二 結団式(後編)

 芽室めむろ先生せんせいがマイクのまえ一礼いちれいする。

 <開式かいしき言葉ことば

 <ただいまより、ぞく世界せかいれき三二年度ねんど日本にほん国立こくりつあかれんが小学校しょうがっこうぐん硝子がらすばちサテライト校竹狩たけかり遠足えんそく結団式を開会いたします>

 三歩さんぽうしろにさががった芽室先生にわり。大股おおまたで一歩まえに出たふく校長こうちょうよこ先生がマイクにつばばしながら、ハキハキと宣言せんげんした。

 <校歌こうかばん斉唱せいしょう

 モニターに校歌の一番歌詞かし表示ひょうじされ、ピアノ演奏えんそう録音ろくおん)がはじまる。


 続日本国立赤れんが小学校群硝子鉢サテライト校(一番)

 作詞さくし作曲さっきょく キヤ


 赤きまどかまもられて

 った硝子のはち

 きみとわたしがねがうのは

 ああ つづく世界の平和へいわ

 ああ 続く日本の調和ちょうわ

 ああ 続くただ一つのそら


 校歌の歌詞がえて、ステージじょうならんだかく学年がくねん主任しゅにん六人がうつる。

 <各学年主任の言葉>

 <一年生のみんなー。はじめての遠足、いっぱいたのしもうね!>

 <二年生のみんな、たけ練習れんしゅう頑張がんばったね。明日あした本番ほんばんの遠足だよ。はんのおともだちと一緒いっしょ仲良なかよく竹を狩ろう!>

 <三年生のみんな、無事ぶじ第三だいさん体育館たいいくかん避難ひなん出来たかな?

 ……今日きょうこわいことがあったけれど、それだけできみたちが後ろへ一歩ずつ下がる理由りゆうにはならない。今日は立ちまった。でも、絶対ぜったい後ろには下がらないで。明日は、前に一歩ずつしていこう>

 <四年生のみんな、小学校生活せいかつはもうかえ地点ちてんぎました。二年十か月には小学校を卒業そつぎょうします。後悔こうかいしないように、全力ぜんりょくで遠足、頑張ろうね!>

 一年生から四年生までの学年主任はよく知らない。たぶん、始業しぎょう式でも、挨拶あいさつがあったけれど、おぼえていない。

 本当ほんとうに、六年生の担任六十人と副担任六十人だけで、百二十人だもんね。

 いちいち、学年まで、覚えられないよ。よほど、委員いいんかい活動かつどうやクラブ活動で、顧問こもんになった先生と定期的ていきてきはなしたとしてもね。すぐ、わすれちゃう。

 でも、このひとだけは忘れられない。

 奥谷おくたに 伝説男えいゆう先生。

 こん年度は、五年の学年主任。

 <五年生、本当にきがない。

 さく年度の五年生だった今の六年生はとても頑張っていたぞ!

 団体だんたい行動こうどうおくれが目立つ!

 五分前ごふんまえ行動と班単位たんいでの行動をもっと努力どりょくしろ!

 皆が目指めざすべきは、Vブイ小の原典げんてんほうだ。

 この小学校の原典につきしたが価値かちなどい!

 VIRGOヴィルゴあいされた原典を目標もくひょうとしろ!>


 あのですね。

 一応いちおう、この小学校の原典であるわたし、今日きょう欠席けっせきじゃ無いんですよ。ちゃんと、結団式にもリモート出席しゅっせきしてますよ。

 うん。

 やっぱり、強烈きょうれつ教育きょういくしゃだ。

「うっわ、五年の奥谷先生、キレた」

かえで先生、おな職場しょくばはたら人間にんげんとして、あのメッセージはどうなの?

 いの?

