第7話:僕の小説にはライバルがいない!
「先輩、先輩のラノベは、ことごとくライバルがいないですね」
「ライバル? 僕が書いているのは主にラブコメだよ? ライバルって恋敵でしょ? もちろん、出てくるよ」
今日も今日とて僕たちはラノベ研究会の活動中だった。僕が備品のノートパソコンを使って執筆していると、1年後輩の助手、
彼女はショートカットで基本的に無表情。半眼ジト目なのだが……僕の「元カノ」だ。先日30秒だけ交際して、別れた。
たったそれだけのことなのに、益々僕は彼女のことを意識してしまっている。
もし、彼女が僕の小説の登場人物だったら、「1年生の助手だ」くらいしか紹介の文章を書かなかっただろう。
でも、今は彼女の一つ一つが愛おしい。ショートカットの髪も、すこし遊んだ毛先も、それでいてツヤツヤな髪の毛も。輝きの脳内エフェクトがかかってすごく可愛く見える。
トレードマークと言ってもいい半眼ジト目は一般的に需要があるかどうか分からない。でも、今の僕にはキリリとした目に見えるし、かわいく見えてしまうのだ。
普段ストーンとフラットなお胸は、あの時すごかった。あの大きな胸は本物だったのか。僕は色々な意味で彼女から目が離せない。
「先輩のラノベの『恋敵』と書いて『ライバル』はザコ過ぎます。全然 物語に影響しないし、主人公もヒロインも脅威に感じていません」
「た、たしかに……」
僕のラノベのライバルは申し訳程度しか利いてない。だって、強力なライバルが出てきたらヒロインを奪われてしまうじゃないか。
僕は誰かと一人の女子を取り合うほどメンタルは強くない。だから、無意識にライバルを出さなかったり、弱いライバルを設定してしまっていた。
いつもなら彼女の言葉の
だって、言ってくれているのは僕の「元カノ」なのだから。たった30秒の交際期間で、僕に振られた男の気持ちを分からせるためだけの付き合いだったけど……。
(ガラガラ!)「九十九くん! 九十九くんはいるかぁ!」
今日の放課後の部活は珍しく来客があった。道場破りの勢いだ。
そもそも僕たちの部活は、厳密に言えば部活ではない。クラス担任の西村綾香先生が配慮してくれて僕の「ラノベ作家になりたい」という気持ちに付き合ってくれているにすぎない。
備品のノートパソコンだって、西村綾香先生のお古を使わせてもらっている。
場所だって、普段使われていない空き教室を週に1回掃除するという交換条件で使わせてもらっているだけだ。
しかし。邪魔がいない、助手とのラブラブ空間……と言う訳ではないのだ。
「九十九くん! いたな! 早速だが、文芸部に入らないか? うちの学校に『ラノベ研究会』なんて部はないぞ」
教室に乗り込んできたのは、
彼女は、3年生で僕よりも1年先輩だ。文芸部の部長であり、美人で人望もあるので生徒会長も務めている。そんな姉嵜先輩は、なにかと僕と助手を文芸部に入れたがっている。こうしてもう何度も訪問して来ているのだ。
言ってみれば、このラノベ研究会の強力なライバルだ。相手はちゃんとした部活。部員は20名もいるらしい。文学を読んで、執筆もしている。文化祭の時には自分たちで編集して本も出していた。
対してこちらは同好会……ですらない。その上、部員2名、無実績。吹けば飛ぶような部なのだ。
姉嵜先輩は、黒髪で長いポニーテールに赤いリボン。背は少し高めで、背筋がまっすぐの女子。お腹から声が出ていて武道家の様でもある。
一昔前の生徒会長的キャラの様な佇まいだ。僕も昔はこんな感じの女子が好みだったけど、最近では人気絵師「AMI」の影響で僕の好みは変わっていた。
背は低くて銀髪ロング。ミニスカのゴスロリメイド服。片目に眼帯。片腕には包帯ぐるぐる巻き。そんな現実にはあり得ない女の子が好きになっていた。人気絵師「AMI」のイラストはそんな世界観なのだ。
それだけに、姉嵜先輩を見ていると自分の黒歴史を見ているようで余計に彼女が苦手だった。
「ライトノベルならば、文芸部で書けばいいだろう。実際うちの部員でもライトノベル専門はたくさんいるぞ?」
「は、はぁ……そうなんですけど……」
僕が座っている席の目の前に先輩が立ち、生き生きした目で僕に話しかける。姉嵜先輩の言うことは、いちいちもっともなのだ。
「姉嵜先輩、部活中です。静かにしてください。先輩の集中が切れてしまいます」
助手が半眼ジト目の切れ味を増して姉嵜先輩に言った。どうもこの二人は仲があんまりよくないみたいなんだ。特に何かがあった訳じゃないけど、最初からこんな感じ。
「いいじゃないか。妹崎くん、当然きみも文芸部に来たらいい。文芸とライトノベルはほとんど同じものじゃないか!」
「ホットケーキとパンケーキくらい違います!」
……同じ物じゃないか!
