第17話:僕の小説はプロモーションがない!

「先輩、日本で一番おいしいものって牛丼ですか? それともハンバーガーですか?」


「牛丼もハンバーガーも確かにおいしいと思うけど、日本一かと言うとちょっと違うと思うよ?」


 この変な会話はいつもの放課後の部活、ラノベ研究会での会話。


 僕の席の隣に座って半眼ジト目で僕を見ながらそう言ったのは助手だった。


「私はちょっとだけ、ほんのちょーーーーっとだけ、絵を描くのですが……」


 助手は絵を描くのか。まあ、知ってたけど。それを言ってくれたのは、僕を少しは信用してくれた……と言うことだろうか。


「絵を描くのが上手な人はたくさんいます。でも、絵が上手だからって人気が1番とは限らないです」


「……どういうこと?」


「プロの絵師さんでもそれほど絵が上手じゃない人もいます。逆に素人でもびっくりするくらい上手な絵師さんもいます」


「そうなんだ……たしかに、そうだね」


「先輩はその違いがなんだか考えたことがありますか?」


「え? 違い?」


「はい、実力に差がありながら、実力がそれほどなくても人気になる理由です」


「……ごめん、考えたこともなかった」


 助手が少しもったいぶってから話を続けた。


「それはプロモーションです」


「……プロモーションってなに?」


「要するに宣伝です」


 考えたこともなかった。宣伝……か。


「WEB小説だと、活動報告を書いたり、ツイッターで更新を知らせたり、新しい話を公開したことを知らせたり……」


 くわしいな、助手。どれも僕がやっていなかったことなんだけど……。


「一応、僕もツイッターはやってるけど、宣伝なんかしたら嫌がられないかな?」


「一部の人には嫌われるかもしれません。でも、そんな人には何をしても好かれません。それよりも、先輩の小説を楽しみにしてくれている人だっているんです」


「そっ、そうか……」


 助手の言葉が嬉しくて、変なことを考える余裕がなくなった。そんな知らない人から嫌われることを恐れるより、僕は僕の読者に向けて宣伝……と言うか、更新報告をしてみるか……。


