第15話:僕の小説には人気がない!
「僕は寝たのか?」
自宅のベッドで横になっていた僕は外が白んでいることに気が付いた。
寝不足の身体は奥の方で疲れを感じていたけど、内から湧き出すエネルギー的なもののお陰で眠さやだるさを実感することは全然なかった。
――― 助手とデートする。
僕の脳内に何度も何度もテロップが流れていた。生まれて初めてのデート。脳内彼女ではない、実在の女の子。
それも僕が知る限りの最高に可愛い女の子。たった30秒間だけだったけど、その上僕が好きだからと言う目的じゃなかったけど、僕の彼女になってくれた女の子。
僕は昨日からずっと走り出したい衝動を押さえ続けている。内なるエネルギーが抑えられない。
***
待ち合わせは近所の公園。僕は助手の家を知らないから迎えに行くことはできない。LINEのアカウント交換はできていたけど、恥ずかしくて一度もメッセージを送ったことがなかった。だから、待ち合わせは場所も時間もしっかり決めてからの待ち合わせだった。
遅れることなんてできないと思うと、約束の10時よりも30分も早く公園に着いた。
なんでもない普通の公園。遊具が2つ、3つあるだけの児童公園での待ち合わせ。僕は自分の心臓の音が自分で聞こえるくらい緊張して公園に着いた。
そこにはもう助手が立っていた。
公園の入り口。待ち合わせ時間までまだ30分もあるのに、助手が前髪を気にしながら立っていた。
ちょっと眩暈がするくらいかわいかった。白くて大きな薄手のカーディガン。白いTシャツにデニムのミニスカート。
世の中にこんなにかわいい女の子が存在していいのだろうか。
周囲の視線が気になってきょろきょろ見渡してみたけど、誰もいない。僕は助手に向かって歩いた。
「おはっ、おはよう!」
「あ、先輩。おはようございます。どうしたんですか? まだ早いですよ?」
きみだって十分早いじゃないか!
「えと、んと、トレーニングがてらだから」
全然意味が分からない! 僕はなにを言ってるんだ!
「じゃあ、しょうがないですね」
助手もなにを言っているのか分からないーーーっ!
「あの……じゃあ、い、い、いこうか」
「先輩。こういう時は女子の服を誉めるもんですよ?」
「あ、あう……その白い大きめのカーディガン……」
「アプリコットのドロップショルダーです」
それがなんなのか、僕には全然分からない。あとで調べようにも単語は頭の中に入ってこない。
「はい……それ……すごく、かわいい……と思います」
「ありがとう……ございます」
助手はいつもの様に無表情なのだけど、少し流し目で顔が赤い様な気がした。あの半眼が物凄く可愛く見える。逆にあの半眼じゃなければダメだ。
(ガンガンガン!)どこかで鉄板でも叩く様な音が聞こえた。慌てて周囲を確認してみたけど、誰もいない。……気のせいか。
「じゃ、じゃ、じゃあ、行こうか……」
僕は自分でも分かるほどのぎこちない笑顔を浮かべで言った。
わざとらしくマラソンの様なポーズをとって進み始めることを全身で示した。
「ちょ!」
助手がなにか言ったので、僕は止まって彼女の言葉を待った。
「先輩はポンコツだから知らないでしょうけど、デートの時は女子の手を取って歩くものですよ?」
そう言って助手がすごすごと手を出してきた。例の大きめのカーディガンの袖から手の指だけが覗いている。
僕は彼女の指先を少し握って、指先だけで手を繋いで歩き始めるのだった。
***
「先輩、どこにむかってるんですか?」
「近所のショッピングモールにしようと思ってる。あそこは服屋もアクセサリー屋も雑貨屋もあるし、ゲーセンもあるし、イートインコーナーもあるから」
僕が一晩かけて調べて、考えたプランだ。なにか話が盛り上がらなかったとしても、ゲーセンもある。最悪、映画館だってあるのだから!
