第6話 新生活と魔王セイジュ

 わたしはお城のおうちを出て、大賢者育成学園の学園寮に入っての新しい生活が始まりました。


 護衛付きの特別待遇なんて嫌だったけれど、王女様ってだけで誘拐や暗殺の危険もあるだなんて、物騒な話だよね。


 今日はわたし、馬車で学園に来る途中で、さっそく盗賊の襲撃にあってしまったもの。


 しかも、二度も!

 二回も襲われたなんて由々しき事態で。


「ウフフッ。……だけど、誠十郎に会えた!」


 わたしは嬉しくって、両手に抱えた教科書をぎゅっと抱きしめた。


 早くまた、誠十郎に会いたいなっ!


 走り出したくなる。ジャンプしてダンスがしたい。

 誰も見ていないなら、とっくにそうしてた。

 それぐらい、嬉しい。

 やっと誠十郎に会えたから、すっごく嬉しいな。


 理想はあんな危ないことのない世界なんだけれど……。

 さっきはライアンやソラ、それに護衛騎士たちが戦ってくれた。

 あとからオーランド兄様の部隊が援軍で駆けつけてくれた甲斐あって、盗賊一味を捕まえることが出来たんだよね。


「ミャア、支度は出来たか〜?」

「レディはなにかと準備に時間がかかるものさ、ライアン。まったく君は待ってられないのかい?」


 部屋の扉の方からライアンとソラが言い合う声がする。

 わたしは侍女のローズが淹れてくれたハーブティーを優雅に飲みながら、実は魔法学の教科書を読んでいたの。


「もう時間だったかな?」

「いえ、まだご夕食までは一時間ほどありますが……」

「ああっ、そっか、わたしが先に学園を見たいって言ってたんだった」


 広い敷地の学園だから、なにかあった時のために、わたしは把握したいことが色々とあるんだ。

 たとえば隠し通路とか、ね?


「ごめん、ごめん。今、行くよ〜」


 慌てて支度をして扉を開けると、そこには学園の制服を着たライアンとソラがいた。

 ライアンは聖狼魔獣セントフェンリルから変身して人の形になっているけど、相変わらず耳と尻尾は消していない。本人曰く消せるけど消さない、チャームポイントだって言ってる。


「ソラ、ライアン、お待たせ」

「ミャア、少しは落ち着いたかい?」

「うんっ!」

「遅いぞ。うっかり忘れてたんだろ〜、ミャアはマイペースにもほどがあるぜ」

「ごめん、ごめん!」


 ああ、そうそう、侍女のローズも一緒に学園で学ぶんだよ。女子しか入れない場所もあるので、更衣室とか浴場とかね、わたしの護衛を兼ねてってことだけど。

 制服に着替えたローズは嬉しそうに見える。


「ローズとはご学友になるんだよね。ローズ、改めてよろしくねっ」

「ミャア様。……ご一緒に勉学を学べるだなんて光栄です、本当に嬉しいです。よろしくお願いいたします」


 わたしはソラとライアンとローズとで、学園中を見てまわることにした。

 新しい場所、知らない建物の探検はわいわい楽しかった。

 

 でも、夕食までの短時間で回れるほど学園の敷地は狭くない。

 階層もあって、地下や隠し扉やヒミツの隠し部屋もありそうだった。


 ソラやライアンやローズと冒険すると、わくわくしてくる。


 なんだかんだと、学園生活が楽しくなりそうです。





【次の日――】


 学園の広い渡り通路は中庭にすぐ出られるの。

 わたしの鼻先を芳しい花の香りがかすめていく。

 なんの花だろう?


 両隣りには学園の制服を着たソラとローズがいて、背後にはライアンがついてくる。

 そして廊下や随所に新たにお城から配備された警備隊が目を光らせている。


「なんだか物々しいなあ。これじゃあ近寄りがたくて、新しいお友達が出来ないわ」

「友達? そっか、ミャアは友達が欲しいんだね」

「うん。仲良しのお友達!」

「そんなもん、ミャアには必要ない! オレらがいたらいらねえだろうが。ただでさえ、危ない目に遭ってるっていうのに、交流が増えれば危険も増える。昨日の襲撃事件で良い人間ばっかりじゃないの、分かったろ?」


