で盛大に汚れた室外機しか、そこにはなかったのだ。

「あれ、確かにここのはずだけれど」

 弘子は誰にでもなく言いがら、あたりを見回す。確かにここだ。ここにあの、ミミズク店主の店があったはずなのだ。こんなことがあるだろうか?弘子は不安になってしまった。あの日訪れた、あの不思議な店は、あのとき体験したことは、いったい何だったのか?でも、確かにあの店でペンを買い、そのペンでお礼の手紙を書いたのだ。私はおかしくなってしまったのだろうか。

 きっと、ここだと思ったことが勘違いのはずだ。どこか近くにあの店があるはず。弘子は祈る思いで周囲を探して歩き回った。歩道橋に上り、周囲を見回す。向かいの路地に入ってみる。知らない家族の笑い声が聞こえる公園を通り過ぎて、踏切を渡る。しばらく夢中で歩いたが、やはり店は見つからなかった。こんなところまで足を伸ばした覚えはない。いったん元の場所まで戻ろう。そう思っているときだった。

 弘子の胸元で目も眩むような強い光が輝き始めたのだ。まさか、と取り出して見れば、やはりそれ、光っているのは、先ほど弘子がしたためた手紙である。手紙を取り出すと、さらに光は強くなり、ついには視界を真っ白に覆ってしまった。

 どれくらいの時間が経っただろうか。少しずつ光がおさまり、視界が戻ってくる。いったい何が起こったのだろうか。先ほどまで手元で光を放っていた手紙を見ると、封筒はあの店の店主に似たミミズクをあしらったものに変わっていて、それに封もされていなかった。これは私が書いた手紙じゃない?弘子は戸惑いながら、中の便箋を取り出した。そこには菫色のインクで、弘子の書いた手紙への返事が書かれていた。

―――岡崎弘子様へ

 とても丁寧で素敵なお手紙を、ありがとうございました。このようなお気持ちをいただけることを想像もしていませんでした。最初はただのお客様でしたが、今ではあなたのことを、とても信頼の置ける人だと考えています。

 さて、岡崎さんのもう一度ご来店になりたいとのお気持ち、とても嬉しく思っております。岡崎さんも薄々お感じのこととは思いますが、私の店は普通の店ではありません。本当は、一般の人が何度も来られるようなものではないのです。

 ですが、あなたが魔法をかけた手紙がそれを可能にしました。この手紙には招待状をお付けしております。もう一度あなたに会えることを楽しみに待っています。

 ガラスペンの杖の魔法使いへ、R.B.ブッコローより、再会の願いを込めて。―――

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