第9話:僕の小説には読んでくれる人がいない!
「先輩の新しいラノベはこれまたゴミクズのようですね」
今日の部活の助手の第一声がこれだった。また喋る毒劇物は、口を開けば毒を吐いていた。下手なモンスターより毒を吐くし、その毒の致死量が少量でも大量殺人できるほどに高い。一言でLD100(確実に殺す)なのだ。
僕は小腹が空いたから買って来て食べていたおにぎりを机の上に落としてしまった。
「ど、どんなところが……?」
「物語に起承転結が出てきたのはいいでしょう」
あれ? お褒めの言葉? 僕の表情は明らかに明るくなっていただろう。
「ヒロインも出てき始めました。まあ、クソムシみたいな生徒会長キャラですけど」
あれ? 早速、毒? 先日、真っ赤になった姉嵜先輩を見てしまったので、その影響か今度のヒロインは姉嵜先輩がモデルになっているところがある。
「ヒロインとの出会いも百歩譲って良しとしましょう」
僕の中では最高にリアリティがある様に考えたのだ。ここも悪くないらしい。
「なんで主人公は幼稚園の保父さんで、仕事中に抜け出して変身して怪人と戦ってるんですか⁉」
「ほら、独自性を出したいと思って……」
「仮面ライダーの影響ですか⁉ 石ノ森プロや東映がこすり切った状態でこれ以上新しいストーリーはもうないと頭を悩ましているに違いないのに、先輩如きが変身物を書きますか?」
石ノ森プロや東映はまだまだ余力があるにちがいない! 助手が仮面ライダーの何を知っているというのか。
「その前は、判で押したような異世界物。異世界に行って、孤児院を立て直して商売を成功させて領主に認められる……何万人がこの話を書いたと思ってるんですか?」
「僕も書いてみたかったんだ……」
「その前は、仲の悪い隣り合った男子校と女子高の間で唯一好きあってる男女のカップル。これはロミオとジュリエットの焼き直しじゃないですか。しかも、ヒロインがまた生徒会長だった」
「いや、ほら、悪役令嬢とか昔話を逆手に取ったものも人気だし、僕もそのジャンルに参入してみたいと思って……」
「昔話に悪役令嬢とか出てきません。いるって言うなら例を挙げてください」
あれ……? 本当だ。シンデレラの姉とか? いや、思いっきりわき役だ。最初しか出てこない。あれ? 本当だ。助手の言葉の刃の切れ味は今日も爽快だなぁ。
「先輩のラノベはいまいちニーズがあるかどうか微妙です」
「……うーん。それはそう思う」
僕のラノベを読んでくれるのは今のところ助手しかいない。クラスメイトに読んでもらうのは……なんだか恥ずかしい。
助手にストーリーを相談すると学園もので、男女が一緒に部活をする話とかしか言わないし。それだと今の僕と助手みたいな感じになって僕としてはラブコメしにくい。僕の心が助手に筒抜けになるようで恥ずか死ぬ。
そう、僕には僕のラノベを読んでアドバイスをくれる友達がいなかった。
「先輩はWEB投稿サイトはダメなんですか?」
「WEB投稿サイト?」
「はい。……こんなのです」
助手が彼女のタブレットで検索して一覧を見せてきた。
「『小説家になろう』……そのままだな。こっちは『カクヨム』……書く人と読む人ってことか」
「
「え? pixivってイラストだけじゃないの?」
「私はイラストだけですけど……いえ、なんでもないです」
あ、やっぱり、助手はイラストを描いているらしい。当然、ペンネームだろうなぁ。聞いても素直に教えてくれないだろう。見てみたいもんだ。助手がどんなイラストを描くのか。
「ん? ふ、二人で何をやっているんだ?」
ちょうどその時、我がラノベ研究会の部室に姉嵜先輩が来た。ちょっと焦っているのはなぜだろうか。
ふと周囲を見渡すと、僕は机に置かれた1台の助手のタブレットを二人片寄せて見ているところだったのに気づいた。見方によっては助手とくっついてラブラブしている様にも見えなくもない。
「ちがっ……! これは! 調べもの! 調べ物をしていたんです!」
慌てて僕は助手から離れて自分の席に身体を戻した。
「調べもの?」
姉嵜先輩が助手のタブレットを覗き込んだ。
「WEB小説投稿サイトか。私もやってるぞ」
「え? そうなんですか⁉」
