第5話 意外な助け

 わあ――っと、一斉に黒いローブの襲撃者が魔法をくりだして、屈強な体格の集まりの方が弓矢剣とかの武器の物理攻撃で攻撃してきた。


 騎士団のメンバーとソラとライアンが、わたしとローズを背中に匿いながら剣で勇敢に戦う。

 わたしは不甲斐なさに襲われて、この戦いの行方を大人しく見ていることしか出来ないのが嫌でしょうがなかった。


 ハラハラして、仕方がない。


「そこに僕の馬が来ている。タイミングを見て、ミャアはローズと学園まで馬を走らせるんだっ! ――はあっ!」


 悪者が斧で斬りかかる!

 ソラが素早く剣で受け止め、その悪者の足の向こう脛をブーツのかかとで蹴ってはらった。

 倒れこんだ悪者の鳩尾に剣の柄で追撃すると相手が気絶した。


 ソラが視線を向けた先に、彼がさっき乗り捨てた愛馬が追いついてきて大木の裏からまるでソラの意思が伝わっているみたいに待機していた。


「ソラとライアンは!? 相手はこの数にこの強さ、不利じゃないの?」

「大丈夫! 援軍要請を、ミャアは学園に助けを求めて」


 ライアンは獣の姿で口にくわえた剣で猛攻撃をかけ、鋭い両手の爪でわたしに向かってくる襲撃犯をはたきおとしていく。


「くそっ、……そこそこやりやがる。あいつらの魔法攻撃が厄介だな」

「ライアン、数秒、僕も援護して! ミャアとローズに物理回避の加護をかける」

「お、おう!」


 ソラが剣と別に魔法の杖を握ると緑色の魔法陣が出て、わたしとローズを包み込んだ。


「その加護魔法は矢をはね飛ばせる。行って、ミャア!」

「で、でも!」


 ソラとライアンを残していくことに躊躇うわたしを、ローズが強い力で手首を掴んで引っ張っていく。

 馬がいななく。

 日頃、ソラと一緒にいるわたしのことを覚えているお利口な愛馬はわたしとローズが来ると、まるで乗れと言わんばかりに「ヒヒンッ」と鳴いた。

 わたしが先に乗り、ローズを馬上に引き上げ前に乗せ、手綱を握って、一気に走り出した。


 森の向こうから、怒号や罵声がきてる。


「まずい、援軍が来たのは敵の方みたい。ローズ、しっかり掴まっていて!」

「は、はいっ!」


 わたし、馬で駆けるのは大好き!

 風をきって、馬の体温と意思を感じながら、息が合った仲良しの馬と草原を駆けるのは楽しくって最高っ!

