第3話 森の馬車襲撃事件!
私は、うとうとしてた。
馬車の揺れがすごく気持ちよくって。
いつの間にか、心地よい揺れで眠りに誘われていたの。
聖狼魔獣のライアンが脇を小突いてきてるのも気づかないほど、熟睡し掛けてた。
せっかく、いい夢を見てたのに。
白猫のわたしは誠十郎に抱っこされて、おうちの縁側で二人でのんびりまどろんでいたのになあ……。
起きないでやり過ごそうとしたら、ライアンにちょっと強めに腕を掴まれ揺さぶられて、仕方なく目を開ける。
「ミャア、起きろ」
「なによぉ……ライアン。私、気持ちよく寝てたのに〜っ!」
「しっ。静かにしろ、ミャア。ローズ、なあ? たしかお前、簡単な魔法と剣術の心得はあったな?」
「ええ、まあ。剣術はほんのたしなんだ程度で、私の魔法力はわずかですが……」
厳しい顔をしたライアンがローズに確認してから馬車の小窓を開けて、横を馬でついてくる幼馴染みの護衛騎士のソラになにかをソッと耳打ちをした。
「ミャア、衝撃に備えろ。何者かに馬車が囲まれてる」
「か、囲まれてるって? なに?」
「まったく呑気だな〜。はっきり言ってやろうか? お姫様はさらったら悪い奴らの金になるんだよ! 奴らからしたら喉から手が出るほどの価値のある宝がやっと城から出てうろちょろしたら、かっこうの餌なんだよ」
わたしは恐怖より、腹が立っていた。
本当はここで怯えなくちゃいけないのに、無鉄砲なのかもしれないけど。
「なによそれ! 冗談じゃないから! わたしは学園に学びに行くだけよ? 悪いことをしにいくわけじゃないのになんで狙われなくっちゃならないのよ」
「そんなん、悪い奴らに話が通じるかよ。……ソラ! 最大速度で振り切ろう、馬車の操縦は出来っか?」
「ああ、御者はボクが代わる」
わたしが馬車の小窓から覗くと、ソラが自分の愛馬を乗り捨てて、前方の御者の横に座って手綱をとった模様です。
前の小窓を開けると大声でライアンが叫ぶ。
「ソラ! 警護は何人付いてる?」
「十五だっ。敵はおおまか何人の気配がする?」
「ちょっ、待て。……あんまし良くねえな。……倍近くは居そうだ。馬の蹄の音と野蛮な怒鳴り声がしてっぞ」
「不利でもなんでもとりあえず駆け抜けよう。この先の学園の演武場があるはずだから、そこまでいけば援軍が望める」
「ソラ、お前んとこの兄貴はいつ来るんだよ」
「……海上での船舶警護が終わったら来るって言ってたけどさ」
「くそっ、海賊でも出てたら遅れるな」
「……っ!」
そこで、ソラが黙った。
ガタンッと馬車が揺れる。
「ソラ! どうした」
「鹿だ。避けたが、動物たちの様子がおかしい」
小窓をそっと覗くと、森が騒がしくなってる。
わたしには動物たちが『逃げなくちゃ、逃げなくちゃ』と聴こえてくる。
そう、わたしの前世は白猫。だからか時々、小動物とかの声が聴こえることがあるんだ。
――ああ、どうしよう、ことが重大になってきた。
わたしを誰かが狙ってるんだ。
「ローズ、もし逃げられそうな隙があったら逃げて」
「ええっ!? 逃げるわけないじゃないですか! ミャア様をおいて侍女が逃げるだなんて侍女の風上にもおけません」
ローズがわたしの手を握ってくる。
泣きそうな顔で。
「ローズ、戦えとは言わねえ。もしもの時はミャアを守りながら学園の方まで一目散に走れ。俺たちが
「そ、そんな。……ライアンやソラはどうするの!? 危険だよ」
「ばあか。俺とソラはお前を守るために生きてんだ。だいたい俺がこんなに近くに来るまで気配を悟れないような相手は、……ロクでもねえ魔法が使える奴らの可能性が高いんだよ! 心の準備しろ。ミャアもローズもローブで顔を隠せ」
そのライアンの察知能力を惑わして、近づいてくる相手は、たしかに危険だよ。
今までのんびり走っていた馬車が速度を最大限に上げる。
お城から学園までは整った道がわりと続いているけど、途中途中で小石だかなんだかを馬車の車輪が踏んだりしてがたがたと大きく車体が弾んだ。
「どうする? 道を外れるか?」
「やめろ、大通りを外れたら奴らの思い通りな気がするぜ。攻撃してこないのは誘導したがってる可能性が高い」
ソラとライアンが御者席と座席の小窓越しにやり取りをしている。
わたしにもっと大きな力があったら。
馬車を空や安全な場所まで飛ばしちゃうぐらいの魔法力や、透明にしてしまう呪文とか使えたら……。
だめだ、ないものねだりしたって、今はそんなすごい魔法は使えない。
わたしはだから、こんな時、ピンチを自分で切り抜けて、誰かを助けられるぐらいになって。
それから誠十郎を見つけ出して……。
ぜったい、この襲撃をどうにかしないと!
わたしになにが出来る? せいぜい足手まといにならずに逃げ切ること?
ううん、……この犯人たちが襲ってきたら……わたしだって戦おう!
――わたしは決意した。
「……まさか、ミャアは戦うつもりじゃねえだろうな?」
「えっ? ええ〜っとまさかあ」
「その
「う、うん。戦わずに逃げる……よ」
わたしの決心は別のとこにあった。
ライアンから目をそらして、視線が宙に泳いでしまう。
「誤魔化すんじゃねえっ!」
ライアンが怒鳴るから、びくっとわたしの体が跳ね上がる。
わたしはグッと息が詰まった。
だ、だって……ライアンの顔が怒ってるというより、哀しそうだったから。
「約束しろよ、逃げるって。生き延びるって」
「ライアン」
わたしをライアンが抱きしめる。
「いいか? ミャアが無茶をすればたくさんの人が哀しむことになるんだ。命を粗末にするな。……ときには逃げるのも立派な手段なんだよ」
そこまでライアンに言われてしまうと、わたしの膨らんでいた戦おうって気持ちもシュンッと小さくしぼんでいく。
「分かったな?」
「うん」
ライアンがわたしをそっと離して念押しする。
ガタンッガタガタッと馬車が大きく揺れて横倒しになる。
「きゃあっ!」
「ひゃあっ! ……ミャア様!」
「くそっ! ミャア、ローズ! 大丈夫かっ!」
馬車が転がっていく。
ライアンがとっさに銀色の獣に変身して、わたしをローズを抱きとめて、衝撃を受け止める。
「王女を渡してもらおうか!」
――その時、頭上で野太い大声がした。
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