ブルーマーキュリー【近未来SF×ディストピア×未知の植物を駆除しよう！】

三 寄り道して良い日

　結団（けつだん）式（しき）の後（あと）。

　わたしたちは真（ま）っすぐ下校（げこう）しなかった。

　寄（よ）り道（みち）をして良（い）い日（ひ）。

　街（マチ）の酔（よ）い止（どめ）め飴（あめ）専門（せんもん）店（てん）に、酔い止め飴を買（か）いに行（い）くのがわたしたち小学生（しょうがくせい）の楽（たの）しみ。

　今日（きょう）から竹取（たけとり）週間（しゅうかん）が始（はじ）まっている。

　初日（しょにち）は結団式よりも、もっともっと大切（たいせつ）な、「寄り道」の日だから。

　だから。

　本当（ほんとう）は行（い）きたくない竹狩（たけがり）遠足（えんそく）でも、ほんの少し「楽しみな気持（きも）ち」が湧（わ）く。

　友（とも）だちだけじゃない。

　街全体（ぜんたい）がわたしたち小学生が寄り道しても怒（おこ）らないなんて、本当に不思議（ふしぎ）。

　続（ぞく）日本（にほん）国立（こくりつ）赤（あか）れんが小学校群（ぐん）児童（じどう）の通学（つうがく）は、徒歩（とほ）以外（いがい）赤（せき）円（えん）市（し）営（えい）交通（こうつう）局（きょく）が支援（しえん）している。

　赤れんが小学校群本校は、「未知（みち）の植物（しょくぶつ）が生（は）えない」点（てん）では最（もっと）も安全（あんぜん）な沿岸（えんがん）部（ぶ）の夕湾（ゆうわん）市（し）に位置（いち）する。どのサテライト校からも離（はな）れている。

　夕湾市から内陸（ないりく）に進（すす）むと、赤円市。平（たいら）山（やま）と扇状（せんじょう）地（ち）、蛇行（だこう）する硝子川。

　赤円の境界（きょうかい）には、青銀（せいぎん）竹（ちく）から市民（しみん）を守る「水壁（すいへき）」。そのさらに奥（おく）の丘陵（きゅうりょう）地帯（ちたい）は全（すべ）て青銀竹で覆（おお）い尽（つ）くされている。

　赤円市の小学校には、サテライト校が超（ちょう）大（だい）規模（きぼ）校十校。大規模校が六校。

　中（ちゅう）規模校三校は医療（いりょう）施設（しせつ）に。中規模校一校が赤円市役所（しやくしょ）に併設（へいせつ）されている。

　市内（しない）の小学校は全て中央（ちゅうおう）か山の手（て）に位置している。

　駆除（くじょ）活動（かつどう）を何（なん）らかの理由（りゆう）で出来（でき）無（な）い子（こ）どもは、夕湾市の続日本国立学校無（む）選別（せんべつ）第十学校に遠（えん）距離（きょり）バス通学（つうがく）している。

　地下鉄（ちかてつ）は、南橋（みなみばし）線（せん）・中央線・西（せい）扇（おう）線・赤王（せきおう）線。

　VIRGO（ヴィルゴ）は、山の手に造成（ぞうせい）された区画（くかく）なので、地下鉄赤王線は岩盤（がんばん）がかたいところから終点（しゅうてん）駅まで地上（ちじょう）を走行（そうこう）させている。