 今はちょっと馬駆けを楽しんでいる余裕は無いのだけれど。


「ローズ、あの襲撃犯達の依頼者は誰かしら?」

「わ、分かりませぇん、ミャア様。……きゃあっ!!」


 ソラの愛馬は倒れていた樹木を高くジャンプして越えていく。

 鍛えた精神と足腰で難なく障害物を怖れず向かっていってくれてすごい。


「ありがとう! あとでたくさんご褒美の美味しい草とりんごをあげるからね」

『かまわんっ。なんのこれしき。ソラの大好きなミャアはワシが守る。……ワシの名前はマックスじゃ』

「ありがとう、マックス!」


 ソラの愛馬のマックスの声が聴こえた。

 話が通じるマックス、心強いわ。


「ミャア様、もしかして馬とお話を?」

「そう! だってわたし、ちょこっと動物の声が聴こえる魔法がかかってるみたい」


 本当は前世が白猫だったからなんだけど、怪訝な顔をしてそうなローズの声、彼女にこれ以上混乱することを今は話せないよ。


「一気に行くわよ、ローズ! マックス、お願いっ、頑張って!」

『まかしとけっ!』


 馬のマックスが張り切って、大いに加速していく。

 わたしはローズの体を支え、マックスに振り落とされないようにしっかり集中する。

 歯を食いしばる。


『追手だ! いかん、前方と空から来る』

「振りきって!」


 バアンッと地面に爆風があたって、マックスと私たちは空中に吹き飛ばされた。

 突然ゆっくりと動きが見えた。

 体が空を飛んでいくはずだったのが止まっているみたい……。


 上空から見ると、状況がよく分かった。

 黒煙が上がったりしている場所には、ソラとライアンが戦っているんだ。


 そして――

 わたしがこれから着地するだろう地面の周りには、さっきの襲撃者と同じ黒いローブを着た者たちが魔法の杖を握り構えていた。


 ああっ、捕まっちゃう!


 わたしは思わず、目を瞑った。


「――えっ?」


 わたしの体は地面に着くことなく、あたたかい腕の中にいた。


「ミャア、怪我はないかい?」

「あ、あの〜、あなたはどなたですか?」


 空中に虹色の球体があって、そこに馬のマックスとローズが浮かんでいる。

 二人とも眠ってしまった?


「だ、だれ?」

「ふふっ……。大切なミャアにこんな仕打ちをする奴らは許せないね」


 わたしは、会ったことがない? 男の子にお姫様抱っこされていた。

 だって、この子……、わたしを「ミャア」って親しげに呼ぶ。

 知り合いなのかな。


 そして、不思議なことに魔法攻撃で吹き飛ばされたはずのわたしは空中に浮かんだまま。マックスとローズと同じように。


「ミャア、これからちょっとうるさくなるかも。少々手荒い魔法攻撃を仕掛けるからね。だからミャア、ちょっぴりの時間、耳を塞いでいてくれる?」

「あ、あなた……」


 甘くあたたかい声――。

 この人……。

 なにより安心する……陽だまりみたいにあったかくて、いいにおいがする。


「……誠十郎?」

「ふふふっ……」


 男の子は優しげに微笑んだだけで、わたしの質問には答えてくれなかった。

 頭に黒いツノがあるけど、ちょっと目の色とか髪の色とか以前と違うけど……、誠十郎だ!


 ぜったい!

 ぜったいにっ!


 会いたかった、誠十郎……!


「誠十郎! 誠十郎! 会いたかった! 会いたかったよぉ! わたし、わたし、ミャアだよ? ミャアなんだよ」

「……ああ。君がミャアなのは知ってるよ。……さあ、ちょっと大人しくしていてね」


 男の子がわたしを横抱きに抱っこしたまま空中に浮かんでいると、地上に居る襲撃者たちが矢を放ったり魔法で作った黒い玉をこちらに向けて投げてきた。


 弓矢の矢や小さな黒い玉はソラがしてくれてた加護魔法で弾かれたけど、大きな黒い玉は壊れずにすごい勢いで向かってくる!


 男の子が目を見開いて「消滅!」と叫んだら、黒い魔法で出来た玉が空中で壊れて弾け飛んだ。


「人間とはほとほと愚かなものだな。……『魔法効果タイタン発動』大地よ、裂けよ」


 わたしを一瞬見て男の子は、――誠十郎? は、魔法の詠唱呪文を唱える。

 彼の瞳にはたしかに優しさが浮かんでいた。


 地面が裂け崩れ、その穴に襲撃者たちが叫び声を上げながら一気に落ちていく。

 次々と人影が消え、声も小さくなる。


「ま、待って! 誠十郎! 殺してはだめ!」

「死なないよ。ただ、落とし穴に落として気絶させてる。卑劣な奴らを上から魔法の網をかけて逃げられないようにしようか。……君は優しいね、ミャア。自分を襲った相手なのに憎くはないのかい?」

「誠十郎。……憎いって、わたし……よく分からない。」

「自分のすごく大切なものを奪われたら、その相手を強く非難して傷つけたくなるんだよ。湧くんだ、そいつらを許せないって気持ちが。……ボクにとって、それはミャアを傷つけるような相手。……君はまだ純粋で良かった」


 わたしは彼に抱っこされているから、誠十郎? の顔が近い。

 わたしはその寂しさを灯した瞳に親近感が湧いた。

 彼のわたしを見る、涙でうるんだ綺麗な瞳――。


「ねえ、誠十郎。憎いのは哀しいの? 誠十郎の目には涙が浮かんでるよ」


 フフッと誠十郎が哀しげに微笑んだ。

 なん、だろう?

