第1話 王女ミャア

 自分の前世を思い出してしまったわたし。


 あれから一週間経ったけれど……。

 わたしはなにごともなかったかのように、前みたいにいつもどおりの朝の時間を過ごそうかと思ったのですが……。

 聖狼魔獣セントフェンリルのライアンが呆れたように指摘する。


「ミャア、服がおかしいぞ」

「ふにゃあっ……」


 わたし、ふだんのお洋服は自分で着ることにしてます。

 王族なので、仲良しの侍女がやってくれるっていうけれど。

 特別なドレス以外は自分で脱いだり着たりするよ〜。


 ときどき開かれる舞踏会や公式の王女のお仕事の時の支度は、侍女やお母様に手伝ってもらうの。

 お化粧とか、よくわからないもの。


「ふーっ……。そんな簡素なドレス、前後逆とか間違えるのありえないだろう? 上の空だなあ、ミャア」

「だってえ……。私、早く誠十郎を探しに行きたい!」


 わたし、ミャアは前いた世界では捨てられた白猫だった。

 冬は寒くて雨が冷たくて。

 誠十郎がわたしを拾ってくれた。

 あったかい誠十郎の腕のなかで、わたしは眠るのが大好きだった。

 大好きな誠十郎が、一人ぼっちのわたしを家族にしてくれた。


「ものごとには面倒な手続きも必要なんだ。あのなあ、前世ではどうだったか知らんが、現在のお前は領土が小さいとはいえ一国の王女様なんだぞ? 少なからず踏むべき段階が普通のご身分より多いのはわかったほうが良い」

「でも感じるの……。どこかで誠十郎が泣いてる気がする」

「俺は運命の聖狼魔獣セントフェンリルで、お前の相棒であり良き相談相手になるべくここにいるんだ」


 そう、わたしの運命の相棒なんだって。

 わたしが産まれた時から、わたしのそばには聖狼魔獣セントフェンリルのライアンがいるの。

 神様がつかわしたって、教会の神父さまが言ってた。


「俺が『ミャア』って名前をつけるよう、王様の耳元で囁いたんだぜ? 姿を消してな。感謝しなよ」

「そうなの!? 知らなかった〜」

「前世と同じ名前なら思い出した時に混乱しねえだろうと考えてな。ミャアが大賢者になれば、この国だって安泰だよ。きっと魔族と人間の争いだって治められて、困ってる人がいたら今よりもっと助けてやれる」


 にやにやして笑うライアンの言葉から、なんか、だいぶ、……期待値が上がってて、重荷プレッシャーも感じる。


「わたしは誠十郎を助け出せればそれだけで……」

「ミャア、お前はそれだけじゃだめだ。そんな我まま俺も神も許さねえ」

「……どうゆうこと?」

「ミャアが異世界転生したのは神の意志だ。誠十郎に会いたければなおさら、お前にはお前の果たすべき責務がある」


 すっごく勝手に思うの。

 だってわたし、死にたかったわけじゃない。

 誠十郎と離れたかったわけじゃないもん。


「あー、誤解すんなよ? 死んだのはお前が道路を注意せずにぼんやり散歩してたせいだからな。神の采配じゃない。ほんっと分かっちゃいねえな」

「誠十郎がわたしを抱きしめたのを覚えてる。……二人で交通事故に遭って死んじゃったの?」

「そうだ、そのことなんだがな……」


 ライアンが言いかけた時、わたしは幼馴染みで護衛騎士のソラに後ろから声をかけられた。


「ミャア、大賢者育成学園に勉強に行くっていうのは本当?」


 女子にも負けない美しく流麗な黒髪を後ろで束ね、背の高いソラは騎士団の制服がよく似合う。

 ソラの濡れた漆黒の瞳が黒曜石の宝石のごとくきらめきを放ち、わたしを見つめている。


「うんっ。わたし、前世を思い出したの」

「前世……? ああ、そうなんだ。稀に魔法力の高い人間はそういう傾向があるらしいよね」

「その、……迷子になってるかもしれない大切な人を助けたいの」

「えっ? ……そう。じゃあさ、ボクを護衛として連れて行ってほしいな」


 ソラは片足を大理石の床に着いて、わたしの手を取って、うやうやしくかしづいた。

 ライアンは笑った。

 なあに? その含み笑いは?


