第18話:僕の本は読む価値がない!

 今日、助手がいつもとちょっと違う。髪にリボンを付けていたのだ。


 いつもの放課後の部活の時間。助手の変化は僕をそわそわさせていた。


 あまり大きなリボンは校則的にNGかもしれないが、うちの高校ではちょっとくらいのおしゃれは許されている。


 生徒会長である姉嵜先輩ですら長いポニーテールの根っこはリボンを結んでいるほどだ。


 リボンの付いた髪留めなんてベタな……と思ったけれど、かわいい子が付けるとそのかわいさが引き立つからやっかいだ。


 なんだ、リボンが付けられているだけで助手の方を見ることができない。


「先輩、なにをやらかしたんですか? 怒らないから正直に白状してください」


 助手に怒られてしまった。半眼ジト目の切れ味は相変わらずだ。


「ごめん、なにもないんだよ。ちょっと、助手のリボンが見慣れなくて……」


「なんで私のリボンが見慣れないと……あっ」


 どうやら助手は察してくれたようだ。


「「……」」


 僕達は黙ってしまった。


「ここかーーー!? アオハルのにおいがするのは⁉」


 いつもの様にどこからか姉嵜先輩が現れた。もはや、どこからか瞬間移動しているのではないかと思うほどだ。


「な、なんでもないです。それより、先輩。僕のkindle本が4冊売れたあと、全然売れないんです!」


 僕は思いっきり話を逸らしてみた。


 その悩みは本当で、WEBで無料公開しているのにkindle化や書籍化しても誰も買ってくれないのだ。


「まぁ、WEBで無料公開している以上、そちらを見れば内容は読めるからなぁ。その4冊はお布施的にWEBの方のファンが買ってくれたのかもしれないな」


 たしかにそうだ。分かり切っていたらなにも面白みがない。


「でも、それだと……それだけだ。それ以上にはなれない」


 姉嵜先輩が目を閉じて静かに断言した。


「はい」


 僕もそう思う。


「まず、内容だけどkindle用に再編集した時に気付かなかったかい? 文章の稚拙さに」


「あ……」


 そうなのだ。2度目書いているからだと思っていたけど、以前の僕の文章が稚拙に見えたんだ。そう言うものだと思って僕は直さないでそのままkindle化した。


「何度も文章を直すのも推敲だけど、一定期間置いてたら、その間に文章力も上がるだろうから、改めて見るともっといい表現を思いつくこともある。最新にアップデートさせるのも推敲だぞ」


 もっといい文章にすること……それが推敲だった。


「本である以上、常に最新にしておくことはできない。だけど、世に出す瞬間くらい、自分の中の最高の、究極の、極上の状態で出版するべきだと思うんだ」


「……はい」


「そして、それでも買ってくれた人が、買ってよかったと思ってくれるように……。自分のできる最上の努力をすべきだと思うんだ」


「最上の……努力……」


 僕は先輩の言葉にかなりのショックを受けていた。サービス精神旺盛だと思っていた自分はそこまでできていなかった。


 そうか。今日の助手だ。もう、この部活が始まってから数か月経つ。助手の顔も見慣れて来たと思っていた。


 だけど、ちょっとリボンを付けて来ただけで僕の心は落ち着かなくなっていたし、まともに助手を見れなくなっていた。


 その時の僕の最高の文章にする。つまり推敲。


そして、特典……例えば、短編の書下ろしを書いてkindleに盛り込むとか。まだ僕にできることはたくさんある!


 それだけで、もう一度読む価値が生まれる。僕の本に買って読む価値が生まれるんだ。


 僕は一刻も早く次の本に取り掛かりたかった。僕の最高の文章を! そして、最高の本を作り上げる!


「九十九くんやる気が出たみたいじゃないか」


 うんうんと腕組みをして姉嵜先輩が言った。僕はそれどころではない。視界の隅に姉嵜先輩は見えるけれど、それよりもノートパソコンに向き合い、次の本の推敲に入った。


 今、編集しているのは既にWEB版で100万PV行ったお話だ。これを書いたのはもう数か月前。その間に文章力も上がっただろう。今の僕ならもっと良く書ける! もっといい文章にできる!


 僕は周囲の声なんて聞こえないくらい集中していた。


「この間のあれ……。お姉ちゃんの余裕ですか?」


「なんのことだ? 私はたまたまショッピングモールに買い物に行っただけだ」


 姉嵜先輩と助手が話をしているようだった。その言葉は僕の耳にも届くのだけど、内容を聞いている余裕はない。僕は目の前の文章に集中していた。


「昔だったらいざしらず、今の先輩はなにも覚えていませんよ?」


「まあ、しょうがないさ。いつかまた……。それよりも、妹崎くんはなにも言わないのかい? 部活に入った時もなにも言わなかったんだろう?」


「いいじゃないですか。こちらにはこちらの都合があるんです。それよりも姉嵜先輩のその口調……。違和感しかないんですけど?」


「ははは、言うなぁ。これは……」


「絶対、誤解があると思いますよ? ご自分の趣味じゃないですよね?」


「なーに、出版業界だって出版社の意向で話を大きく変えなければならないこともある。本を出すため、売れるためにはこだわる部分とそうでない部分をはっきりとさせるさ」


「詳しいんですね、出版業界」


「まあ、な」


「それでも、先輩の好みが変わったことはあんまりご存じじゃないですよね?」


「そ、そんなことはないぞ⁉ 彼のことなら何でも知っているぞ?」


「じゃあ、最近の好きな絵師のことをご存じですか?」


「絵師……さあ? ……待てよ。まさか……」


「先輩は、人気絵師の『AMI』が好きらしいですよ?」


「なん……だと……」


 うーん、助手と姉嵜先輩がずっと喋っていて、集中できない。今悩んでいるのは主人公の返事の部分だ。従来、「ああ」としていたけど、「あぁ」とした方がいいのか……。


「助手、ごめん。ここなんだけど。ヒロインが言ったことに主人公が返事をする場面で、返事はどっちの方がいいかな? これとこれ」


「どれですか?」


 助手が姉嵜先輩との会話を切り上げて、僕のノートパソコンの画面をのぞき込んできた。


 僕では考え過ぎて既にゲシュタルト崩壊していたんだ。そうだ。姉嵜先輩の意見も……。


 教室内を見渡したけど、姉嵜先輩は既に姿を消していた。

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