第4話:僕の小説は目標が無い!
「先輩、先輩には好きな人っていないんですか?」
放課後の空き教室は、僕と助手にとっては部室の活動場所だ。僕はいつも使う席についてノートパソコンで執筆していた。
助手は僕の机に向かい合わせに机を付けていた。その席に座って何かラノベを読んでいるようだ。
放課後の独特の空気。教室の中は静かで、遠くではグラウンドで走る陸上部のホイッスルや野球部の掛け声が聞こえる。
ふとした瞬間に助手が僕に訊いたのだ。
僕だって作家の端くれだ。ここまで言われたら嫌でも理解できる。この目の前の半眼ジト目のショートカット少女が僕に「好きな人はいないんですか?」と聞いたのだ。
僕のことが好きってことだろう。僕が「いや、いないよ」と答えると彼女が告白してくる流れに違いない。
「い、いや、いないよ?」
緊張で少し声がうわずってしまった。
「じゃあ……」
助手が読みかけの文庫本に指を入れたまま、机の上に本を降ろした。
僕はすごく緊張している。助手のことは、以前から可愛い可愛いとは思っていたんだ。1年の間では評判の可愛さの助手が僕に告白するなんて……。いつの間に好きになってくれたのだろう。
そもそも僕しかいない同好会に入るって言ってくれた時点で気づくべきだったのかもしれない。
「だから、先輩のラノベはこんなゴミクズなんですね」
「ん?」
なんか予想した言葉と全く違う言葉が聞こえたような……。それどころか罵倒が聞こえたような。
「先輩の作品には目標というか、目指している方向が感じられないんですよね」
これはただの悪口だ。以前から、助手のことは口が悪い口が悪いとは思っていたんだ。半眼ジト目で睨んでくるし。
「助手、僕の心を折りに来てるのならば、既にボキボキだからこれ以上はオーバーキルだぞ?」
「先輩、目指す作家さんとかいないんですか?」
僕が答えに窮していると、「はーーーっ」と、軽くため息をついて助手がいつもの半眼ジト目を僕に向けてきた。
概ね思った通りだ! そうに違いない! この目の前の美少女が僕のことを好きになってくれるはずがない。こんなオチだって気づいていたさ。僕は、気を取り直して彼女の質問に答えることにした。
「うーん、僕は小説もラノベもほとんど読まないからなぁ……」
「え? 読まないんですか?」
「僕は小説家になりたいからね。他人の本を読むと影響を受けてしまうじゃないか」
「先輩の場合、逆に少しでも影響を受けてください」
「そんなこと言ったって……」
「私は村上春樹も東野圭吾も読んだことがありません」
おいやめろ。敵しか作らない。助手がファンにケンカを吹っ掛ける様な事を言った。どこで誰が聞いているか分からない世の中だ。ぜひやめていただきたい。
「もっと言うと、池井戸潤も伊坂幸太郎も小松左京も読んだことがありません」
やめろやめろやめろ!
「でも、星新一と赤川次郎は読んだことがあります」
ここまで言って、そこを読んでると逆にディスリに聞こえるから、やめたげて。
「読んだことが無くてもその人たちの作品が素晴らしいって知ってます」
「なるほど」
話の方向性が少し軌道修正されて、僕は少し安心して話が聞けた。
「その点、先輩の小説には目標となる人が感じられません」
「だから、独自の世界を極めるということで……」
「それだと、先輩のラノベが一定レベルになるのにどれくらいの時間がかかるか分かりません。パクリはダメですけど、他人の小説を読むことで得るものも多いはずです」
なんか助手がいいことっぽいことを言ったぞ?
「『学ぶ』と『真似る』の語源は同じという説があります」
今回は、助手が教訓めいたことを言って、それで僕の作品のレベルを上げる回かな?
