第8話:僕の好みは一般受けしない!
先日の姉嵜先輩の訪問の時に、僕はなにか間違えてしまったらしい。
泣きながら去っていってしまったに見えた、文芸部の部長、姉嵜先輩が毎日僕達のラノベ研究会に来るようになってしまったのだ。
「どうしたんですか? 姉嵜先輩。ここは文芸部じゃありませんよ?」
凍るような視線と態度で助手が姉嵜先輩に言った。
言いにくいことも実にズバッと言うなぁ、この助手は。僕が言いにくかったから心強いばっかりだけどさぁ。
「まぁ、気にするな。交換留学生みたいなものだ」
助手の態度もなんのその。慣れた感じで姉嵜先輩が答えた。この人の鉄のメンタルもすごい。
そして、姉嵜先輩が何を言ってるのか訳がわからない。
交換留学生って、海外の姉妹学校なんかで生徒が互いの学校に留学し合うみたいな、あれだ。
先輩と僕は当然同じ学校だし。文芸部とラノベ研究会で部員を交換して交流するなら比喩的な表現として合ってるのかもしれない。
だけど、現実は単に姉嵜先輩がラノベ研究会に居座っているだけだ。
「怪しさしか感じないんですけど、姉嵜先輩」
「どうしたっていうんだ。可愛い顔が台無しだぞ? 妹崎くん」
どうしてこの二人はこう仲が悪いのか。それなのに、わざわざ同じ空間にいて……。トラブルが好きな二人なのだろうか。
「文芸部の部員の方がお待ちになっているんじゃないですか? 姉嵜先輩」
「いやいや、文章の先輩として君たちの活動を見てあげようという先輩心だよ 妹崎くん」
僕に二人の間に割って入る勇気はなかった……。だって、誰だって虎とライオンが目の前で争っていたら、間に入らないだろう? まさにそんな気分だった。
「じゃあ、私達のラノベ研究会の真髄を見せつけてやりましょう、先輩」
助手が少し妖艶な、それでいて不敵な笑みを浮かべながら僕の方を見た。僕には分かる。あれは助手が、何か「悪いこと」を思いついたときの顔だ。
「良いことを思いついた顔」ではなく、「悪いことを思いついた顔」だ。
これはいかん。姉嵜先輩は泣かされて文芸部に逃げ帰る未来が思い浮かんだ。それほどまでに、助手は危険なのだ。歩く危険物なのだ。しゃべる毒劇物なのだ。
僕はたまたま「毒劇物取扱者」の資格を持っているから、その毒がどれほど危険か知っている。
「姉嵜先輩、今日はちょうど『ヒロインの魅力』について話し合うことになっていました。ぜひ、見ていってください」
助手がニヤリとして姉嵜先輩に言った。絶対そのままの意味じゃないはずだ。しかも、今日の議題はそんな内容じゃなかったはず。何を企んでいるのか知らないけれど、僕は助手に逆らうことはできないでいた。
「先輩、先輩は小学生の頃からラノベ作家になりたかったんですよね? その時は、どんな女の子が理想のヒロインでしたか?」
座っている僕の横に立ち、助手が僕の肩に手を置いた。先日のこともあるし、こういうちょっとしたボディタッチだけでもドキドキしてしまうんだけど……。
それよりも、助手に小学生の頃の話をしたことがあっただろうか。僕は親の仕事の都合で3年ごとに転校を繰り返していた。小学生の時の記憶なんていくつかしか残っていないのだ。
「小さい頃……。生徒会長タイプの女の子が好きだったかな。背が高くて、背筋が伸びていて、ハキハキ喋る気持ちのいい感じの……」
僕は昔のことを思い出しながらしゃべった。僕がまだ小さい頃、テレビで見たアニメのキャラクターがちょうどそんな感じだった。当時はどうやったら、あのアニメのキャラクターと付き合えるか考えていたんだ……。ホントに恥ずかしい。
「好きだった髪形はどんなのでしたか?」
助手が追加で訊いてきた。
「それは……長いポニーテールで……根元をリボンで縛っていて……」
助手にいいように誘導されて、僕は言葉がするすると出てきた。