 くないよね?」

 タンサくんつぎに、クラスのムードメーカー、油本ゆもとくん

 スポーツ万能ばんのう。クラスでは、ごう君のつぎ勉強べんきょうが出来る男子だんし

 五郷君よりもボランティア精神せいしんにあふれているのは間違まちがいない。

「先生それぞれにも『おかんがえ』があるの。

 今年度の五年生は最初さいしょまとまりが無かったかもしれないけれど。

 奥谷先生は、明日の竹狩遠足での成長せいちょうにとても期待きたいしているはずよ」


「でもさ、でもさ、でもさ。

 あまりにも遠回とおまわしと言うか。あれじゃあ、説教せっきょうだもん。

 かわいそうな五年生」

「まあ、黄金こがねさんのようにおもう子もおおいよね。

 今年度の五年生は三・四年生のほうが落ち着きがあるから、わるちするんだよね~」

 ネッサがみんな同意どういもとめるように、周囲しゅうい見渡みわたす。

 うんうん、とあちこちでうなづいている。

 そして、ヒソヒソばなしがまた再開さいかいされる。

「はいはい。そういう貴方あなたたちも、おしゃべりが止まらないわね。

 結団式に集中しゅうちゅうしてね。

 つぎは、いよいよ六年生の学年主任の言葉よ」

 楓先生によって、皆が一斉にモニターに見入みいる。

 そして、思い出す。

 六年の学年主任。

 嗚呼ああ、「眼鏡めがね地蔵じぞう」か。

 <えーっ、六年生の皆さん。

 えーっ、一人一人が最終さいしゅう学年という自覚じかくをもって、困難こんなんに立ちかってください。以上です>

 ……。

ぞうさか先生、奥谷先生にってかれたね」とフォローにならないフォローを入れる油本君。


 眼鏡ポジションをカチャカチャ直す蔵坂先生に、ノアンはあきれて、盛大せいだいなためいきをついた。

「そもそも、蔵坂先生って事務じむてきな、一歩いてる人でしょ。

 熱血ねっけつ大売おおうしの奥谷先生とはむ世界が違うのね。

 ドンきし過ぎて、思考しこう停止ていししてた。

 あの表情ひょうじょうは、恐竜きょうりゅう化石かせき展示てんじでも見てる気分きぶんでしょうね」

「何それ?

あるく眼鏡地蔵』でしょ?」

「わたしは先生っていう職業しょくぎょうとうとばないから、化石展示の見学者みたいにしか見えない」

たしかに。きゅう日本教育を守りたい保守ほしゅっている奥谷先生は児童じどう感動かんどう教材きょうざいにしかみてないってこと。

 続日本教育はくだらないしばりなんて、撤廃てっぱいした『のびのび』だから。

 じゅくに来る他校たこうの子たちも、最近さいきん、保守派が活発かっぱつ化して来て、とく主義しゅぎ思想しそうの無い先生がストレスかかえているってさ」

 五郷君はまた塾の宿題しゅくだいをやり始めながら、そうつぶやいた。

「教育が竹のように、『のびのび』なら。

 ウチ学力がくりょくも『のびのび』じゃないと、おかしくな~い?」

 ネッサの疑問ぎもんに、五郷君は「ふん」っとはなわらって、一蹴いっしゅうした。


 ステージからゾロゾロ学年主任たちが降壇こうだんしていく。

 そして、また、芽室先生がマイクの前に立って、進行していく。

 <結団宣誓せんせい

 全校ぜんこう児童代表だいひょう、六年十五組戦国せんごく 三ツみつやさんは登壇とうだんしてください>

「あー、あの子だ」

無難ぶなんよね。

 あの子のおにいさんとおねえさんも、全校児童代表だったもんね」

 一気いっきに、クラスの「竹狩遠足」のねつめていく。

 モニターを見るのをやめて、ウィンドブレーカーをこんだ油本君。モニターを見上みあげずに、つくえした。

優秀ゆうしゅう過ぎるけど。

 まあ、V小の子にくらべたら、おとるんじゃない?

 ウチにはどうでも良いわ~」

「戦国君のこと、きらいなの?

 全校児童にやさしい、博愛はくあい主義の王子おうじさまだよ」

「だから、よ。ノアン、かんがえてみて。

 王子様気取きどりっていうのが気に入らない。

 あんなはらが見えないやつと話すなら、タンサのほうが面白おもしろいからゆるせる」

「ふーん。

 ネッサはタンサ贔屓びいきなのね」

 ノアンにからかわれたネッサちゃんはそこから、タンサ君にたりらすように話しかける。

「タンサ!

 なんで、児童代表やらないの?

 立候補りっこうほしなさいよ!」

「ネッサ、タンサ。言いあらそいしない!」

「楓先生、おれはまだ一言もしゃべってませーん。マシンガントークはネッサだけでーす」

「どうせ、タンサが挑発ちょうはつしたんでしょ」

「楓先生、今のはタンサはきこまれただけです。完全かんぜんなもらい事故じこですよ」

 五郷君はタンサ君を弁護べんごしつつも、宿題をやり続けている。

「でも、タンサは日頃ひごろおこないがわるいから、仕方しかたが無いでしょ。

 うたがわれるような日常にちじょう生活せいかつ態度たいど改善かいぜんしないから、間違われるの。

 これをに、反省はんせいしなさい」

「疑わしきはばっせずって、推定すいてい無罪むざいらないの?

