第3話:僕の小説にはリアリティがない!
「先輩! なんで先輩の小説では男女が知り合う時、必ず朝の曲がり角で二人がぶつかっちゃうんですか?」
放課後の空き教室、僕と助手にとっては「ラノベ研究会」の部室だ。その部室で助手がふいに訊いた。僕が座ってノートパソコンの画面に向き合っていると、彼女は僕の机の前に立っていた。
「え? だって、ボーイ・ミーツ・ガールの定番でしょ?」
昔から、思春期の男女が知り合って淡い恋心を抱く、いわゆる「ボーイ・ミーツ・ガール」というお話は物語の定番だ。ラノベの読者が10代から30代くらいまでで全体の約80%になるという情報を元に考えると、ボーイ・ミーツ・ガールはラノベの王道と言っても過言ではない。
僕がツイッターで広告を打った時にそのつぶやきを見た年齢層は20代が一番多かった。ツイッターでは広告を打つと、何歳の人がどれくらい見たか、情報が得られるのだ。
20歳未満:14.0%
20~29歳:42.7%
30~39歳:17.5%
40~49歳:12.2%
50歳以上:13.6%
広告を打ったのが、僕の小説の一部をマンガにしたものだから、マンガとラノベの読者が必ずしもイコールではないけれど、一つの傾向としては見ていいはずだ。
僕の持っているデータでも、29歳以下で56.7%、39歳以下で全体の74.2%と大多数を占めている。こういうのはマジョリティ(大多数)を狙ったお話の方がいいに決まっている。
そう考えたら、高校生や大学生が主人公になった方が読者に親近感が持たれやすいと思っていたのだ。
高校2年生の僕に年齢的に近い主人公にしたら、僕としても主人公の心情を理解しやすい。僕はこの考えに自信を持っていた。
「主人公は高校生か、大学生くらいが良いと思ってる。でも、僕は大学生の気持ちは分からないから、僕の小説では主人公は高校生が最適解だと考えている」
僕は助手に自信を持って言った。
「話はそんな事じゃありません。どこの世界に朝っぱらからパンを咥えて『遅刻遅刻』って言いながら学校に向かう人がいるんですか」
彼女のいつもの無表情で半眼ジト目が僕を責めていた。
「だって、そういうもんじゃないのかな?」
「はーーーっ、……ちょっと待っててください」
助手は大きくため息をつくと、部室を出てどこかに行ってしまった。
***
10分後、助手が手にパンを持って帰ってきた。
「……助手、それは?」
僕は彼女が手に持っている袋を指さしながら訊いた。
「アップルパイです」
「アップルパイ⁉」
「購買に食パンは置いていませんでした。あと、放課後なので手ごろな大きさのパンがこれしか残っていませんでした」
まずは、アップルパイがパンかどうかについて話す必要があるのだろうか。
「さあ、先輩。袋を開けて咥えてみてください」
僕は言われるがままアップルパイの袋を開けてそれを咥えた。
「先輩……」
ずいっと助手が僕の目の前に来た。
「その状態で『遅刻遅刻』って言ってみてください」
「ふふぉふふふぉふ」
「ぷっ、言えてませんね」
なるほど! たしかに!
「あと、思い出してみてください。これまでの人生で食パンを咥えて学校に走っている人を見たことがありますか?」
「ふぁいふぁ(ないな)」
「それは想像上の生き物です。実在しません」
「ふぉ、いうろ?(と、言うと?)」
「食パン少女はみんななんとなく知っているけど、実在しない架空の存在です。
「ふぁるほろ(なるほど)。あっ!」
しゃべったはずみでアップルパイを噛みちぎってしまい、床に落としてしまった。
「もう先輩、何やってるんですか」
「す、すまん」
慌てて拾って表面をよく見る。埃なんかは見えないけど、ここは元々空き教室。よく使う場所の一画だけは僕らで掃除するのだけど、使わない場所は放置だ。通常の3秒ルールがこの教室に適用されるものかどうか……。
とりあえず、ふーふー、と拭いてみた。目に見えない埃を飛ばすイメージだ。パンをきれいにした(つもり)。
「先輩、まさかその床に落としたパンを食べるつもりですか?」
彼女のジト目がいつも以上にジトってる。そして、アップルパイのことはあくまで「パン」で押し切るつもりらしい。
「でも、もったいないし。ここでこれを捨てたら全国アップルパイ協会からクレームが来るかもしれないし……」
「どこなんですか。その全国アップルパイ協会って」
「でも、世界には食べられない子供もいるって言うし……」
「先輩がそのパンを落としたことと、その架空の子どもが食べられないことに何か関係が?」
理詰めで来た。しかも、すごく理に適ったことを言っている。その架空の子どもが実在するとしても、僕のアップルパイを食べる訳じゃない。
「それは分かるけど、パンを踏むと地獄に堕ちるって言うし……」
「先輩はパンを踏んでませんから」
「でも、インゲルが……。トラウマなんだよ」
「先輩はいくつなんですか⁉ それよりも、先輩がその落としたパンを食べてお腹をこわす方が問題なんですけど」
「でも、これは……」
「先輩は床に落としたものを食べる趣味でも?」
「そういう訳じゃないけど、せっかく助手が買ってくれたものだったから……」
助手がクルリと後ろを向いてしまった。僕はまた何か発言を間違えたのだろうか……。
「そういうところですよ……(ぼそっ)」
助手がなにかをつぶやいたけど、僕には聞き取れなかった。
「ん? 助手?」
「こ、こっちを見ないでください」
「どうした? 調子が悪いのか?」
横から少し覗き込んだら助手の耳が真っ赤になってる。熱か⁉ 急な発熱か⁉ 突発性インフルエンザか⁉
「助手……」
僕が彼女の真後ろに立った時だった。
「行きますよ」
「ん? どこに?」
「購買です。もう一度パンを買いに行きましょう」
「あ、うん。今度は僕が奢るよ」
「いいんです。パンくらい10個でも20個でもごちそうします。うちは公務員の家庭だからお金持ちなんで」
公務員ってそんなにお金持ちか? うちも父さんが公務員だけど、そんなにお金持ちって訳じゃ……。そんなことどうでもいいか。
「それはいいけど、10個も20個も食べられないからね?」
ちゃんと言っておかないと、助手は変にまじめなところがある。10個くらいなら本当に食べさせられる可能性があるのだ。
「そんなの知ってます。言葉のあやです」
「なら、いいんだけど……それより、帰りがけにファミレスでも行ってケーキセットでも食べる? ご馳走するよ?」
「……食べます」
僕たちは、なんだか分からないけれど、帰りがけにファミレスに寄り道してケーキセットを食べることになった。
□今日の活動報告
「ん? 九十九くん、これはどういうこと?」
僕はファミレスに行く前に、いつもの様に職員室に立ち寄って西村綾香先生に今日の活動報告をしていた。
「どうしましたか? 何か変ですか?」
「今日は男女の出会い方にリアリティを持たせるっていうテーマだったのよね?」
「はい、そうです」
僕は自信をもって答えた。
助手とアップルパイを使っての実証まで
想像上の生き物なのだ。
「じゃあ、なんで主人公はアップルパイを咥えて走っていて、途中でそのアップルパイを落としちゃうんですか⁉ 出会いは⁉」
「……リアリティを追い求めた結果です」
「どうしてこうなったの⁉」
今日の西村綾香先生への報告はいつもより時間を要したのだった。
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