第2話:僕の小説にはヒロインがいない!
「なぜ、先輩のラノベにはヒロインがいないんですか!」
放課後の部活の時間、我が「ラノベ研究会」の部室で部員である
「そりゃぁ、僕の世界に女の子がいないから、僕が創造する世界にも登場しないというか……」
自分で言ってて悲しくなってきた。
そう。僕、
「先輩の世界狭すぎます! 先輩の周囲にも女の子はたくさんいるはずです!」
「まあ、人類が70億人だとしたら、半分は女だから35億人はいる計算になるね」
そう言えば、少し前にそんなことを言っていた女芸人がいたな。
「そんな広い視野を持たなくても、もっと身近に!」
僕は彼女に言われるがまま部室を見渡した。
この「ラノベ研究会」はその名の通り「部」ではない。部に昇格する前の同好会みたいなものだ。なにせ、僕と助手であるこの妹崎彩しかいないのだから。
部室もなく、空き教室で活動している。だから、彼女が参加してくれてよかったくらいだ。去年なんか1年の僕一人で活動していたから、居残りで課題をやらされている落ちこぼれ生徒みたいな状態だった。
「ラノベ研究会」を作れたのも、担任の西村綾香先生のお陰なんだけど、それはまた別のお話だ。
今年になって、僕が2年生となり、助手が新入生として入って来てくれたから、なんとか部活っぽくなった感じはしている。そう言った意味では助手にも感謝しないと。
「助手、ありがとう」
「ど、どうしたんですか!? 先輩、急に」
「きみが来てくれたから、僕の部活に華やかさが生まれたんだ」
「そんな、先輩がお礼なんて……今日、最終回ですか?」
まったく、この助手は……。ラノベやアニメの見過ぎだ。
「それよりも、女の子! ヒロインです!」
助手が仕切り直す様に言った。
「そうは言っても、ヒロインなんだから女の子なら何でもいい訳じゃないだろ?」
「たしかにそうですね」
「ヒロインはヒロインなんだから、主人公のことを好きになってくれないといけないし、好きになる理由があるはずだ」
「そうですよね」
「たしかに、僕のクラスには女子がいるけど、嫌われることは想像できても、好きになってくれる想像はできないな。好かれる理由も特に思いつかないし」
「クラスメイト以外にも女子はいるでしょう⁉」
「僕の周りの女子と言ったら……」
僕の生活と言えば、高校に通って、放課後は部活をして、あとは家に帰る。それの繰り返しだ。バイトでもしていたらもう少し人間関係も広がるのかもしれないけど、残念ながら特別な理由でもない限りバイトは学校から禁止されている。
そう言えば、部活。部活があった。
この部室として使っている空き教室には、妹崎彩がいた。苗字は「せざき」なのだけど、その字ズラから「いもうとざき」と呼ばれることも多いのだとか。
助手は背も低いし、髪も肩までのショートカット。漠然とした「妹」のイメージにぴったりだからかもしれない。
高校1年なのに胸も小さくて、胸部はストーンと絶壁状態だ。その辺も「妹」らしい。
「助手は僕のことが好きなのかい?」
「そっ! そんなことがあり得る訳ないじゃないですか」
助手は半眼ジト目で僕を責めて来ている。彼女の無表情はいつものこと。これが通常運転。少しでもテレたり、恥ずかしい様な表情をしてくれたら僕もドキドキしてそのドキドキを小説に活かせるのに。
「だよねぇ。だからだよ。僕は僕のことを好きになってくれる女子に会ったことが無いから、そんな女の子がイメージできないんだ。だから、そんな女の子は僕のラノベには登場しないんだよ」
僕は多少の自虐が響いたのか、片目をつぶりながら右手で少しの身振り手振りを付けながら話した。
「それは致命的なのでは?」
「致命的?」
「だって、ヒロインがいないんですよ? ノーヒロイン。先輩のラノベが本になった時、表紙どうするんですか⁉」
もう本になった時のことを考えているのか。助手は気が早い。
「え? 男が表紙の本だってあるでしょ?」
「Google先生で『ラノベ 表紙』で画像検索してみてください。ラノベは120%女の子の表紙ですから」
100%超えちゃってるじゃないか。20%はどこから来たんだよ。
「私のことは女の子として意識していないってことですか。ああ、そうですか そうですか(ぼそっ)」
助手が何かつぶやいたけど、僕には聞こえなかった。「なに?」って聞き返そうとした時だった。
「先輩、壁際の席に移動してください」
助手の無表情な目になにやら闘志がみなぎっているかのように思えるのだが……。こんな時には逆らってはいけない。
僕は大人しく壁際の席に移動した。普段使われていない教室だから、僕らが使うところしか掃除していないのであまり端っこの席とか座りたくないんだけど……。
少し埃っぽい机の表面を軽く払いつつ、僕は壁際の適当な席についた。
「助手、座ったよ」
「どーん!」
「うわっ!」
僕が座ったタイミングで助手が僕のすぐ横に立ち、顔をかすめるように彼女が壁に手をついた。俗にいう、「壁ドン」というやつだろうか。
助手は背が低いので、僕が立った状態では壁ドンできない。僕が座っている状態の横に彼女が立っているから成り立つプレイ。いや、プレイとか言うな。
「じょ、助手……?」
僕は恐る恐る助手の顔を見上げた。逆光になっていて、彼女の表情は見えない。しかも、何も言わないので変な緊張が走る。
助手の腕が僕の顔のすぐ横に。凄く近いから彼女の体温まで顔に伝わってきそうだ。しかも、なんかいいにおいがする。助手も女の子ということか。これまで意識したことがなかった。
かわいいとは思っていたんだ。1年の間では人気があるという噂も聞いたことがある。だからこそ、僕と助手とは接点がないと思っていた。
例えるなら、アイドルみたいな。どんなにかわいいと思っていても、相手は画面の向こう側の存在……みたいな。
その非現実的な美少女が今、目の前にいる。フラットなお胸も僕のすぐ目の前にあるのだ。
「……先輩、いまとてつもなく失礼なことを考えたでしょう? ちょん切りますよ?」
何を⁉ どこを⁉ こわっ! ひゅっ、てなった。ひゅっ、て。
少し角度がズレたのか、助手のいつもの無表情で半眼ジト目の顔が見えた。それでも、色々な意味で僕はドキドキしていた。女子とは……近づいてきただけで、こうもドキドキするものか。
そして、ひゅっ、てなるものか。
□今日の活動報告
「あら! 九十九くんの小説にもついにヒロインが登場したのね! 格段に良くなったじゃないの!」
僕の今日の分の小説を誉めてくれたのは、担任の西村綾香先生だ。彼女は未だ教師歴が浅い20代の女教師だ。僕ら生徒のやる気に付き合ってくれる熱血漢なところがある。
ラノベ研究会は正式な部ではない。学校的には非公式の活動なのだ。担任の先生の厚意で活動できているにすぎない。
だから、毎日活動が終わった時にこうして職員室まで来て担任に報告するようにしている。ちゃんと真面目に活動していたことを示す意味でも、成長を見てもらう意味でも。
「ありがとうございます」
「女の子が近付いて来ただけで、主人公がドキドキする様子がすごくよく書けているわ。臨場感が感じられるもの」
「ありがとうございます」
「ただ、この『ひゅっ』ってなに? 女の子が近付いて来た時のドキドキと一緒に表現されてる『ひゅっ』って」
西村綾香先生は小首を傾げながら僕に訊いた。
僕も年頃だから、正確に答えることはできなかったのだった。
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