「あー……、大丈夫ですか? あそこは……」
「大丈夫! たっ、楽しませるから!」
僕は拳を肩の高さまで上げ、ガッツポーズをして見せた。
助手はなにかを言おうとしていたみたいだけど、飲みこんでしまったみたいだ。ここで少し余裕をもって、彼女の意見を聞いておけばよかったと後の僕は思うことになる。
この時、視線が気になって後ろを見てみたけど、通行人が数人いるだけで特に知っている人はいなかった。どうやら僕は神経が過敏になっているらしい。
***
僕達は雑貨屋を見て、服屋を見て回った。僕は生まれて初めて買い物って楽しいんだと感じた。もっとも、なにかを買う訳じゃなくて、見て回っているだけだったのだけど。
「先輩は、服のセンスがアレなので、次に誰かとデートするときはもう少し配色と言うか、バランスを考えた方がいいと思います」
いつもの助手の吐く毒もかなり控えめだ。こんなモデルみたいな芸能人みたいな女の子が横にいるんだ。きっと僕は雑巾を着ていたとしても、誰も気にしないだろう。
昼に差し掛かったタイミングで僕は思いついた。昼食の時間だと。あまり遅いとイートインコーナーでもどの店も行列ができて並ぶだろうし、席だって確保しにくくなる。
「そろそろ、お昼にしようか」
「はい」
僕達はまた手を繋いでショッピングモールのイートインコーナーに向かった。
イートインコーナーに着く頃には午後12時を回っていて、周囲に人がごった返していた。
「あれ? 妹崎さん?」
そんな人ごみの中の数人の女の子が助手の名前を呼んだ。どうやら知り合いらしい。
「あ、畑中さん、こんにちは」
「あ! 妹崎さんだ! 私服かわいー!」
「え、嘘ー! 妹崎さんだ!」
どうも助手のクラスメイトの女の子たち数人とエンカウントしてしまったらしく、すぐに数人の女の子に囲まれてしまった。
もしかしたら、これか⁉ 目的地がショッピングモールだって言った時に、助手が何か言おうとしていたのは!
この光景を見ただけで、助手はクラスでも人気者だと伝わってきた。
ただ、この状況でモブともいえる僕が割って入ってしまっていいものだろうか。いや、そんなのが許されるわけがない。それくらい僕にだって分かる。
フェードアウトするべきか⁉ いや、今日はデートなんだ!
「あ、あの……」
僕が女の子達に声をかけたタイミングとほぼ同じだった。
後ろから見知った人が現れた。
「やあ! こんにちは! きみ達!」
「「「え?」」」
そこに立っていたのは、姉嵜先輩だった。トレードマークのポニーテールではなく、ストレートヘアーだったけど間違いなく姉嵜先輩がそこに立っていた。
お忍びのお嬢様と言う様な夏コーデ。薄くブラウンがかったブラウスに襟は緩やかにアールがかっていて、レースがあしらわれている。袖は袖口にギャザーがありふわっと広がるビショップスリーブ。
モスグリーンのロングスカートにもリボンがあしらわれていてとても女の子だった。
「会長⁉」
「え⁉ 姉嵜生徒会長⁉」
「まじ!?」
そうだった、奇行が気になる姉嵜先輩だったけど、学校内では生徒会長も務めていたんだった。そして、学校内では人気なんだった!
「きみたちは1年生だな⁉ 休みの日にこんなところで同じ学校の生徒に会えるなんて嬉しいな!」
そう言って数人を連れてお茶を飲みに行ってしまった。
僕と助手だけが取り残された。
「「……」」
僕達は何が起こったのかまだ理解できないでいた。
「とっ、とりあえず、何か食べようか……」
「はい……」
改めてフードコートを見渡す。壁一面に色々なお店が建ち並んでいる。カフェ、お好み焼き、ラーメン、定食、そば、ステーキ、ドーナツ、ハンバーガー……。
各カウンターで注文して、その後空いているテーブルに持って来て食べるようになっている。
お客さんが多いことから、僕達は先に席を確保して何を食べるか相談することにした。
「なにがいいかな……」
僕は座ったままそれぞれの店を見渡した。
「先輩は……なににするんですか?」
「うーん……ステーキとか?」
一応、お小遣いは多めに持って来ている。今日なら少々高いものでも食べることができる。
「初デートの時、男のこと同じものを食べたいけど、女の子は食べられないものがいっぱいあるんです」
「え? そうなの? 例えばどんなの?」
「ハンバーガーとかは……口を大きく開けないと食べられないから……」
「ああ……なるほど」
実に女の子らしい! ちょっと目から鱗だった。女の子は僕よりも数段いろいろ気を使っている。