「連れて行ってやったら? ソラ、あいにく俺も一緒だからな」

「ライアンも行くのか。そうだよね、君は相棒だから」

「うんっ、いいよ。ソラも一緒に行こう。わたし一応王女だからなあ、護衛がつくのはしかたないもん。ソラなら気心知れてるし、気楽にいられて楽しいかも」

「俺も人間として潜入することにしたから。しばらくはこっちの姿でいる。……二人とも慣れろよな? 良いか?」


 ぼふっと煙が上がると聖狼魔獣セントフェンリルの姿からライアンは人型に変身した。

 魔力の高い神様の眷属のフェンリルのライアンは特別な力を持っている。

 変身したライアンの逆立さかだった銀の髪は気高く、高貴さをたたえた赤いルビーの瞳はきらきらと輝いている。

 わたしとソラより、ライアンは見た目が少しだけ年上の男の子の姿だ。


「ミャアの入学する大賢者育成学園には俺もついて行く。ソラとも学友だな」

「そう。君とは良いライバルになれそうだ。それに護衛騎士として、腕を磨くまたとないチャンスだからね」

「たくさん勉強して、早く大賢者になって、誠十郎を探し出さなくっちゃ!」

「セイジュウロウって言うの? ミャアの大切な人って。あのね、かっこうの機会だから言っておくけど……。ミャア、ボクは君の将来の結婚相手の候補の一人になったんだ」


 わたしは、握られたままのソラの手から熱さを感じる。

 黒く煌めく綺麗な瞳がわたしを見つめ、わたしはおとぎ話に出てくる英雄ってこういうソラみたいな人のことかなあって思った。


「そっかあ。ソラなら良いかも」

「はあっ!? ミャア、正気になれ。生涯をともにする相手だぞ? そんなあっさり決めていいわけないだろう」

「いいじゃない。なにが心配? ボクはミャアの幼馴染だし、王立騎士団の副騎士団長で家柄も実家は領主で父は北の将軍で、兄は騎士団長で右大臣……。君は王位を継ぐわけじゃないから、いずれは降嫁するわけだけど。ボクなら釣り合うと思うよね?」

「うんっ、思う」

「ミャアっ! ソラの口車に乗るなよ。お前、誠十郎はどうした? 大好きなんだろう? 誠十郎のことを想うと胸がぎゅっとするって言ってたじゃないか! 違うなら、俺だってお前の花婿候補に……」


 うん?

 将来のことはまだよく分からないけど、ソラと一緒にお城やお屋敷で遊ぶのは楽しいし、イヤじゃあないもの。


「お母様がね、遊んだりご飯を食べたり、一緒にいることが楽しい人と結婚するのが一番だって言ってわ。ソラでもライアンでも良いけど……? そもそもお婿さんって一人じゃないとだめなのかなあ?」


 ライアンもソラも口を開けて、びっくりしてる。

 もしかして……だめ? そうなのかなあ〜?


「ミャア、将来の夫は一人に決めてください。それにライアンは駄目で〜す」

「なんで俺が駄目なんだよ、ソラ」

「君はフェンリルじゃないか。聖獣とはいえ、変身したとしても獣人だろう」

「ソラは古いっ! 今どきはなあ、珍しくねえんだからな。異種族だって結婚して立派に国に王都を作っていた種族が見つかっただろう?」

「我がヴァルロフ王国の歴史にはまだそんな異種間の婚姻は無い。王女ミャアに相応しいのはボクだよ」


 なんかやだなあ。

 わたしの大好きな友達同士が口ゲンカみたいに言い合いしてるのって、心が落ち着かないな。


「もぉ……! わたし、二人とも連れて行かないっ」

「えっ!?」

「はあっ!?」

「そんなケンカするなら二人は学園に来ないで。代わりにソラの弟のラウルかギルファス従兄妹にい様を連れて行くわ」


 わたしがそう言ったらライアンもソラもぐうの音が出ないみたいで、顔面蒼白して黙っちゃった。


「結婚は誰とするのかなんて分からないもん。二人のうち、わたしはどちらかでもいい気がしてたけど……。ライアンとソラがケンカになるのもいや。だから良いこと考えたあ。お婿さんが一人しか駄目っていうものだというなら、――それならっ!」

「「それならって、……ミャア?」」

「わたしは大好きだったご主人さまの誠十郎を見つけ出して、誠十郎と結婚する〜!」


 わたしは高らかに宣言しちゃった。

 お城の廊下で、ソラとライアンの前で。


 一番、大好きなのは誠十郎だもん。


 誠十郎にまた抱っこしてもらいたい。

 わたしの白い毛並みを撫でて、誠十郎が「ミャア大好きだよ」って言ってもらいたいな。


 あっ、わたし、もう白猫のミャアじゃないんだ。


 誠十郎に会えたら……。

 再会できたらね、誠十郎なら、わたしだって分かってくれるよね?

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