[9-9]おやすみの時間、明日に備えて


 あの後、僕は星クジラの上で完全に寝入ったらしい。身体を揺すられる感覚ではっと目が覚めた。

 いつの間にか僕とイーシィは琥珀さん宅のソファーに寝かされていた。自分で降りて入った記憶がないので、誰かに運ばれた……?


「ここで寝ても、俺としては構わないが」

「わ、琥珀さんすみません!」


 僕を起こしてくれたのは琥珀さんだった! ということは、僕また琥珀さんに抱えられたんだろうか。わぁ……毎回お手を煩わせてしまい申し訳ないです。


「俺の、人型用のベッドを貸そう。ただほとんど使っていないので、埃は払ったが、快適ではないかもしれない」

「いえ……僕は眠らなくても大丈夫なので、イーシィを寝かせていただけたら」

「あなたと一緒のほうが、彼女も安心できるのでは?」


 思わぬところを突かれて、息を飲む。琥珀さん、いつも視点がこまやかで優しいよね。確かにそう……と思えたので、甘えてしまおうかな。


「そうかもしれません。お借りしてもいいですか?」

「もちろん。寝る準備が済んだら、案内するよ」


 僕らは夕飯後すぐに外へ出たので、歯磨きとかもできていない。とはいえ、洗面用具とか歯ブラシとか着替えとか何もないので、できることもないんだけど。

 いややっぱり、着替えもしないで他所よそのベッドを借りるのは……。


「琥珀さん、僕たぶん埃まみれなので、ここか、外のハンモックのほうがいいかもです」


 部屋を出ようとしていた背中に声をかければ、琥珀さんが立ち止まって僕を振り返り見た。驚いている様子ではないけど、興味深げにしげしげと見られてしまった。


「なるほど、着替えが必要だったか。女性の物でもよければ、すぐに用意できるが」

「えっ……え」


 さすがの慧眼けいがん――じゃなくて、それはどういう!? チャロさんの服とかお借りできるわけないんですが!

 

「やはり駄目か。わかった、何か用意する」

「いえ、お構いなく!」


 どこまでが本気でどこから冗談なのか、琥珀さんは楽しそうにそう言うと、部屋を出ていってしまった。まさか本当に女性の服を用意されるわけじゃないよね? にこにこ笑ってたから揶揄からかわれただけだよね?

 イーシィはまだ隣で熟睡しているので、今のうちにスマートフォンを開いて通知を確かめる。お父さんへのメールは時間がある時にするとして、技術担当さんが言ってたアップデート詳細を見ておこうかな。重めのデータという話なので確認だけでも。


 チャットログのリンクをタップすると、『新機能の概要』が目に飛び込んできた。ざっと斜め読みした感じでは画像をアップロードできるっぽい? 旅の思い出を整理するためということではないだろうけど、どんな機能なんだろう。

 物音がしたので顔を上げれば、部屋に琥珀さんが戻ってきていた。浅黒い腕に抱えているのは、大きめのかご……?


「俺は、人族の必要にはうといので、ルカに借りてきた。不足があれば言ってくれ」

「はいっ、ありがとうございます……!」


 そうだ、流架さんがいた! 良かった!

 籠の中には着替えや洗面用具が色々入っているようで、コンビニで売っている旅行セットを彷彿ほうふつとさせる。これももしかしたら、真白さんが作ってるのかな?


「人は、冷たい水が苦手だろう。シャワー室を使えるようにしておくよ。温度の調整は、俺がすると熱湯になるらしいから、任せる」

「シャワーお借りできるんですか。嬉しいです!」


 至れり尽くせりの持て成しの中に竜らしい一言を添えて、琥珀さんは微笑んだ。神竜族って熱いのも冷たいのも平気なのかな。こうしてみると僕はまだ竜には程遠く、感覚も思考も普通の日本人だなって実感する。

 スマートフォンの確認はひとまず後回しに。先にイーシィを起こして、交代でシャワー室を借りてベッドに入らせてもらおう。





 この世界の電力は琥珀さんがまかなっている、ということだったけど、なるほど設備の快適さは龍都と似ていた。ファンタジー想像力が貧弱な僕の自宅と違い浴室は岩をくり抜いて作られた部屋で、電球ではなく謎の発光体がふわふわ浮かんでいて、シャワーのホースやヘッドは謎の素材っぽい。

 足元はならされた岩場で温泉っぽい水溜めがあったけど、琥珀さんの説明によると地底湖の一部なのでお湯ではないそうだ。入ってもいいと言われて手を入れてみたら、びっくりするほど冷たかった。なるほど地底湖らしい!