　トラム通学の子は、東（とう）廻（かい）線・光輪（こうりん）線で通学している。

　ここら辺（へん）の地域（ちいき）には、青銀竹の地下（ちか）茎（けい）が侵略（しんりゃく）する可能性（かのうせい）があって、わざと地下鉄をつくらなかった。

　家（いえ）から離（はな）れた、硝子鉢サテライト校に通（かよ）うのは毎日（まいにち）大変（たいへん）だ。

　市営地下鉄南橋線硝子鉢サテライト駅三番出口（でぐち）。

　高（こう）学年（がくねん）教室（きょうしつ）棟（とう）の階段（かいだん）を下（くだ）って、この直結（ちょっけつ）の出口へ向（む）かう。

　専門店の最寄（もよ）り駅、中央駅方面の電車（でんしゃ）を待（ま）つ。

　ゴウン、ゴウン、ゴウン、ゴウン。

　随分（ずいぶん）重低（じゅうてい）音（おん）な鐘（かね）の音（おと）。

　地味（じみ）な通信（つうしん）の着信（ちゃくしん）音。

　さっきも、児童（じどう）玄関（げんかん）の下足（げそく）箱（ばこ）前（まえ）で、内靴（うちぐつ）から外靴（そとぐつ）に履（は）き替（か）えていたとき。VIRGOから支給（しきゅう）されている通信端末（たんまつ）OV《オヴ》に着信が入（はい）った。