「それじゃあ、まるで今の姉嵜先輩みたいじゃないですか」
悪だくみが成功した時の子どもの様に助手がニヤリとして言った。
「ふぁっ!」
姉嵜先輩が変な声を上げた。
「い、いや、その、これはたまたまというか……。九十九くんの理想と私が目指すところが偶然一致した結果というか……」
何があるんだ!? 姉嵜先輩が明らかに挙動不振になった。
「あははははははははは。今日はいい天気だな! よーし! 文学表現を高めるためにちょっと散歩でもしてみるか!」
姉嵜先輩は明らかに何かを誤魔化している。顔を真っ赤にして教室を出て行ってしまった。泣いて出て行ったり、真っ赤になって出て行ったり、忙しい人だ。これまで僕が思っていた「冷静で頼りがいのある先輩」というイメージから若干ブレ始めていた。
それはそうと、この助手は何かを知っている。姉嵜先輩のことを知っているに違いない。
「助手……きみは一体何を……」
そこまで言いかけたところで、助手が僕の言葉に彼女の言葉を被せてきた。
「今の理想のヒロインはどんな子ですか?」
うっ……。色々言いにくい。先日のあれがあってから僕の心は急激に助手の方に傾いて行っている。
ここで「年下の半眼ジト目のショートカットの子」なんて言おうものなら、「先輩私のこと好きなんですか? 先輩如きが私のことを!」とか僕のメンタルをバキボコベコにしに来るに違いない。
「そんなステレオタイプのヒロインは、最新のラノベでは出てきませんし、いいとこ わき役です。最新の好みにアップデートしているんですよね?」
助手の言う通りだ。ステレオタイプのヒロインと言えば、たしかに姉嵜先輩がバッチリヒットする。
でも、僕はそれを黒歴史だと思っている。多少恥ずかしいとも思っている。一般的なラノベ読者層の好みとずれてしまっていると思っているからだ。だから、僕は姉嵜先輩が少し苦手なのだ。
そこで、僕はダミーの理想を言うことにした。ダミーと言ってもここ最近の好みには違いない。
「最近は背が低くて銀髪でミニスカのゴスロリメイド服を着ている様な妹みたいな子が好みかなぁ」
「完全にラノベ脳じゃないですか。普通の学校に銀髪の人とかいたら目立ってしょうがないです」
適度に言葉の
そう、さっき僕が言ったのはイラストレーターの「AMI」の影響。WEBでイラストを描いている絵師さんで包帯、眼帯、クマのぬいぐるみなんかがよく出てくる世界観のイラストをよく描いている(多分)女性だ。
「単に、イラストレーターの『AMI』って人の影響だから」
僕は自己弁護的な蛇足を言った。それはもう蛇に足がいっぱいついていて、ムカデみたいな状態になるくらいに蛇足だった。
助手がラノベ研究会に入って来てから、ちょいちょい「AMI」のイラストを見ていたのを知っているし、なんとなくお勧めされて気に入ったというのもある。
「……先輩、『AMI』が好きなんですか?」
助手が彼女のタブレットで検索してAMIのイラストを何枚か表示させて言った。こうちゃってちょくちょく見せてくるので、段々気になって来たんだ。
「うん、これこれ。かわいいし、なんか気になって……」
「そうですか。『AMI』が好きですか」
普段、無表情の助手が少しだけ微笑んでいる様に見えた。きっと自分の趣味が肯定された気がして嬉しいのだろう。僕にもその気持ちは分かる。
「先輩、私はミニスカのゴスロリメイド服を着た方がいいんでしょうか?」
助手も変なことを言い出した。もっと「AMI」の世界を好きにさせるつもりか⁉ 僕はただでさえ助手のことが急激に好きになっているところなのに、好きな「AMI」の様なコスプレをされたら、どうしようもなく好きになってしまうんじゃないだろうか。