 見慣れない設備に戸惑いつつも何とかイーシィと交代でシャワーを借り、着ていた服も洗濯させてもらって、着替えと歯磨きを終え寝室に通された頃には、日付が変わっていた。琥珀さんも睡眠は必要ないそうだけど、遅い時間まで付き合わせてしまって申し訳ない。

 毛皮を乾かしてもらってふわふわのイーシィと「おやすみ」を交わし、ベッドへ潜り込むと、一気に眠気がやってきた。これ、気づいたら寝落ちてるパターンだ! せめて意識がある間にアップデートを……。


 リンクを開いてアプデを開始し、画面が暗転したところまでは覚えている。そのあと僕はすとんと寝入ったらしく、気づくと顔のすぐ前に白いふわふわがいた。空調が効いた快適な寝室は、冬毛仕様のイーシィには少し暑かったのかもしれない。

 スマートフォンのバックライトで起こしてしまわないよう、上掛けを被ってから画面を開く。ホームの表示に見てわかる変化はない……いや、エディターボードの隣に丸いアイコンが増えてる。


「これ……カラーサークル?」


 円環の内側に正方形、デジタルのお絵描きアプリで見たことのあるやつ。それに立方体が添えられたアイコンだ。概要を読んで勝手にアルバム機能を想像していたけど、画像編集の機能なのかな。音や光があふれるものではなさそうだから、開いてみようか。

 念のためサイレントモードになっているのを確認し、少し緊張しながらアイコンをタップした。スムーズな読み込みのあとに開いたのはお絵描きアプリのホームみたいな画面で、「新規作成」「ファイル読込」「データ通信」という三つのボタンが並んでいる。

 試しに「新規作成」を選んでみると、キャンバスサイズを選ぶところから始まった。もしかして一から絵も描けるのかな、これ……。


 イラストを眺めるのは好きだけど、僕は残念ながら絵が描けない。機能を試すにしても、どうしたらいいだろう。とりあえず「ファイル読込」を選んでみると、画像フォルダにアクセスできた。なるほどここから選んで読み込むんだね。

 ざっとスクロールしてみた感じ、選択可能な画像には制限か条件があるようだ。人や動物の写真やイラストは暗くなっていて選択できず、風景もものによっては選べない。小物を写真に撮る習慣がなかったので、使えそうな写真が少なすぎる。

 だいぶさかのぼったら昔作った折り鶴の写真が見つかったので、これで試してみよう。


 画像を選択し、読込ボタンをタップする。一瞬のローディングがあって、写真の折り鶴部分が自動的にフォーカスされ表示された。「立体変換しますか?」って聞かれているんだけど、いいのかな。ひとまず試してみようかな。

 はい、を選択した途端、背景が一瞬で消去されて折り鶴のイメージが変わった。これ、もしかして3D化されてる? えぇ、凄いけどどうなってるの!?

 当然のように僕は3Dモデリングにも触れたことがない。右側にひしめくメニューも何がどうなってるのか全く意味がわからない。余計なことをせず技術担当さんに聞いたほうが良さそうだった。


[アップデート確認しました。すごい機能が追加されましたね! でも使い方がわからなくて、どうしたらいいでしょうか。]


 チャットログに質問を送信してみたものの、深夜だしすぐに返事はこないだろう。続いてメールを開き、下書きにお父さんへの報告を打ち込んでおく。朝になったら送信できるよう事前準備ってわけだ。

 一度寝てからの覚醒だからか、頭は冴えていて文章もさくさくと進む。おおかた下書きを終わらせた頃合いで、ふんわりした眠気がやってきた。


 明日起きたら文章を見直して、お父さんへのメールを送ろう。技術担当さんの返答を見てから、次の行動方針を決めればいいかな。真白さんが銀君に会いたいなら、いったん龍都へ戻るのもありで――……。

 あれこれ考えているうちに本格的な睡魔がやってきて、僕の思考も意識も夜の淵へと沈んでいった。




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