「で、先輩のアカウントはフォロワー何人ですか?」


「え? ちょっと自信あるよ? 見る? これなんだけど」


 僕は少し自慢げにスマホを取り出す。ツイッターアプリを立ち上げて、プロフィール画面を見せる。


「560人……ゴミクズですね」


 ひどい……。助手の言葉の刃が久々にさく裂した。


「多い方だと思うんだけど……」


「小説を書いている事も書いてないし、自分の小説サイトへのリンクだってされてないです。看板も何もない飲食店に誰が行くんですか?」


 うまいこと言う。


「そか。プロフィールを充実させる……と。ちなみに、助手はツイッターやってるの?」


「バリバリ使ってます」


 バリバリって福岡の方言だよな。助手が方言を使っているのを初めて聞いたかもしれない。いつも敬語だし。


 そんな余計なことを考えつつ、プロフィール画面を見せてもらったら、フォロワー数が……。


 ――― 84.6万人⁉


「はあーーーっ⁉ 何これ!? 芸能人⁉」


 ふふんと、どや顔を決める助手。いや、これだけフォロワーがいたら、どやってもいいよ。神が許さなくても僕が許す。


 僕が驚いたからか、助手はすぐにスマホを仕舞ってしまった。


 プロフィール画面はイラストで人気絵師「AMI」みたいな絵柄だった。もしかしたら勝手に拝借しているのかもしれない。


 それにしたって、異次元のフォロワー数だった。


「んーーー? なんの話をしているんだー?」


 これまたいつもの様に姉嵜先輩がふらりと教室に現れた。ついに、ドアを開ける描写すら省略されるようになってしまった。


「あ、先輩。先日はありがとうございました」


「ん? ん? んー? なにかな? 何のことかな?」


 姉嵜先輩は分かりやすいくらい明後日の方向を向いて、ふけない口笛をふいていた。分かりやすいくらいに分かりやすいけど……。


「たまたま二人を尾行していたら、邪魔者を発見したから……」


 ……なんか不穏な単語が聞こえてきたような気がするけど、ここは難聴系主人公よろしく聞こえなかったことにしよう。そうしよう。


「ふぉ、フォロワー数の話で……。助手のフォロワー数がすごいんです! 84.6万人ですよ!」


「ほぉ、妹崎くんか……そこまでに……」


「あれ? 先輩もツイッターやってるんですか?」


「そりゃあ、な。私だってWEB小説を書いている。人並みには、な」


 そうだった。この人ずっとこの部に遊びに来ているから設定を忘れている人も多いだろうけど、文芸部の部長だった! しかも生徒会長! 背も高いし、美人で長いポニーテール。


 いかにもな会長キャラで一昔前のラノベだったら正統派ヒロインだったのではないだろうか。しかし、残念なことに少し古いタイプの……ステレオタイプのヒロインだ。


 多様化した現在では少々古臭く見えてしまう。それに比べて、先日のショッピングモールでの先輩の姿は……よかった。自然と言うか、可愛さが活かされていたというか……。


「ぼぐうっ!」


 姉嵜先輩のことを考えていると、なぜか目の前にいた助手が鳩尾にアッパーカットを叩きこんで来た。助手の細い腕だし、力は弱いのだけど、驚いて変な声を出してしまった。


「姉嵜先輩がお話しています。ぼーっと見つめるのは失礼ですよ」


「あ、ああ、そうだね」


 助手の半眼ジト目の切れ味は鋭い。迂闊に近づけばタングステンのプレートでも紙切れの様にスパッと行く勢いだ。


「あ、あ、姉嵜先輩はフォロワー数どれくらいなんですか?」


 僕は華麗に話題を戻した。


「ちょっと待て。最近チェックしてないから……」


 先輩はポケットからスマホを取り出して画面を操作し始めた。


「これだ」


 そう言って見せてくれた画面のフォロワー数は……


 ――― 2.2万人⁉


 さっき異次元過ぎる数字を見た後だから少なく見えるけど、2万人だよ⁉ 僕の560人がゴミクズの様に見える。あ、これは助手が言ったか。


「姉嵜先輩もすごいですね!」


「そうか? まあ……な」


 そうか。WEB小説において宣伝は必要なのか。


「私の場合、ちょっと進んだプロモーションもしているのだけどね」


「え? どんなのですか?」


 僕は興味津々だった。つい先日発売した僕のkindle本に役立てることができるかもしれないと思ったからだ。


「うーんとね、ただの物を渡す代わりにメールアドレスを教えてもらったり、ツイッターでフォローをもらうの。そして、読者と仲良くなるの」


 まるで意味が分からない。人はただの物なんてもらって嬉しいのだろうか。


「うーんとね。身近な例で言えば……ショッピングモールの海外食材取扱店があるだろう?」


「はい、先日ショッピングモールに行った時にも立ち寄りました……」


 海外の珍しい食材を扱っているお店で、入り口で無料のコーヒーを配っているのでついつい立ち寄ってしまうんだ。


「入口で配っているコーヒーは無料ではないけど、原価で言えばタダみたいなものなの」


「はい」


「あのコーヒーを配ることでお客さんはしばらくお店の中にいることになるな」


「あ、はい。こぼしたらいけないので店内で飲んでくださいってアナウンスされていました」


「それも嘘じゃない。でも、ザイオンス効果……ってのがあって、人は知れば知るほど好きになる特性があるんだ」


「ザイオンス……効果?」


「そうだ。だから、ツイッターで触れ合う機会やメルマガで触れ合う時間が長くなると、その作品が好きになる。だから、タダで本が読める様にしたり、ちょっとしたプレゼントを付けたりするんだ」


