[9-10]再訪、そして再会


 ――何やら、妙な音がする。

 まだ半分くらい夢の中にいた僕を現実へ引っ張り戻したのは馴染みの振動音と、目の前でチカチカ点滅する光だった。等間隔のレインボー、これって何だっけ?


「えっ!? 着信!」


 心当たりがクォームかお父さんしかなかったので、画面を見た途端に驚きで思考が真っ白になる。え、リレイさん……?

 イーシィは先に起きたのか姿がなく、起こす心配はしなくて良さそうだ。ベッドの上で正座し背筋を伸ばしてから、通話開始。寝ぼけた声にならないよう気を引き締めて「はい、恒夜です」と応答した。


『おはよう恒夜君。朝早くに悪いんだけど、真白シロを連れてちょっと表へ出てきてくれる? 今ちょうど塞がれた入り口の辺りにいるから』

「表……って、地上ですか? え、リレイさん来てるんですか?」


 なに、どういうこと? 言葉の意味はわかるけど状況がわからず、かなり間抜けなことを言った気がする。画面の向こうでリレイさんが笑うのが聞こえた。


『まぁいいや、用件は済んだから僕もう帰るよ。じゃあね』

『いやいや、もうちょっと待ちましょうよ』


 僕が止めるより早くもう一つの声が滑り込んで、耳を疑う。今の――まさか銀君!?


「え、待ってください、銀君!?」

『そそ、僕だよ僕! ごめんこーやん、お店ちょっとクローズにして来ちゃった』

「それは全然いいんだけど、ごめん、まだ寝起きで頭が動いてないみたい。待ってて、すぐ行くから!」

『じゃあ切るね』


 リレイさんの一言で通話が切れ、僕はスマートフォンをポケットに突っ込もうとして、借りた服のままだったことに気づく。

 急いで着替えて部屋を飛び出し、廊下に琥珀さんの姿を見つけた。何と声を掛けようか迷っていると、琥珀さんのほうからこちらへ来てくれた。


「俺も、呼びに行こうと思っていた。……どうしようか?」

「朝から、すみません! えっと、リレイさんは、地上に来て欲しいって言ってました」

「飛べるのだから降りてくればいいのに」


 若干呆れたような口調だけど、怒っているわけではなさそう。とはいえ琥珀さんの言葉はもっともだというか、僕自身が飛べないので地上へ出る手段がない。真白さんを連れてと言われたけど、僕のほうが連れて行ってもらう側だよね。


「リレイさん、真白さんの弟の銀郎君を連れて来てくれたみたいなんです。だから、遠慮してるのかもしれません」

「なるほど。それなら、シロの使い魔に運んでもらうのが早そうだ」


 やっぱり、ですよね。琥珀さんが「運んであげよう」と言い出さなかったのは意外だけど、地系の竜だから飛べない可能性もあるのかな。地上は迷宮外になってしまうから出られない、ってことかもしれない。


「僕、真白さんに声を掛けてきます! あの、銀君をここに連れて来るのは大丈夫ですか?」

「ああ、構わないよ」


 快諾に安心し、その足で真白さんの部屋へと向かえば、ちょうど彼女もこちらへ来るところだった。不安そうな、でもどこか嬉しそうにも見える表情で察する。仕事の早いリレイさんのことだから、真白さんにも何らかの方法で通信したのだろう。


「真白さん! あの、リレイさんが地上に来て欲しいって」

「はい、聞きました。……ちょっと、びっくりして、心の準備が」

「わかります。深呼吸する時間くらい欲しかったですよね」


 いくら会いたい相手だとしても、アポなし朝一はドッキリが過ぎる。僕としては大真面目に言ったのだけど、真白さんにふふっと笑われてしまった。どうして。


「私、お人形さんなので深呼吸はしないのですよ。でも、そう言っていただけて、不安が抜けた気がします。恒夜さん、一緒に来ていただいてもいいですか?」

「はっ、はい! もちろん、お供させていただきます!」


 すっかり失念してたけど、そうだった。僕の的外れな台詞で真白さんが心の平穏を得られたなら良かった。というかちょっと前のめりすぎたかも……反省。

 朝食の準備を始めたらしい琥珀さんへ声を掛けて、外へ出る。イーシィの返事も聞こえたけど、手伝ってるのかな。つまみ食いのためではないと思いたい。真白さんは先に外へ出て、僕を待っていた。


「クゥオル」

「クァ」


 呼び掛けに応えて現れたのは、もふもふのドラゴンだ。毛並みは紫みの掛かった銀色で、皮膜系の翼は黒。神竜の皆さんよりずっと小型だけど、白狼のセティさんよりは大きい。

 姿勢を低くし翼を地面につけてくれたクゥオルさんの背に何とかよじ登ってみれば、小型竜だからか相当怖い! 何とか落ち着けそうな座り方を模索しているうちに、真白さんが僕の後ろへ乗ってきた。


「しっかり掴まっててください。クゥオルはのんびり屋さんなので、振り落とされることはないと思うですけど」

「はいっ」


 セティさんに乗せられた時の恐怖感がよみがえり、思わず銀竜の首にしがみつく。と同時に黒い翼が動いて鳩尾がふわっとした。わ、わ、浮いてる!