 わたしは誠十郎に、こんなに頼りになる魔法で守ってもらったのに。誠十郎の下から見上げた表情にはひどく頼りなげで胸がギュッと痛む影を感じ取れる。


「誠十郎……か。ボクのことはセイジュと呼んで、ミャア」

「セイジュ? 誠十郎じゃないの? わたしのご主人さまの誠十郎じゃないの? ねえ、あなた誠十郎なんでしょ?」

「どうだろう? ボクは君がとても大切だけど。それがなぜかは分からない。……さっきミャアを見かけた瞬間に、助けなくっちゃってどうしようもなく焦ったんだよ?」


 もしかして……、誠十郎は――記憶が無い、の?

 ああ、そっか。

 こっちの世界に来た衝撃で? 

 誠十郎は前世の記憶がないのかもしれない。


 わたしには分かる。

 この男の子は誠十郎に違いないって。


「わたしと誠十郎……セイジュは大事な家族なんだよ?」

「家族? ミャアとボクが? ……家族。どうして? だって君……この国のお姫様なんだろう? ボクは君たち人間とは種族が違うんだ」

「種族が違っても、家族になれるの。わたしと誠十郎……セイジュはずっとずっと前から家族なんだよっ!」


 思い出して、ねえ、お願い。

 誠十郎……。


「ミャア、君の護衛騎士ナイト聖狼魔獣セントフェンリルがやっと追いついてきたよ。ご覧よ、地上したを」

「あ、ああ! 良かった! ソラもライアンもみんな無事みたい」


 地上でソラとライアンが叫んでいる。

 怪我はないかな? 大丈夫かな?


 誠十郎が視線を向けると先に、魔法の球に包まれ守られていたソラの愛馬のマックスとローズが地上に降りていく。


 わたしは誠十郎の首根っこに抱きついた。

 今から、さよなら、しなくちゃならない予感がした。

 やっと誠十郎に会えたのに!


「ねっ、ねえ、誠十郎。あなた、今はどこに住んでるの?」

「ふふっ、誠十郎か。うん、誠十郎でもいいや。ミャアだけそう呼んでもかまわないよ」

「う、うん。……誠十郎。……で、どこに住んでるの?」

「ごめん、今は教えられない」

「どうして?」

「ミャアごめんね、それはいくら君でも教えられないんだ」


 泣きそうで、でも微笑んだ誠十郎の顔。

 どうして、こんなに優しいの?

 誠十郎の思いやりも素敵な心も変わらない。


「ねえ……。どうして、なの? わたし、また会いたい。誠十郎にまた、絶対に会いたいっ!」

「ミャア、ほんと言うとボクも会いたい。なぜか、出会ったばかりなのに離れたくない、また会いたいって思ってる。だけどね、ボクのいどころを教えたらね、怖ろしい人間たちがなにも悪さをしていないボクらを襲ってくるからだよ」