「なるほど……」


「大手の出版社でも、ノベリティ(購入特典)を付けたりしているだろう? 付加価値付ける意味もあるけど、言い方を変えるとタダの物をあげることで満足感を与えているんだ」


「はー……」


「だが、大手の出版社でも『成功の方程式』はあってもデータを分析するような高度なことはやっていない。だから、同じようなテーマの小説が多くなる」


「たしかに、異世界物は特に多いですね」


「こすってこすって擦り切れるまでやるってことだ。書く方としては、それに乗っかればいいだけだから楽なもんだ」


 個人だとノベリティを作って配ったりするのは難しい。どこで作ってくれるのか分からないし、そもそもタダじゃない。そこにかけたコスト分を回収できるとは思えない。


「九十九くんは今、個人の方が不利だと考えているね?」


「……はい。どう考えたって大手の出版社の方が強いと思います」


 また僕は表情から考えていることが読み取られてしまった。よほど僕は表情に出やすいらしい。


「個人は直接作者と読者が触れあえるんだぞ? 大手出版社から出版してもそれは禁止されるわけじゃないが、多くの作者がなぜか読者との直接な交流を避けるようになる」


「あ、なんとなく分かります。フォローしていた人の本が書籍化されたらフォロー外されていたことがあって……」


「個人なら自由につぶやいて、自由にフォローできるぞ。出版社から強いられたテーマで書く必要もないし」


「じゃあ、個人で出版した方が自由なテーマで本が出せるってこと?」


「そうだな。人気があるテーマで書く必要はないな。売れても売れなくても個人の責任だ。出版社だとそうはいかない」


 そうか。大手出版社はビジネス。動いている以上は結果を出さないといけないのか。対して、僕は個人。失敗しても落ち込むくらいだ。また新しいのを書けばいいだけだ。


「そして、プロモーションが上手な作品が人気になり、売れるってこと」


 そうか。助手がさっき言っていたことはこれか! 牛丼が日本で一番おいしい食べ物って訳じゃない。なるほど、それは間違いない。


 すき家やマクドナルドは飲食店で言えばトップだけど、牛丼やハンバーガーが一番おいしい料理って訳じゃない。たしかに、それぞれのお店のことを考えたらすぐにCMが思い浮かぶし、買いやすいし、食べやすい。


 サービスの面でも工夫しているのだろうけど、たしかに宣伝が上手だ。


「先輩、僕考えてみます。僕のプロモーションを」


「ああ、九十九くんならできると信じているぞ!」


 先輩はいつもの様に男前なことを言って去って行った。そう言えば、なにしに来たんだろう? それ以前に、いつもなにしにきているんだろう?


 去って行く先輩の後ろ姿を見ていると、シャツの裾を引っ張られたのに気が付いた。


「ん? 助手?」


 僕はすぐ後ろに立っていた助手の方に振り返った。


「そんな訳で、これ……」


「え? クッキー? 作ってくれたの? 助手が⁉ 僕のために⁉」


 助手は透明のフィルムに包まれて口をピンクのリボンで縛っている袋を見せてきた。中にはクッキーが納められていた。そのクッキーは市販品とは違うあたたかみのあるもので……。手作りだとすぐに分かった。


「そんなに驚くならあげません!」


「いや、ごめん! 欲しい! 食べたいです!」


 今この瞬間、僕にとって一番おいしいものは助手が作ってくれたこのクッキーだ。


 助手からクッキーの包みを受け取ると、すぐに開けて1つつまんでみる。上手に焼けている。助手はお菓子作りもできるらしい。


「お、お茶淹れます」


 助手がどこかぶっきらぼうに振り返ってお茶の準備をしてくれるらしい。この空き教室にお茶を淹れる設備なんてない。照れ隠しだろうか。


 僕は一口クッキーを口に運んだ。


 サク……。


 おいしいな。


 ……なるほど。僕は僕のプロモーションをやればいいのか。口に広がるクッキーの甘さを感じながら、僕は僕の道を見つけ始めていた。


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