 わたし、シュンってしちゃう。

 だってだって、学園に来たらお友達も作りたいなあって思ってた。

 友達作りは楽しみにしていた一つなんだもん。


「ライアン。あのさ、友達を作るのは悪くないんじゃない?」

「……オレはミャアには安全で安心に過ごして欲しい。昨日のはなんだよ! ……やっぱり城にいたほうが良かったんだ」

「ライアン、心配してくれてるの? ありがとう」


 前はちょこちょこお城を抜け出して一緒に冒険してヤンチャをしていたライアンとは思えないような口ぶり。


 ライアンは本気で、わたしのことを心配してくれてるんだ。

 感動が湧き上がる。

 胸がキュンッてした。


「チッ……、うるうるすんな。ミャアの青い瞳が綺麗すぎて困るんだよ。お前のそんな顔に弱い」

「そ、そうなの?」

「ライアン、さり気なく僕の未来の花嫁を口説こうとしないでね」

「なっ!? ば、馬鹿言うなよな! だいたいソラは花婿の候補ってだけだろうが。まだ恋人ってわけじゃないんだろ。……オレだって」


 振り向いたら、ライアンが真っ赤な顔で慌てふためいてる。なんで?

 わたしが近づいてライアンの顔をじーっと見つめると、ますますライアンの顔がトマトみたいに真っ赤に染まってしまう。

 ふふふっ、面白いなあ。


「ミャア、からかうなよ。それ以上っ、オレには必要以上に近づくな」

「なんで? いつも近寄ってもなにも言わないのに」

「……最近は困るんだよ。なんていうか照れくさい」


 わたしはそんな反応のライアンが急に可愛く思えて、にまにましてしまう。

 ソラが面白くないと言って、わたしとライアンのあいだに入ってくる。


「くっつきすぎ。ライアン、君さ、ミャアのことを勝手に意識するのは構わないけど、口説くのだけはやめてくれよね」

「口説くか! こんなちんちくりん」

「プッ……、ちんちくりんって、わたしのこと? うん、だって元は白猫だもん。ちっちゃかったよ」


 ライアンが急に早歩きで前方に行ってしまう。


 「ああー、まったく。かわいすぎんだろ、お前」

 追い抜く時に、ライアンがぼそっと囁いていったけど。


「ライア〜ン、なんか言った?」

「なにも言ってねえよ。ミャア、早く来い! 学園長室で入学宣言式すんだろーが」


 ライアンがすたすたと行ってしまうのを、ソラが苦笑交じりで見ていた。


「やれやれ、ライアンは照れ屋だなあ。……しかしさ、話の方向を変えるけど。驚きだったよ。魔王セイジュがミャアの前世のご主人さまだったとは……」

「わたしの捜していた誠十郎が魔王セイジュだってライアンが昨夜はっきり告げたの。『バレてしまったんだからもう隠す必要ねえよな』って」


 ソラが顎に手をやって考え込んだ。


「ミャアを誘拐したがった襲撃犯は魔族じゃなかった。うちの騎士団には魔族のせいにしたがる者もいたけど、あれは全員人間だったよね」


 二度目の襲撃では、誠十郎は現れなかった。

 代わりというわけじゃないだろうけれど、騎士団の団長であるオーランド兄様が駆けつけてくれた。助けてくれた。

 オーランド兄様はソラの兄弟でわたしとも幼馴染みなの。


 ソラが所属している騎士団の調査と取り調べで判明したこと。

 一番目に襲ってきたのは、資金が欲しい怪しい悪魔崇拝団体と盗賊の合同組織だった。

 二番目の襲撃者たちは、どうやら隣国で主に窃盗や誘拐を繰り返している犯罪グループだったらしい。

 

 わたし、オーランド兄さまがもし助けに駆けつけてくれていなかったら、もしかしたら誠十郎がまた来てくれたのでは? て思ってる。


 ……わたしと誠十郎は再会した。あれから、誠十郎の気配を近くにうっすら感じているの。


 人間と魔族は、一部で友好があり、一部で憎しみ合っているという。

 長い戦いの歴史があって、人間は魔族を迫害してきた。

 魔族は元々は人間や動物の突然変異や、獣人と呼ばれる人間と獣族のハーフがいる。


「どちらかといえば、人間が彼らを追い詰め、魔族は仕方なく戦ってきたんでしょう?」

「簡単には言えない、長い長い憎しみと軋轢あつれきの歴史があるって、うちのお祖母様が言ってたよ。……僕は思うんだよね。ミャアってさ、元は白猫だろ? 君が人間と魔族の架け橋になるのかもしれないって」

「架け橋?」

「そう。獣と、……人間の。強いては人間と魔族の架け橋に」


 ああ、そうか! そうだよね。

 腑に落ちたの、わたしのなかに『答え』が出来る。


 わたしの夢。

 ――誠十郎を助けること。

 わたしの新しい夢。

 ――魔族と人間を仲良しにすること。


 だから、大賢者を目指さなくっちゃ。

 夢を叶えるために――!



 

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