「わわわ、わ、わわ」

「ごめんなさいです……この子、のんびり屋さんで」


 大事なことなので繰り返した!? でも、真白さんがそう言うのもわかる――セティさんと違って、なんかものすごくふわふわ飛んでますね!?

 セティさんがジェットコースターなら、クゥオルさんは観覧車かもしれない。上昇のスピードがゆっくりなので、空からの景色をゆっくり眺めるとかなら楽しいかもしれないけど、残念なことに周囲は果てしなく続く岩壁だった。


 待たせている相手がいるときに進みがゆっくりだと気持ちが焦ってしまうものだけど、真白さんにとっては、心の準備をする時間になったかもしれない。

 長いトンネルを抜けた先にぱっと開けたのは、抜けるような快晴だった。地下の光源に慣れた目に砂漠の太陽光は強烈すぎて目を瞑る。リレイさんは塞がれた入口の所にいるって言っていたけど、眩しすぎて何も見えない。


「あっ」


 吐息のような声が首のすぐ後ろから聞こえて、思わず目を開けた。地上に出ても変わらずふわふわ飛んでいる銀竜の進行方向に、崩れて砂に埋もれた大きな建造物。それが地面に落とす濃い影の中、幾つかの人影がある。そのうちの二人は、遠目からでも目を凝らさず見分けられるほど見慣れた姿――リレイさんと銀君だ!

 リレイさんの側に座っている女の子がもしかして彼女さんかな? 銀君はこっちに気づいているようで、両手を大きく振っている。僕も振り返したいけど手を離したら絶対に落ちるので、今はごめん……!


「銀ちゃ、良かった……元気そう」

「……はい。銀君、とっても元気そうです」


 泣きそうな声で落とされた呟きに何と返すのが正解なのかはわからない。でも、想像の中でどんな姿を記憶していたとしても、本物に会えばイメージは塗り替えられてゆくものだ。

 真白さんがこれからは、思い悩むことなく過ごせますように。


「行きましょう」

「はい!」


 勢いよく返事したものの、僕はクゥオルさんの首にしがみつくことしかできない。高度が下がってゆくにつれて、こちらを見上げる銀君の表情もはっきり見えてくる。別れてそんなに経っていないのに懐かしさが胸いっぱいに広がって、心がひどく騒ぎ立つ。

 のんびり屋さんの銀竜が着地した頃には、銀君はもうすぐ側まで来ていた。視界の端でふわっと白いものが舞う。真白さんが白翼を広げて銀竜から飛び降りて、駆け寄ってくる銀君を見つめていた。二人とも、今にも泣きそうな表情をしてる。

 僕も一緒に泣いてしまいそうだけど、そんなことしたら場を白けさせてしまうので、クゥオルさんのたてがみに顔を突っ込んで我慢だ。


 お互いが言葉をさがすような間が流れて。先に動いたのは、銀君のほう。


真白シロねぇっ!」


 うおぉぉん、と遠吠えみたいな声を上げて銀君が真白さんに突っ込んだ。全力ハグ……というかすがりつく勢いで抱きつき泣き出す姿は、一緒に旅をしてきた中で一度も見たことがないものだった。

 よしよしと銀君の頭を撫でる真白さんの表情はとても優しげで、安心感がにじんでいる。銀君、ずっとさがしてたって言ってたもんね。良かった……本当に良かった。

 じゃね、と耳元に囁かれた気がして思わず見回せば、建物の影にいたリレイさんが天狼姿になっているのが見えた。背中に乗っているのは彼女さんと、黒い小動物? えぇ、本当に挨拶もせずに行っちゃうんですか――と思ったけど、以前も彼女さん優先だって言っていたし仕方ないのかな。


 リレイさんも、銀君も、琥珀さんたちも……皆、大切な人のために頑張ってる。世界は壊れかけだけれど、未来をあきらめず今を生き抜こうとしている人たちが沢山いるんだ。そういう想いが報われてほしいし、幸せになってほしい。

 僕に託された、世界を修復できる可能性の重さを実感する。最初の頃よりできることが増えて、つながりも増えた。わずかだった可能性も、今はきっと大きく膨らんでいるはず。


 やるぞ、と気合いを込めて、通知が光るスマートフォンを握りしめた。

 どこまでも青く続く空のように、僕らの前にも明るい未来が続くと信じたいから。次に目指すべきははじまりの場所――中央聖堂だ。




 第九章 終





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