僕が好きな食べ物で考えてみると、ステーキと豚汁がそれぞれ好きなんだけど、それを一つに合わせると……あれ? そうでもないな。例えを間違えた。
ステーキとお寿司からの……ステーキのお寿司! これはおいしそうだ! ……何の話だっけ? とにかく、僕は少し冷静になった。
「助手にそこまでは期待していないよ……」
僕が「AMI」のイラストが好きだと言ったから、サービス的にコスプレしてくれようとしているということだろうか。彼女も「AMI」のファンだったということだろう。
てっきり助手のことだから、また僕のメンタルをボキボキ折に来ると思ったのに。言葉の
「そうですか。先輩は『AMI』が好きなんですか。しょうがないですね、先輩は」
助手が顔を緩ませつつニヤニヤしている。普段、無表情な彼女からしたらレアな表情だ。なにがなんだかさっぱり分からない。
もしかして、ラノベにおいて主人公の心情というものはこういう状態ではないだろうか。ラノベの主人公は怏々として鈍い。僕が鈍いとは思わないけど。
主人公は周囲のヒロインたちの好意に気付かない鈍感なところがある。好かれている自覚がないってことだ。つまり、主人公の知らない事実があり、それを理由にしてヒロインたちは主人公のことが好き……。
まあ、それはさすがに僕に当てはまらないよなぁ。僕には幼馴染なんていないし、許嫁みたいな子もいない。現実世界でそんな都合の良い事はあり得ないのだ。
□ 今日の活動報告
「九十九くん、あなた何かしたでしょう?」
職員室に行って、いつもの様に西村綾香先生に今日の活動報告で来た時に、報告書を見る前に言われてしまった。
「どういうことですか?」
「ラノベ研究会に勧誘に行くって聞いてたんだけど、その姉嵜さんがスキップしながら廊下を通り過ぎたという報告が多数職員室に寄せられているわ」
「……そうですか。僕はなにも……」
なにやってるんだ、姉嵜先輩。突然ふらりと教室からいなくなったんだ。
「あと、それ……」
西村綾香先生が僕の横を指さす。そこには、僕のシャツの裾を摘まんだ助手が少しはにかんだ表情で立っていた。
「先生、妹崎さんのそんな表情これまで見たことがないんですけど」
西村綾香先生が眉を段違いにして言った。
「僕もです、西村綾香先生。部室で好きな絵師さんの話をしていただけなんですけど……」
「九十九くんは、少し鈍感なところがあるから十分注意するのよ?」
「え? 僕、鈍感なんですか?」
「そういうところよ」
西村綾香先生に真顔で言われてしまった。どうやら僕は鈍いということらしい。少しショックな事象だった。
□ 帰宅後
僕は帰宅後、食事をして風呂に入って、その後にいつものオンラインゲームにログインした。
もう、3年はやっているオンラインRPGだ。主にRPGなんだけど、最近ではイベントも少なくなってきていて、ログインボーナスをもらうのが中心になっている、そんな下火のゲーム。
ただ、僕はここをネットの友だちと交流することに使っている。アバターやチャット機能なんかが充実しているのでちょうどいいのだ。
―――
WATARU:WATARUがログインしました
AAA:おつー
WATARU:おつー
AAA:今日いつもより遅くない?
WATARU:ああ、ちょっと学校で……
AAA:なんかあったん?
WATARU:それが……
―――
チャットでは何人かと交流があるのだけど、この「AAA」だけは付き合いが特に長い。あいつも高校生くらいみたいで話も割と合う。
僕はここで昼間、自分の好みが少し古いと指摘されたことを相談してみた。「AAA」とは普段から割とどうでもいい話とかもしているので気軽に相談できたのだ。
結局、僕が寝たのは深夜になってからだった。
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