第2話 やっと大賢者育成学園に入学!

 わたしは白猫のミャア。


 ああ、今はこの世界では小さな王国の王女ミャアです。


 わたしの前世、こことはぜんぜ〜ん違う世界の日本にっぽんって場所にいたの。


 ご主人さまの優しい誠十郎とわたし、それから誠十郎のおじいちゃんとおばあちゃんと暮らしていたの。


 ある日、白猫のわたしはのんびり道路をお散歩して歩いていたら、事故に遭ってしまい死んでしまいました。


 その時のことはぼんやりと思い出していて、誠十郎がわたしを助けようとして抱っこしくれてたから……。


 たぶんね、大好きな誠十郎はわたしと一緒に死んじゃったんだろうなあ。

 誠十郎……、……ミャア……、わたしはもうミャアとは鳴かないけれど、誠十郎を想うと悲しくてミャアッ、ニャアッて鳴いて、泣きたくなるの。



 わたし、……覚えている。

 すごく大好きな誠十郎のこと。


 誠十郎の優しい優しいやわらかぁい声、陽だまりのようなぬくもり、お日様みたいないい匂い。


 会いたいなあ。

 誠十郎、会いたいよぉ――。


 そばにご主人さまの誠十郎がいない。

 とてもあのぬくもりが恋しくて、さびしい。


     ◇◆◇


 女神様の使いで、わたしには相棒として聖狼魔獣セントフェンリルのライアンがそばにいてくれる。

 ライアンは前世の事情を知ってるから、とっても頼りになるの。

 しかもどうやら、こことは異なる世界としての日本に行ったことがあるという。


「俺がミャアお前をさ、女神の命令でお前の魂を迎えに行ったんだぞ。誠十郎はお前とはどこかではぐれたんだな。俺が魂だけのお前を見つけ出した時には、アイツはどこにもいなかった」


 わたしは王立大賢者育成学園に向かう途中の馬車で、ライアンに誠十郎の話を聞いているの。

 お父様と学園側の入学が許されて、ようやくって感じです。

 ワクワクしてま〜す。

 準備にも色々かかって、手間取ったけど、今こうして学園の用意してくれた制服に袖をとおして馬車に乗って揺られている。


 お父様から正式にわたしの学園通学でも護衛騎士として任命されたソラは、横で黒馬に乗って付いてきているんだ。騎士団の制服で、腰に細身の剣を差している。

 学園の制服は、向こうに着いてから着るみたい。

 あとは、ソラのお兄ちゃんで王立騎士団長のオーランド兄様が途中から合流してくれるって言うの。

 オーランド兄様に会うのは久しぶりだなあ。

 ソラの兄弟とはみんな仲良し。

 小さい頃はわたし、よく遊んでもらったの。

 それに、わたしの兄妹も一緒にね。



 ああ、さっきわたしのすぐ下の妹リーゼと弟クレスはお別れの挨拶で泣いちゃってたな……。

『おねえさま! いっしょにあたしとクレスもつれていって〜! うえーん……』

『すぐに帰って来れるよう、お姉ちゃん頑張るからね』

『ミャアねえさま! ぼくもいっしょに行きたいよ〜!』

『リーゼ、クレス。……わたしもさびしいよ』


 うえんうえんと泣きじゃくる妹と弟を抱きしめた感触がまだ残ってる。

 泣き声を思い出すと切ないな。


「どうしたのですか? ミャア様、とっても浮かない顔なさって」

「ううん、なんでもないよ、ローズ」


 馬車の中にはわたしとライアン、そして仲良しの二つ年上の侍女のローズが乗り込んでいる。

 他にも何人かお付きがついてきているんだけど、これでも人数を減らしてもらったんです。

 だって、お父様もお母様も心配で仕方ないからたくさん護衛を付けるって言ってきかなかったけど、わたし、そんなにおおごとにしたくないもの。


 それに……わたしね、実は。


「ミャアのその強大な魔法力を知ったら、大賢者育成学園のヤツらもびっくりすんだろうなあ」


 ライアンはにんまりと笑って頭の上のもふもふの耳をぴょこぴょこ動かし、大きいふさふさの尻尾を右に左に揺らしてる。


「……でも、いつも力を抑えてるから。たくさん魔法の力を出すやり方思い出すかな? そもそも呪文も魔法の杖のイメージ……どうだったっけ? 杖でやる魔法陣の使い方を忘れちゃったあ……」

「はあっ!? 封印を解いて来なかったのかよ? ……その魔法封印の指輪、切るのはなかなか難儀だぜ? 教会の魔法使い連中に燃やしてもらうか魔法剣士にでもぶった斬ってもらうか?」