「じゃあ、ステーキは?」
「油がはねるし、にんにくのにおいが付きそうで……」
「たしかに!」
助手はすごくおしゃれだ。ステーキの油が飛んだら大変だ。
その考え方で行くと、お好み焼きはソースが付きそうだし、青のりが歯に付くのを気にするだろう。
ラーメンやそばはスープがはねて、ダメそうだ。
「そうだ。定食は? 油淋鶏とか」
「ゆーりんちー?」
「知らない? 唐揚げみたいなやつ」
「……知らない」
「じゃあ、それ食べよう! 一緒に!」
「……うん」
初デートで油淋鶏を食べるのが正解かどうかは分からないけど、僕は助手と一緒にテーブル向かい合わせで油淋鶏を食べた。
そして、改めて思ったのは僕は人気者の姉嵜先輩や助手とは違うということ。
先日、KDPでamazon出版したのに買われたのがたった4冊だった……。
「先輩、どうしたんですか?」
「いや、急に嫌なことを思い出して」
「今ですか? デート中に⁉」
「ご、ごめん」
「ふふふ……先輩らしい。どんな嫌なことをもいだしたんですか?」
「amazonの出版だけど、4冊しか売れなくて……。さっきの姉嵜先輩と助手の人気をみたら、大手の本と僕の個人の本の差みたいだなって」
「……先輩は努力しましたか?」
「え?」
「人気が出るために努力しましたか? おねえ……姉嵜先輩は生徒会長になるためにすごく頑張ってました」
「そっか……僕は……」
僕は、なにか頑張って来ただろうか……。ラノベ作家になりたいという気持ちだけは持ち続けてきた。レベルは全然だけど、気持ちだけはあった。
でも、その程度だ。そう考えると努力してきた姉嵜先輩と僕を比べるのは恥ずかしくなってきた。
「でも……先輩の本も4冊売れたのならその分は頑張りが認められたってことじゃないでしょうか」
「あ……」
そうか……ゼロじゃない。ボクだって、ゼロじゃないんだ。
「大手の新人作家が初版1万部だとしたら、僕は4冊……圧倒的な差だけどね」
ちょっと自虐的に言った。
「大手の新人作家はその人だけの力じゃありません。出版社のプロモーションがあります」
「プロモーション……」
「宣伝ですね」
「そっか」
「大手が出した本はとりあえず買うっていう読者もいるし、コンテスト終章作品だから買うって人もいるし、本屋に並んでたから買うって人もいます」
「そっか……」
大手のプロモーションが大事だと分かった。1万対4……。圧倒的な差だ。出版社の凄さが分かる。
なにより助手が元気づけてくれている。デート中だし、元気を出さないと。
「さっきの話だと、姉嵜先輩の人気は努力の上に築かれたものってことだったけど、じゃあ助手は? クラスの女の子に人気だったろ?」
「私も……私は……」
助手がなにかを言い始めたけど、言い淀んでいる。
「私は……元々かわいいですから」
助手がいつもの半眼ジト目でこちらを睨んできた。ただ、顔が赤いので全然怖くない。目つきのきつさが強がりみたいで、なんだかかわいい。
「先輩?」
「ん?」
「油淋鶏おいしいですね」
「そうだね。おいしいね」
助手はお箸の持ち方がきれいで姿勢もいいから食べている所作がきれいだ。油淋鶏のからあげは大きめだったけど、助手は小さい口で実に上手に食べていく。
「……先輩?」
「え? あ、はい?」
助手の食べている姿に見とれてしまっていた。
「女の子が食べている姿を注目していると、目玉をくり抜きますよ?」
「……はい、気を付けます」
助手はいつもの様に助手だった。
□ 帰宅後
家に帰るとぐったりした。全身の力が抜けるみたいになってしまった。デートって消費するエネルギーがすごい!
でも、助手……かわいかった。ただ、自慢する相手がいないので、「AAA」に言うことにした。
これまでも色々話をしてきた。
僕は、助手のことが気になると「AAA」に話をした。
―――
WATARU:助手が気になるんだ
AAA:あー、これでWATARUも彼女もちかぁー
WATARU:いや、僕は一度助手にふられてるから
AAA:そうなの⁉ 初耳だけど!
WATARU:ああ、ちょっとね……。いう暇がなかった……
―――
そうだった。僕は助手に既にふられているんだった。益々 力が抜けたのか、その日の夜はベッドに沈む様な感覚と共に深い眠りに落ちていくのだった。
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