 無知むちだねー、続日本教育者はさー」

 タンサ君はまた、楓先生にからみ出す。

「あー、いやだ。嫌だ。

 ウチ等と同じ人間とは思えないわ~。

 んで、結局けっきょく、戦国少年しょうねんなに言ったの?」

 小学六年生とその担任たんにんと、学年主任がつくった、複数ふくすうの人間が関与かんよしたであろう、子どもくさいスピーチが当たりさわりなく続いていた。

 でも、最後さいごに。こぶしげる動作どうさかえす、戦国君。

 <いざ、たけり!

 えいえいおー!>

「「「……」」」

 <えいえいおー!>

「「「……」」」

 <えいえいおー!>

「「「……」」」

 第一体育館の結団式にかかわる職員しょくいんも。第三体育館に避難した三年児童も。

 ましてや低学年・中学年・高学年教室とうにいる児童も、事前じぜんわせの無い「えいえいおー!」のかけごえに、おうじるわけもなく、無言むごんのまま。

 ほほにして声をあげる戦国君の芝居しばいがかった「えいえいおー!」を、ながめるだけだった。


 <名誉めいよ校長の言葉>

「名誉校長、スピーチ頑張ってください」と戦国君が声かけしたおおきな声が、芽室先生が使用しようするマイクにひろわれて、校内こうないひびわたる。

 だけれど。

 アンネームはまるで、だれにも話しかけられていないように反応はんのうのまま、登壇とうだんする。

 モニターには、艶々つやつや椿ツバキのようなお帽子ぼうしかぶって、ムスッとしたアンネームのかおがズームでうつし出される。


 <今回こんかいの遠足は、V小のつよ希望きぼうで、V小と硝子鉢小が同じ目的地もくてきちとなりました。

 まあ、ほかのサテライト校との交流こうりゅうかいももちろん予定よてい無いし、するつもりも無いし、はっきり言って迷惑めいわくなんだよね。

 んで、えーっと……何だっけ?鈴木すずき君>

 校長として、名誉校長を全身ぜんしん全霊ぜんれいささえている、もとVIRGOだいの小鈴木さん。現在げんざいは、公立こうりつ校への出向しゅっこう職員あつかいらしい。

 れない小学校分掌ぶんしょう戸惑とまどいながら、保守派と急進きゅうしん派と中道ちゅうどう派の教育者にはさまれながら、どうにか、校内でのVIRGOの地位ちい維持いじしている。

 <児童へ激励げきれいの言葉をおねがいします>

 <そうだった、そうだった。

 えーっと……激励って、されたこと無いからわかんない。何言えば良いの?小鈴木君>

 <『頑張れ』とか、『ケガに気をつけて』とかです>

 <ふーん。

 まあ、頑張らなくて良いし。

 どうせ、V小の自称じしょうエリートどもに絡まれてケガするだろうし。

 もう、硝子鉢小が竹狩遠足へ意味いみって言うのは、『他の学校が遠足やるから、足並あしなみそろえなきゃ』っていう大人おとな事情じじょうなんだよね。

 教師きょうし抗議こうぎ活動で、学校崩壊ほうかいとして認定にんていすべきだけど。そんなことしてるひまがあったら、授業じゅぎょうをまともにやるべきだよね。

 勉強しないで、学校卒業しちゃうなんて。

 本当に、おそろしい>

 ……名誉校長、あっけらかんとそんな本音ほんねを言わないでも良いのに。

 というか。学校教育経験けいけん者の家庭学習ホームスクールそだったらしい貴方が、それを言っちゃって良いのか。

 <そうそう。

 硝子鉢小では、一部いちぶの先生が抗議活動をして治安ちあん維持きょく拘束こうそくされました。

 V小では、一部の児童がボイコットすると宣言しました。

 大人も子どもも、何やってんだか!

 あと、奥谷。

 セイレーン原典をあまく見るな。

 セイレーン原典。もし、奥谷とその血族けつぞくたすけをわれても、すくわんでよろしい。以上いじょうだ>

 って。

 待って。

 待って。

 スピーチの情報じょうほうりょうがいきなり多くなったぞ。

 まった油断ゆだんしていた五郷君も宿題の手を止めて、椅子いすから立ち上がった。

「V小のボイコット」情報をいて、こころがざわついたのは、五郷君だけでは無い。わたしだって。ネッサちゃんだって。ノアンちゃんだって。

 楓先生だって。実力じつりょくのあるV小の児童がボイコットした真意しんいりたそうに落ち着きがない。

 竹狩遠足を妨害ぼうがいしにやって来るか。

 あるいは、本当のボイコットで、硝子鉢小にりこんで来るかもしれない。

 V小児童の暴走ぼうそうは、体力たいりょくも学力も経験たかい、人間として出来上がっている子たちが暴走するから怖いんだよ。

 六年連続れんぞくなんてことない結団式になると思っていたわたしたち。

 結団式の始まる前から、わった後も、心がザワザワしている。

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