「コンテストも頻繁にやってるから申し込むのも簡単だし、なにより読者の生の感想が見れる」
読者の……生の感想。今の僕に足りないものではないだろうか。
「先輩、WEB小説サイトについて教えてください!」
「ひいいぃ!」
あ、僕は無意識に先輩の手を握っていた。しまった、先走り過ぎたか。
「すいません、離れますので」
「いや……少し驚いただけで、離れる必要は……」
(ガタン)その時、僕と姉嵜先輩の間に助手が割って入り、椅子を置いて座った。僕、助手、姉嵜先輩の並びになった感じ。
「姉嵜先輩、WEB小説サイトについて教えてくれるんですよね?」
助手が姉嵜先輩に言った。どうせなら、教えてくれる姉嵜先輩が真ん中の方が説明しやすいと思うんだけど……。
***
姉嵜先輩が、WEB投稿サイトについて教えてくれていた。
「まず、『小説家になろう』だが、アクティブユーザー数が多い! 九十九くんくらいの文章を書く様になったら、1日1万PVも珍しくないだろう」
「ぴーぶい……ってなんですか?」
僕は聞きなれない言葉を姉嵜先輩に聞いた。
「PVは、読者が見たページの数かな。例えば、10ページ読んだら10PVだ」
分かりやすい。
「じゃあ、短い文章でたくさんのページを作ったらPVが伸びるってことですか?」
「そうだな。理屈の上ではそうなるけど、あんまり短い文章を次々ページを開いてみるか……と言うとな」
たしかに。
「私の経験上、1ページ2000文字から3000文字くらいがちょうどいいようだ」
「5000文字くらいまで行くと多いですか?」
「WEB小説は、通勤とか通学の時に読んでいる読者も多いようだから、パッと見てパッと読める量というのがあるんだ。1分間に読む量は平均して800文字くらいと言われているから、3~5分くらいと言ったところか」
そんなことまで考えているのか。姉嵜先輩はやっぱりすごい。
「他の人の話も読むだろうから、1ページとしてはそんなもんだろう。あまり長いと書く方も大変になる」
「なるほど」
たしかに、文字数が多いと書く方も大変だ。
「それだと、3000文字に起承転結を入れて……ちょっと大変になりませんか?」
「3000文字だったら、普通の文庫本でも7~8ページ程度だ。その中で毎回起承転結を入れる必要はない。ただ、数ページ読むうちに面白くないと思われたら読者が離脱していくから、見どころはちょくちょく入れていく必要があるな」
意外と難しそうだ。
「『小説家になろう』の方は特定の出版社が運営している訳じゃないから、色々な出版社の編集が見ていると言われている。人気になれば出版社から声がかかるというな」
「そうなんですか!」
今までコンテストに応募すると言ったら、紙に印刷して郵送で応募しないといけないと思っていたから目から鱗だ。
「出版社から声がかかる目安として『ポイント』がある」
「ポイント……ですか」
「そうだ。読者が読んでいて面白いと思ったら、いいねや★を付ける制度がある。それがポイントに換算されるんだ」
「SNSみたいですね」
「そうだな。分かりやすい例えだ。そのポイントが1万とか1万5000とかを超えると出版社が声をかけてくるという噂があるな」
「へー……そうなんですか」
姉嵜先輩は得意気に人差し指を立てて説明を続けた。
「実は、単純にポイント数を見ている訳じゃなくて人気を見ているという話も聞いたことがあるがな」
「どういうことですか?」
「多くの出版社は統計学などを使って売れる本の冊数を予想したりはしないんだ。過去にこんな本がこれくらい売れたから、次のこれはこれくらい……みたいな感覚だ」
「随分原始的ですね」
「出版業界が実は特殊なんだ。コンビニのおにぎりのようにはいかないんだよ」
先輩が僕の食べていたおにぎりの包みに視線を送って言った。
「?」
僕がピンときていないことが表情から伝わったのだろう、そのまま姉嵜先輩が続けた。
「本は出版社から書店に出荷されるが、それではまだ売れたことにならないんだ」
「あれ? 本屋さんって本を買うんじゃないんですか?」
「一部は買取も行うんだが、言ってみれば『置いているだけ』だ。私達の様なエンドユーザーが買って初めて本は売れたことになる」
「知らなかった……」