　一度は無視（むし）したけれど、ずっと鳴（な）り続（つづ）けている。

　＜やっと、繋（つな）がった！もしもし、キュウ？＞

　VIRGO第（だい）八課（か）の瞳宮（とうみや）　研磨（けんま）大也（だいや）課長（かちょう）が慌（あわ）てて、OV越（ご）しに怒鳴（どな）っている。

　おそらく、硝子鉢小の結団式中に起（お）こった、「続国立小学校職員（しょくいん）による抗議（こうぎ）活動」。そのことで、心配（しんぱい）になったんだろうな。

　治安（ちあん）維持（いじ）局（きょく）が拘束（こうそく）して、児童もケガしなかった。

　それでも、VIRGO外（がい）に暮（くら）す、セイレーン原典（げんてん）。守（まも）ろうとしても守り切（き）れない状態（じょうたい）がわたしなのだ。

「こんにちは、ダイヤさん」

　＜ご家族（かぞく）とは連絡（れんらく）がついた？

　もう、ビックリしたのよ。

　やっぱり、貴方（あなた）もVIRGO小に編入（へんにゅう）させるべきなのかしら……＞

「同じ続国立小でも、VIRGO職員の子と一緒（いっしょ）に勉強（べんきょう）するのはちょっと」

　今日は酔い止め飴を買（か）うために、街の酔い止め飴専門店「日（ひ）ノ入（いり）亭（てい）」へ行（い）くことを告（つ）げる。

　＜予定（よてい）通（どお）り、日ノ入亭へ行くつもり？

　こちらから、強力（きょうりょく）な身辺（しんぺん）警護（けいご）を派遣（はけん）させてもらうわよ。

　気（き）に入（い）った味（あじ）があるでしょ。

　最悪（さいあく）の場合（ばあい）。

　用心棒（ようじんぼう）たちに買いに走（はし）らせれば、済むわね？＞

「ゆっくり買い物します」とは言ってみたものの、ダイヤさんは聞（き）く耳（みみ）を持（も）ってくれない。

　＜キュウ。

　とにかく、気をつけるのよ。

　貴方以外、続日本の正統（せいとう）な原典は、破綻（はたん）　守破離（しゅはり）だけになるのよ＞

「守破離ちゃん、元気（げんき）ですか？」

　＜……貴方の戦績（せんせき）……いえ、駆除活動の奉仕（ほうし）精神（せいしん）に圧倒（あっとう）されて、学校も休（やす）みがちよ。

　第五課がありもしない特別（とくべつ）訓練（くんれん）を水（みず）増（ま）ししてる。

　そろそろ、監察（かんさつ）官（かん）にバレるんじゃ無いかしら？＞

　いや、そんなこと大（おお）っぴらに言っている時点（じてん）で、不（ふ）特定（とくてい）多数（たすう）にバラしていることになるんじゃ。

　これだから、わたしは竹狩遠足にも、VIRGOにも行きたくない。

　普通（ふつう）の小学生に戻（もど）りたい。

「第八課が根回（ねまわ）ししてるんじゃなかったんですか？」

　＜あの子、わたしのこと、嫌（きら）いなんですって。

　だから、あの子の権限（けんげん）は第八課から第五課に移（うつ）ったの＞

「簡単（かんたん）に移（うつ）せるんですか？

　いつです？」

　＜四月一日から、第五課が面倒（めんどう）見（み）てる＞

「年度（ねんど）の切り替わりのときですか。

　うらやましいです」

　＜キュウ。正直（しょうじき）ね。

　でもね、貴方しかいないのよ。

　頑張（がんば）ってね＞

　わたしはその無責任（せきにん）な「大人（おとな）の激励（げきれい）」に対（たい）して、何も答（こた）える気になれなかった。

　＜まあ、仲良（なかよ）くしてくれるお友（とも）だちがいるみたいだから。

　竹狩遠足は出席（しゅっせき）するつもりよ。

　キュウ。

　貴方も、気をつけてね。

　お菓子（かし）の食（た）べ過（す）ぎ、しちゃ駄目（だめ）よ？良（い）い？＞

「はいはい。

　ダイヤさんこそ、エビフライと唐揚（からあ）げの食べ過ぎに注意（ちゅうい）してくださいね」

　＜そんなストレスたまらないわよ。

　もう、わたしたちVIRGOの調整（ちょうせい）は終（お）わったの。

　竹取週間中は、教育（きょういく）機関（きかん）が主体（しゅたい）的（てき）になって、未来（みらい）の続世界市民を育（そだ）てる。

　VIRGOは後方（こうほう）支援だけね。

　じゃあ、明後日（あさって）ね＞

「明後日は回復（かいふく）日（び）です」

　＜そう。

　じゃあ、明々後日（しあさって）に会（あ）いましょうね＞

　通信が終了（しゅうりょう）した。

　ほんの少（すこ）し通信しただけなのに、OVガ熱（ねつ）を持っている。

　おそらく、通信がさまざまな機関と組織（そしき）に「見守られている」んだろうな。

　妨害（ぼうがい）や覗（のぞ）き見、盗（ぬす）み聞（ぎ）き。

　それに耐（た）えたOVは放熱（ほうねつ）し始（はじ）める。

　＜まもなく、一番線ホームに中央駅行きが到着（とうちゃく）します。ご注意ください＞

　＜まもなく中央駅に到着します。降（お）り口（ぐち）は左（ひだり）側（がわ）です＞

　電車（でんしゃ）内に、アナウンスが流（なが）れた。

　反対（はんたい）の二番線ホーム、南橋線国際（こくさい）記念（きねん）橋（ばし）方面も、混（こ）んでいる。

　スーツケースを押（お）しながら移動（いどう）する人。

　真（ま）っ黒（くろ）な十五（じゅうご）夜（や）局（きょく）国際救助（きゅうじょ）隊（たい）の作業服（さぎょうふく）に映（は）える黄金（おうごん）の星（ほし）のワッペン。

　国際記念橋方面終点（しゅうてん）の大（おお）南（みなみ）橋（ばし）駅は、空港（くうこう）線への乗（の）り換（か）えがある。

　いつもの帰（かえ）りに、十五夜局の国際救助隊に遭遇（そうぐう）したら、立（た）ち止（ど）まって手を振（ふ）る。

　でも、今日の小学生は続世界で活躍（かつやく）する英雄（えいゆう）よりも、自分が英雄になる明日のことしか考（かんが）える余裕（よゆう）が無い。

　だから、彼等（かれら）になんか、手を振（ふ）らない。

　彼等はわたしたちが市外で竹を狩（か）るのがわかっている。

　だから、海外（かいがい）遠征（えんせい）に行けるんだ。

　わかってる。

　いつもは、地下鉄南橋線中央駅からトラムの東廻線中央東（ひがし）停留（ていりゅう）所（じょ）へ乗り換え。

　今日はまだ乗り換えをせずに、ひとまず、南橋線中央駅二番出口を目指（めざ）す。