「やっ、やだよ。そんな……斬るとか怖いもの。この指輪って来る時が来たら外れるってソラが言ってたよ?」


 わたしは女神様に光の加護とかいうのをもらってこの世界に誕生している。

 特別な使命や運命を与えられて、どうしても必要だからみたいらしいけど。


 女神様の光の加護は強力な魔法というかたちで、わたしを守ることになってるんだって。

 ただし、普段は封印している。

 強力な魔法を使うには、その魔法を扱う勉強と強い精神力、それに鍛えた体が必要だから。


 魔法の杖は持っていても、力が湧いてこないと使えない。

 わたしは、手のひらからも魔法が出せるはずだけど、指輪の効果で今はちょっとしか魔法が出てこないかも。


 今まではわたしがまだまだ子供ってことと、そこまで王国に危機も訪れていないからそんなに使う必要がなかったんだよね。


 実はライアンとこそこそこっそりお忍びで城下町を探検した時に使ったことはあるけど……えへっ。

 魔法指輪に封印力があっても、微力ながら魔法でいざという時は出せるものがあるの。

 炎とか氷とか水に風……自然界の精霊や妖精が力を貸してくれると、けっこうピンチでもなんとかなるんだよ?

 まあ、わたしには相棒の聖狼魔獣セントフェンリルのライアンもいるし。

 王女だってバレて盗賊に襲われてちょっとだけ怖い目にあったけど、スリルがあって面白かった。

 夕闇の街の屋根裏を駆け回って冒険して楽しかったなんて言ったら、お父様もお母様も卒倒しちゃうんだろうな。

 だから、ナイショ!



 お勉強はしていたけれど。

 苦手なものもあるんだ〜。


 複雑な数字の計算はやだ。

 なんかこんがらがっちゃう。

 だから、分量を細かく量る魔法薬学はちょっぴり苦手なの。

 がっ、頑張るよ?

 嫌いな算術学も、大好きな誠十郎を捜し出して会うためなら、頑張ってみるね。


 歴史や王国学は好き。

 おとぎ話がたくさん載った教科書はワクワクしちゃう。


 あとはね〜、……わたし、他の人の前では見せないようにってお父様とお母様に言われてるんだけど、ジャンプが得意なんだよね。

 たぶん、前世まえが白猫だったからかなあ。

 人より、すっごく高く跳べるし、高いところから跳び下りても平気。

 それから、それからねえ、木登りだって大の得意だよ!


「ミャア、大賢者育成学園に行ったら、王女なんだからちょっとはツンとしまして賢い風を装え。ミャア、お前ったらさ、お転婆でそんなに無邪気に天然で。……まあ〜、俺からしたらそこも可愛いんだけどな。隙のありまくりな腑抜けたアホ面してたら、学園の生徒や教師になめられんぞ」

「えっ? そうなの?」

「馬っ鹿だなあ。ミャアのこのド天然でのんびり屋めっ! 学園の生徒は国中の、……果ては評判を聞いた外の国からも魔法や剣を習いにくる輩がおおぜい居んだぞ。お前、仮にも王女ミャア、第二王女だろうが。王国の内政に干渉したくて虎視眈々こしたんたんと狙っている貴族や豪商、剣士の家系もいるってこと、よく胸に刻んでおけ」

「?????? 悪い人がいるの?」


 はあ〜っとライアンが呆れたように、深い溜め息をついてる。


「わたしは、ちょっと世間知らずだって。ライアンはそう言いたいんでしょ?」

「ミャアの世間知らずはちょっとどころじゃないがな。城の敷地内で限られた人数で学んだ学校じゃ、限界があったんだな」

「しょ、しょうがないじゃない! お父様がすっごく過保護なんだから」


 わたしは今まで学校で勉強を学んだことがあるといっても、少人数の学校だったの。

 お父様の代はわりと開かれた王政だって評判だけど、それでも同級生は気心の知れた子たちばかりだった。

 貴族や商人、それから階級に属さない家庭の子たちも数人いた。

 どの子もわたしが危険がないよう身辺の調査をしていたって聞いて、なぜか心が痛んだのはどうして?

 身分ってものがあるって……よく分からない。

 そういうとこ、わたしは勉強しないといけないんだと思う。


 ライアンが言うように、馬っ鹿で天然でも、分かってることがある。


 どんな身分や階級に生まれようと人々が楽しく暮らせるために賢くなりたいと願うのは、わたしには自然なことだった。


 だって、ご飯もない、雨や冷たい風をしのげる家のない猫だった時、とっても空腹がつらくてさびしくて寒かった。

 あったかい、安心できてお腹いっぱい食べて寝る。そんな心地の良い居場所は、猫も人間も魔族も魔獣もみんなみんな欲しいよね?


 わたしがあったかくてやさしい誠十郎の腕のなかで、安心して眠りにつけたように。

 誰だって欲しいよね? そんなあったかい場所を――。


 安らげる家や友達や家族がいない人にもみんなみんなに、ぽかぽかする居場所をつくってあげたいな。

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