「そして、一定期間本屋に置かれていて売れなかった本は出版社に戻される」
「え?」
「そんな理由で本が何冊売れたのかは出版社でも把握しにくいんだ」
「へー」
「だから、出版社も売れる本と売れない本の見極めは難しい。つまり、出版社としては既に人気のある作品、人気のある作者が必要なんだ」
「なるほど。それで人気のある作者の本が書籍化されていくって訳ですね」
「簡単に言うとそういうことだ」
「じゃあ、もう一個の『カクヨム』の方はどうなんですか?」
「こちらは
「こっちは1社だけってことですか?」
「まあ、簡単に言うとそうだけど、KADOKAWAはジャンルごとにたくさんの出版社がある。ジャンルごとに別の出版社が見ているし、1つのジャンルを複数の出版社が見ているところもある」
「そうか、KADOKAWAって大手だし」
「出版社によって得意、不得意があるんだ。例えば、九十九くんがよく書いているラブコメは『ラブコメ』のジャンルがマッチしているだろう。似ているが『恋愛』のジャンルにしてしまうと、やや女性向けの方の悪役令嬢なんかを扱っている出版社が見ているので書籍化はされにくい」
「そんなのがあるんですね! じゃあ、僕は『ラブコメ』を選べばいいんだ」
「その代わり、ラブコメでも異世界ものの場合はそちらの方が読者数が多い」
「ああ、単純じゃなかった……」
「まあ、それぞれのランキングの上位の物を見て傾向を見極めると良いだろうな」
「なるほど」
「求められるものを書く。しかし、他との差別化も付ける。そんな難しさもWEB小説にはあるってことだ」
「求められているものを書く」……か。僕にはなかった発想だった。
「おっと、少し偉そうに語ってしまったか。今日はこれで失礼しようかな」
姉嵜先輩が席を立とうとした。
「おっと」
姉嵜先輩がよろけたので、反射的に支えてしまった。肩を掴んでしまった。普段、頼りがいがあってしっかりしている印象の姉嵜先輩だったけど、その肩は細いし、なんだか軽かった。
女子はどうしてこうやわらかいのか、そしていい匂いもする。ほんの一瞬だったのだけど、色々な情報が僕の脳髄に叩きこまれた。
「すっ、すまない」
そう言って姉嵜先輩はしっかりと立った。
僕はなんとなく気になって先輩の足元を見た。今まで気付かなかったけど、姉嵜先輩の靴は随分そこが厚かった。姉嵜先輩が厚底靴。なぜ?
「先輩、随分厚底の靴なんですね」
オシャレかな、と思ってなにげなく聞いてみた。
「こ、これは、背が高い人が理想って言うから……。あ、いや、なんでもない! 人には求められたキャラクターってものがあるんだ」
そう言うと姉嵜先輩は僕から少し離れた位置に移動してしまった。
背が高い人が理想って誰が言ったんだろう。あの姉嵜先輩がそれに合わせるくらいだ。彼氏なのかもしれない。
はぁー、すごいな。そこまでやってるとは。そうでないと生徒会長兼文芸部部長なんて出来ないんだろうなぁ。人望や人気を集めるっていうのは簡単じゃないんだな、と思った。
今日も姉嵜先輩は顔を真っ赤にして逃げるようにしてラノベ研究会を去って行ってしまった。なんか最近多いな、こういうの。
「じゃあ、先輩。早速、先輩のラノベを色んな投稿サイトにアップしてみましょう」
僕がぼんやりと姉嵜先輩の後ろ姿を見送っていると、助手が話しかけてきた。
「そうだね」
ちょっと怖い様な、期待するような……。僕は初めてWEBサイトに自分の作品を投稿したのだった。
□ 帰宅後
僕はスマホで何度も何度も自分の投稿サイトのページを見ていた。PVは増えてない。またオンラインゲームにログインして「AAA」にも見てもらう様に頼んだ。
―――
AAA:おk。見てみる
WATARU:よろ
AAA:アクセス増えたらいいな
WATARU:ありがと。でも、僕がラノベ書いてても驚かないんだね
AAA:まえに聞いたからかな
―――
「AAA」に言ったかな? まあ、「AAA」だし、ぽろっと言ったのを覚えていてくれた可能性はあるな。
僕はどうすれば自分の小説のアクセスが増えるか色々考えた。
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