助手は僕の味方をしてくれているのだから、ここでツッコんではいけない。味方を後ろから撃ってはいけないのはガンタイプのゲームの鉄則なのだ。
二人の掛け合いは息がぴったりだけど、間近で聞いていると僕の背筋が凍る。二人は仲が悪いのか、それとも仲が良いのか。
「妹崎くん、聞けば、きみは部活で豊満な胸を放り出して九十九くんを誘惑しているそうじゃないか。あまり本も読んでいないようだし、きみはここで何をしているんだい?」
助手が胸を放り出したかは別として、先日の急に絶壁がチョモランマになったことを言っているとしたら、なぜ姉嵜先輩がそのことを知っている!?
あれは密室での出来事! 報告書を見た西村綾香先生でも半信半疑だったのに!
盗聴器や隠しカメラの存在を疑う程だ。まあ、こんな空き教室にそんなものがあるとは思えないけど。
「姉嵜先輩こそいいんですか? 20人もいる部員を放ったらかしてこんなところで油を売ってて」
助手は僕の横の席に座ったまま、いつもの半眼ジト目で姉嵜先輩を睨むように見て言った。多分、睨んでないんだろうけど、言葉にはトゲがあったし、普段から僕がその言葉の刃に引き裂かれ続けているのでそんなイメージだった。
「私は、新入部員獲得のために動いているからいいのだ。文芸部はいいぞぉ。部室があるし、本棚にたくさんの本がある! 部費で最新の本を買うことだってできるんだ!」
うっ、それは魅力的なような……。
「ぼっちで社交性ゼロの先輩がそんな大勢の所で本が読める訳ありません! 冷や汗をかいてそわそわして、部活の時間が早く終わらないかなぁって思い続けて、毎日毎日無駄にするに決まってます!」
「うぐっ!」
じょ、助手! 言葉の刃の流れ弾が僕の心を引き裂いてるぞ! その鋭さは、姉嵜先輩に向けてくれ!
「姉嵜先輩は誰かさんのために作っておいた部活に思ったより人が入ってきて、当の本人が入ってこないからヤキモキしてるんじゃないんですか?」
助手がイヤミを言うように先輩に言った。先輩にはそんな狙った相手がいたのか。運動部じゃあるまいし、優れた部員って……本を出してるとか? どこかのコンクール的なところで賞を取ってるとか?
「そ、それは……」
お! 姉嵜先輩がチラリとこちらを見た。押され気味なのを気にしてるのかな? 助手の言葉の刃の切れ味の鋭さは僕が一番知っている。
「きみこそ文章が書けないから、イラストでも書いているんじゃないのかね!? どーれ、どんな破廉恥なイラストを描いているのか見てやろうか!」
「ぐぅっ!」
あれ? 助手の身体がこわばった。図星だったのかな? ダメージを受けているようだ。
全方位隙なしと思われた助手はイラストでも描いているのか? そう言えば、スタイラスペンで画面に何やら描いていたみたいだから、イラストを描いていたのならば納得がいく。
「イラストはラノベ研究会じゃなくて、美術部じゃないのか? なんなら私が美術部の顧問と部長を紹介しようか?」
「うぐっ!」
あ! 助手がめちゃくちゃダメージを受けている!
「先輩! やめてください! 助手は、我が部の大切な戦力です! 彼女と共に日々ラノベを研究しています! 彼女なしには我が部は成立しないのです!」
「うっ……つく、九十九くん……」
姉嵜先輩が後退りするくらいダメージを受けている。
「まさか、彩ちゃんのことを……」
姉嵜先輩は変なことを言いながら部室を走って去っていった。あれ? ちょっと泣いてなかったか!? いや、あの先輩がこれしきのことくらいで泣いたりするわけないか。
「先輩、鬼畜ですね。年上の女性を言葉攻めにして泣かせるなんて」
「えっ、あっ、でも、ほらっ」
助手の半眼ジト目の流し目は思いの外僕の罪悪感を煽った。
やっぱり、姉嵜先輩は泣いていたのか!? でも、泣いた理由が全く分からない。
「でも、私を庇ってくれて、少しだけ……ほんのすこーーーーーしだけ、嬉しかったです」
「ん?」
助手の方を見たら、珍しく顔を赤くしていた。姉嵜先輩と口喧嘩したからかな? 耳まで真っ赤で、そんな顔が珍しかったので助手の顔を見たらふいっと顔をそむけられてしまった。
なんだか、その表情がかわいらしくて、色々な角度からその顔を見ようと何度も試みたけど、全て明後日の方向を向かれてそれ以上あの顔を見ることはできなかった。
□ 今日の活動報告
「九十九くん、姉嵜さんのことを、なにか知っていますか?」
「どういうことですか?」
今日もちゃんと西村綾香先生のところに活動報告に来たのだけど、変なことを聞かれてしまった。結局あの後、姉嵜先輩はラノベ研究会に戻ってこなかったのだ。
「姉嵜さんがラノベ研究会に行くという話は本人から聞いていたんですが、そのあと中庭の池のほとりでずっと座っていたという報告が上がってきています」
なにか落ち込んだのだろうか。
「時々小石を池に投げ入れたりして、可哀想すぎて誰も声をかけられないという話も来ているほどなんです」
それは深刻だ。
「今日、部活の最中突然走って出て行ってしまったので……あとでまだ池にいないか見てみます。もしいたら話しかけてみます」
「そうしてください。くれぐれもお願いしますよ?」
先生は僕になにをお願いしているのだろうか。大人のこういった「社交辞令」は何を指しているのか分からないことがある。
ちなみに、帰りがけに中庭の池に行ってみたが、姉嵜先輩はいなかった。
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