第8話 友達には嫌われたくないらしい

その後も楽しくショッピングをしている私達だったが、私はまだモヤモヤしたままだった。

どうしても引っかかる。

あの時の子は、本当にくれちゃんだったのか。だとしたら何故、聞いたときに誤魔化したのか。



「すみません。わたくし、少々お花を摘みに行って参りますわね。」


「花屋さんならもう通り過ぎたぜ。愛桜が行きたいってんなら戻ろうか?」


「くれちゃん、お花摘みっていうのはね……。」



顔を寄せて、お嬢様言葉の『お花摘み』について解説をする。わざわざぼかして言ったのに、愛桜ちゃんに解説させる訳にはいかない。



「そ、そうだったのか!愛桜、引き止めて悪かった。遠慮なくトイレを摘みに行ってきてくれ!」


「くれちゃん、ぼかせてない……。」



愛桜ちゃんは照れくさそうに微笑んで、近くのトイレへと向かった。2人きりになった私とくれちゃん。あの日のことを聞くなら今だ。



「ねぇ、くれちゃん。」


「ん?」


「私が風邪ひいて休んだとき、私の部屋に来たのって、くれちゃん?」


「……違うぜ?アタシ、あの日は部活の助っ人に行っててさ……。」


「気づいたんだけど、今くれちゃんが着てる服、その子も着てたの。」



くれちゃんの表情が固まり、ゆっくりと視線を落としていく。いつもの無邪気な笑顔とは違う、ぎこちない笑顔だった。



「……幻滅した?」


「なんで?」


「アタシ、愛桜にも、舞雪にも嘘ついてたから。」


「どういうこと?」



くれちゃんが話した経緯はこうだった。


あの日の放課後、一緒に帰りましょう、という愛桜ちゃんからの誘いを、部活の助っ人に行くから、と嘘をついて断った。

助っ人に行くフリをしてこっそり家に帰り、スーパーで買い出しをしてから私の家に来た。

でも、インターホンを押しても誰も出てこないし、鍵が開いていたので勝手に入ってきた。



「……でもさ、舞雪の顔見た瞬間に思ったんだ。アタシ、何やってんだ……ってさ。」


「くれちゃん……。」


「アタシのこと好きって言ってくれる友達に嘘ついて、風邪ひいて弱ってる舞雪につけこんで、アタシだけ好感度上げようとか……最低じゃん。」



くれちゃんは今にも泣き出しそうな顔をしていて、見ているこっちも苦しくなった。

そんな顔をさせたいわけじゃなかったのに。



「……くれちゃん。」


「だからさ、バレて舞雪に嫌われるのが怖くなって、アタシって分からないように振舞って……。」


「くれちゃん。」


「舞雪、アタシのこと嫌いになっただろ?嘘つくし、勝手に家入ったし。ごめんな、こんな奴から好かれても……困るよな。」


「くれちゃん!」



くれちゃんはまた固まった。

その顔は何かに怯えているような顔で……。私だって、自分のこんな顔は見たことがない。



「まし……。」


「くれちゃん、お粥美味しかったよ。ありがとう!」


「え……?」


「ずっとお礼が言いたかったの。でも、誰だったか分からなかったから……。」



愛桜ちゃんもくれちゃんも違うって言ってたから。

世話を焼いてくれたあの子にお礼が言えないという歯痒さが、私の心のどこかに引っかかっていたんだろう。



「世話焼かせちゃったから、勝手に家に入ってきちゃったのはそれでチャラってことで。」


「で、でもアタシ、愛桜にも舞雪にも嘘……。」


「私についた嘘は、「家にいた子は紅葉じゃない」でしょ?こうして謝ってくれたし、私はお礼を言うべき相手が分かったからいいやってことで。」


「いいのか?」


「うん。愛桜ちゃんについた嘘については、私からは何も言わないから。くれちゃんのタイミングで、ね。」


「舞雪……!好き、大好きだっ!」



くれちゃんが抱きついてくる。ちょっと暑苦しいがされるがままにしておいてあげよう。

今は、こういう時間も必要だろうから。



「舞雪さん、紅葉さん、大変お待たせいたしましたわ……。」


「あ、愛桜ちゃん……!」



何をしているんですの、と鬼の形相で睨んでくるかと思われたが、事態は思わぬ方向へと転がっていった。



「あ、ありませんわ……!」


「どうしたんだ、愛桜?」


「無いんですの!先程購入したストラップが……!」



どうやら、気に入ってバッグに付けていたらしいストラップが、上手く引っかかっておらず何かの拍子に外れて落ちてしまったらしい。



「わ、わたくし、戻って探してきますわ。おふたりはショッピングの続きを……!」


「そんな訳にはいかないよ!」


「うん、アタシらも手伝う!舞雪は落とし物で届いてないか見て来て!アタシは来た道戻ってみる!」


「舞雪さん……紅葉さん……ありがとうございますわ!では、見つけたら連絡をくださいまし。」



こうして私達は思い思いの場所を探すこととなった。

私はくれちゃんに頼まれた通り、落し物センターに聞きに行った。しかし、ストラップは届いていないらしい。



「もし、それらしい物が届けられたら、館内放送で呼びかけますので。」


「お願いします!」



私も行った覚えのある場所を手当り次第に探してみるが、元々小さい落とし物だからか見つかる気がしない。



「舞雪!」


「くれちゃん!あった?」


「ダメだ、1階は全部見てきたけど無いみたいだ。アタシ、2階探してくるな!」


「うん!」



そこそこ広い館内なのに、もう1階を全部周り終わったなんて。しかも相当疲れているだろうに、休まずに探し続けている。



「くれちゃんはいい子だな…………よし。」



体力には自信が無いが、それはそれとして、私も最善を尽くそう。くれちゃんがあんなに頑張っているのに、私がやる気を出さない理由は無い。



(^ω^)(≧∇≦)((@_@;))



もう2時間近く探しただろうか。歩き回りすぎて足は痛いし、凝らしすぎて目も疲れた。流石に休憩、と座っていると、スマホに着信があった。


「くれちゃんからだ……。」



もしかして、と思って電話に出ると、くれちゃんの元気で大きい声が私の耳を貫いた。



『あったぞ、舞雪!』


「ホント!?どこにあったの?」


『フードコートのところに落ちてたんだ。でもほら、人が多いだろ?だから、蹴られたのか踏まれたのか、傷がついちゃってて……。』


「そっか……。とりあえず愛桜ちゃんに連絡して合流しよ。どうするかはその後決めよう!」



合流後、傷のついたストラップを渡すと、愛桜ちゃんは大事そうに仕舞った。今日一の笑顔だった。



「ありがとうございました。わたくし、このストラップをより一層大事に致しますわ。」


「ホントにいいのか?新しくお揃いを買ってもいいんだぞ?」


「いえ、このストラップがいいんです。わたくしの、初めてのお揃いですから。」


「愛桜ちゃんにそんな笑顔見せられたら、納得せざるを得ないね。」



いつもクールで真面目な愛桜ちゃんの、無邪気な笑顔。不覚にも少し惹かれてしまうほど、それは美しく見えた。



「あ、なぁなぁ、写真撮ろうぜ!母ちゃんに見せてやりてーんだ。こんないい友達がいるんだってさ。」


「おっ、いいねー!」


「構いませんわよ。」


「じゃあ、皆集まって!はい、1+1は〜!」



くれちゃんの掛け声で、に〜、と声を揃えて写真が撮られる。写真の中の私達はやっぱり同じ顔をしていて、最高に笑顔が輝いて見えた。

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