「悪いことをしてもないのに?」

「そうだ。……戦うしかなくなるように仕向けてね。正当な名前をつけてボクらを全員殺す気だ」

「そ、そんな……」

「また、会いたいよ。君を見てると胸があたたかい、なのに同じぐらいギュッと切なさでここが痛むんだ」


 誠十郎が自分の胸を見た。

 わたしは、誠十郎にもっと触れてみたくて……、手を伸ばして彼の左胸の上のほうに手を添えた。


「ここ? ここが痛むの? 大丈夫……?」

「えっ?」


 ポウッとわたしの手が勝手に光り出した。

 魔法の呪文を言ったりしたわけじゃない。


「ミャア?」

「初めて会ったのに、わたしの名前を知っていたのはなぜ?」


 じっと見つめるわたしの問い掛けに誠十郎の瞳の奥に動揺が走る。


「き、君は有名だからさ。それに馬車には王族の紋章が入っていた」

「わたし、白猫のミャアだよ。誠十郎の家族のミャアだから」


 手の光が誠十郎の胸のなかに吸い込まれていく。

 どんな効果があるかは分からないけど、誠十郎の胸の痛みが軽くなると嬉しい。


「あっ!」

「なに?」

「誠十郎の髪の毛の色が……、銀色から茶色に……」


 前世の記憶の誠十郎の髪色は茶色よりの黒髪……。


「ほんとに、……ミャアだ。君がボクのミャアなんだね」

「――えっ?」


 口調も抑揚も、あの頃の誠十郎そのモノだった。


「誠十郎! 思い出したの!?」


 わたしが嬉しくって抱きついている腕をますます強く抱きしめる。

 誠十郎はなにも言わずに、わたしと地上にゆっくりと降りていく。


「「ミャア! 大丈夫か? 怪我はないか!?」」


 ライアンとソラがホッとした笑みを浮かべたあと、ほぼ同時に同じ言葉を発しながらこっちに駆け寄ってくる。


「ミャア、お迎えが来たよ、別離の時だ。……さあ、帰りなね。気をつけて」

「誠十郎? いやよ! わたし、誠十郎と一緒にいる!」

「……ミャア」


 わたしは横抱きの姿勢のまま、人型に変身したライアンに渡される。


「ボクの大切なミャアだから。聖狼魔獣セントフェンリルの君とそっちの護衛騎士の君! しっかり守って貰わないと困るな」

「……あなたはもしや」

「お前、まさか」


 誠十郎はわたしから離れて、さらに数歩後ずさった。

 まるで、警戒してるから背中を見せないようにしているように。

 それともわたしとサヨナラするのが、誠十郎だって嫌なのかも。


「……あいつ、ミャアを見ていたいのか。……誠十郎」


 ライアンがぼそっと呟いたのをわたしは聞き逃さなかった。

 ライアンはこっちの世界のセイジュを知っているんじゃない。だって今『誠十郎』と言ったもん。

 きっと知ってる。目の前のセイジュが誠十郎だって、ライアンは分かってる。

 

「あの彼はなぜ、出会ったばかりであんな顔しているのさ」


 ソラが不思議そうな顔でちょっと苛々した声を漏らす。


「とくに君、聖狼魔獣セントフェンリルがそばを離れてはいけないだろ。……ああいう不測の事態でも二人のうちどちらかはミャアから離れずにすぐそばで自分の命を賭けて守るべきだ」


 誠十郎の指摘に、ライアンとソラが悔しそうにぐっと言葉に詰まる。


 わたしは誠十郎に腕を伸ばした。


「ライアン、下ろして」

「だめだ。今日のところは大人しく学園に行こう」


 にこっと微笑んだ誠十郎が手を空に掲げる。


「ミャア、またね」

「誠十郎ー!」

「また、会おう。必ず、ねっ?」


 誠十郎の手からもくもくと白い煙が立ちぼふっと音が出て、誠十郎の体が包み込まれて、消えた時にはもういなかった。


「……誠十郎、忍者みたい」


 わたしは前世で誠十郎が忍者に憧れて、よくおじいちゃんと忍者ごっこをしていたのを思い出していた。


「「ニンジャ?」」

「なんでもなあい」


 わたしは芝に寝かされたローズと馬のマックスの方へ駆け出した。

 後ろをライアンとソラ、それからたくさんの悪い襲撃犯を縄で縛って歩かせながら護衛騎士団がぞろぞろとついてきていた。

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