「情報ソースはネットです」
こらこらこら! 情報ソースはしっかりしたところを選ぼうね⁉
とはいえ、インプットとアウトプットって大事だな。良い物を取り入れて、アウトプットに反映させる。助手の言っていることはもっともだ。
「村上春樹も東野圭吾も面白い作品を書くんでしょうけど、ラノベは書きませんね。先輩、先輩にとってラノベってなんですか? ラノベと普通の小説の違いって何ですか?」
「難しいことを聞いて来たな」
哲学かな? 僕は顎に手を当てつつ少し考えて答えた。
「ラノベはマンガやアニメを文字にしたもので、小説は映画やドラマを文字にしたもの……みたいな感じだろうか」
「うーん、先輩のくせに分かりやすいですね」
先輩の「くせに」は酷いのでは? 一応、僕は先輩なんだけど……。
「ラノベの世界では『高校』とかじゃなくて、『学園』が多いですよね」
助手の質問の答えはあまり他人のラノベを読んだことが無い僕でも分かる。
「たしかにそうだね。普通『高校』だよね」
「学校には『風紀委員』がいて朝の校門で服装の乱れを取り締まっています」
「たしかに、現実の高校では『風紀委員』はいないな。生徒会と風紀委員の確執みたいなものも、そもそもだけど存在しない」
「校舎の話をすると、屋上のドアの鍵が開いています。そんなことしたら、毎週誰か飛び降りてます」
「物騒なことを言うなよ。たしかに、高校生活は辛いこともあるけど、毎週のように誰かが屋上から飛び降りていたら大変な事になるわ!」
「あと、当然の様に金髪ツインテールがクラスメイトにいます。あんなのがクラスにいたら悪目立ちしてたいへんです」
「たしかに!」
「主人公は高校生なのに大体の場合、一人暮らしです。親は何をしているんでしょう? 子どもを置いて海外に出張しているケースはネグレクトです。虐待です」
また物騒なことを言い始めた。
「あと、ヒロインは容姿が整っていて、成績が学年トップ。クラスの人気者で盲目的に主人公のことが好きとかね」
僕も助手の話に乗っかって「ラノベあるある」を言ってみた。
「……ヒロインは主人公のことがむやみやたらに好きなのではなく、好きになる理由はあるんです。大体の場合、朴念仁の主人公が気付かなかったり、忘れていたりするだけです」
「そうなのか。僕は、やっぱり少し他人の作品を読んでみる必要がありそうだ」
「先輩は、特にヒロインの過去について考えてみた方がいいですよ?」
「そうなの? なんか小さい時の幼馴染が10年ぶりに会っても主人公のことを好きだった、とかあるじゃない? 中々、想像がつかなくて」
「なんにもないのに10年ぶりに会った人がずっと好きとか言い出したら、その子は立派なストーカーです。きっと主人公が大事な約束をすっかり忘れているんでしょう」
そんなパターンもあるのか。色々、奥が深いな。
僕はドラマや映画よりもマンガやアニメの方が好きだ。
だから、僕は小説とか高尚な文芸じゃなくて、手軽に読めるライトノベルが好きなのだ。
あれ? 僕はなんでライトノベル作家になりたいって思ったんだっけ?
□ 今日の報告
「ふーん、今日はライトノベルについて考えてみたのね?」
「はい」
職員室の西村綾香先生の前に僕は立っていた。先生は自分の席の椅子に座って身体ごとこちらを向いて、今日の活動報告の紙を見ながら訊ねた。
「九十九くんは、村上春樹も東野圭吾も池井戸潤も伊坂幸太郎も小松左京も読んだことが無いのね? 意外だわ」
「やっぱり意外ですか。今日は助手と話していて僕もそう思ったので、読んでみようと思った次第です」
「よかったら先生のを貸しましょうか?」
「え? 先生は村上春樹持ってるんですか?」
「村上春樹だけじゃなくて、東野圭吾も池井戸潤も他もたくさん持ってるわよ?」
「僕の方こそ意外でした。先生ってあんまり本を読まない印象だったので……」
「……これでも先生は現代文の担当ですからね」
「すいません、これまで設定が出てこなかったので行間を読み切れていなかったです」
「設定って……毎週3回私の授業受けてるでしょ⁉」
「はい、そうですね」
「あら? これは?」
「どうしたんですか?」
「九十九くんは自分がどうしてラノベ作家になりたいのか忘れちゃったの?」
「……はい。作家になりたいと思ったのは随分前なので……」
僕は自分が作家になりたい理由を忘れていた。そして、そこに重大な秘密が隠されていることにこの時点で気づいていなかったのだ。
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