[9-8]ラクガキの魔法と、贈りもの
彼女さんが不安がるからとのことで、リレイさんとの通信はそこで終了になった。一回きりの通信道具だけどゲームみたいに消滅することはなく、羽根ペンの大きさのまま手の中に残っている。
これ、どうしたらいいかな。前までのように襟に付けておける大きさではなく、捨てるのは忍びなくて、しまえるバッグも持ってない。
「恒夜さん、荷物入れ持ってないのですね。何か作ってあげましょか?」
「はい、え? 作っ……?」
「形だけなら、なんとか。幾らでもしまえる魔法は、できないですけど」
えええ、待って待ってつまりどういうこと!?
混乱して固まっていると、イーシィが隣でクジラぬいを掲げた。
「しろしゃん、こーにゃんにはクジラしゃん二号がいいと思いますにゃ!」
「おそろいにします? それもいいですね」
「えっ」
僕がついていけないでいる間に話が進みそうになってる!? クジラぬいはイーシィが持つから可愛いんであって、僕が抱えてもシュールでしかないよね?
「あ、ごめんなさいです。私、ラクガキを具現化する魔女なのです。精密な絵は得意じゃないので
「存じております! えっ、まさか真白さんが、僕に、えっ」
「おそろいにします?」
「おそろ……いえ、あの、ぬいぐるみは、ちょっと」
推し絵師さんに「得意です」と提示されたものを断るなんてファン失格なのでは!?
でもでも、二人でぬいを抱えてたら動きづらいよね? だって僕の荷物はそんなに多くないし、大きなものは必要ないので――、
「銀ちゃも格好いいのがいいって言ってたですね。私、クールなデザインはあまり得意じゃないですけど、それでも喜んでくれてました」
懐かしそうに語る真白さんの言葉から、ピンと来た。そういえば銀君が持っていたのは、そうだった!
「僕もウエストポーチがいいです。デザインは真白さんにお任せしたいです」
「了解です。すぐにできますので、ちょとお待ちくださいね」
真白さんが話し掛けると星クジラはスピードを緩め、やがて空中に浮かんだまま完全に停止した。琥珀さんの家でも屋根の上に浮かんでいたし、地面に降りることがないのかも。
どこかからペンらしきものを出した真白さんは、宙に四角く線を引き、空間を切り抜くようにして何かを取り外す。デジタル絵描きさんが使う液晶タブレットに似てるけど、もっとSFっぽさ増し増しのメタリックで近未来的なデザインだ。というか魔女さんなのにツールはSF系、すごい!
僕が
待って待って、ぼんやり見ていい場面じゃない! 憧れの絵師さんが、僕の目の前で、僕のために絵を描いてくれているんですが!?
自覚した途端に心臓が跳ねて息が止まりそうになったけど、そもそも心臓は動いてないし息もしなくていいんだった。えぇぇ、そうだとしたら、今この胸を内側から圧迫する高揚と高鳴りは一体なんなんだろう……。人体って不思議だ。
取り留めないことに思いを馳せている間にも真白さんは手を止めず、画面に映るイラストが段々くっきりしてゆく。色は紺と黒の中間くらい、丸みを帯びたフォルムで下側に薄いグレーの模様……これ、イーシィのクジラと一緒のデザインだ! 可愛い!
ぬいぐるみサイズを抱えるのは恥ずかしいけど、ウエストポーチのサイズで黒白ツートンのクジラデザインはシンプルで素敵だと思う。一応はおそろいだし、イーシィもこれなら納得してくれそう。
「恒夜さん、銀ちゃと同じくらいのウエストサイズです?」
「えっ? はい、いえ、もっと貧弱かもしれません」
「そうかな? じゃ、バックルで調整できるようにしておくです」
そういえば制服を作ったとき測ったはずなのに、まったく思い出せない。こんな些細なことでも僕はお父さんに頼り切りで生きてきたのだと、改めて思わされる。
銀君、僕と同い年なのにしっかりしてるよね。記憶が欠落していたり家族となかなか再会できなかったりと不安もいっぱいだろうに、いつも前向きで明るくて。僕にはリレイさんの話していた絶望振りが想像できないけど、表に見せないだけで、たくさん思い悩んでいたに違いなく。
銀君の力になりたい――そのためにもちゃんと自立して、僕が彼を支えられるようにもっと頑張りたい。
「はい、完成です! ちょとお待ちくださいね」
ぼんやり考え事をしている間に、真白さんは絵を描き終えたようだった。タブレットを膝に置き、両手を祈るように組み合わせて目を閉じる。白い翼が顕現し、羽毛のような光がふわふわと舞い散る姿が幻想的で、見入ってしまう。
「――我は
呪文、それとも祈り? ささやかれる言葉に
求めの通りに魔法は滞りなく発動し、キラキラ光っていたホログラムが徐々に透明感を失って、物理の存在になってゆくのがわかった。
銀君は真白さんが描いた絵から使い魔たちを作ったって言っていたけど、こんなふうに
「完成です! よかったら、使ってください」
ぼうっと
「あ、ありがとうございます! わぁ、嬉しいです! 謹んで使わせていただきます!」
「そんな
はにかみ笑う真白さんに見つめられれば緊張で正気を失いそうになる。落ち着け僕、と念じながら、震える手でウエストベルトを伸ばしてみた。
バックルの使い方を確かめていると、尻尾の位置に紐が付いていることに気づく。あ、これ、もしかして!
「ストラップ!?」
「はい。恒夜さんの小型端末、危なっかしいなって思って……。クリップを引っ掛けられる部分があるなら、先端金具を取り付けてみてください」
「ありがとうございます! 助かります!」
ちょうど欲しかった物まで作ってくださったなんて! 真白さんのこまやかな気配りが、とても嬉しい。
ストラップはポーチから取り外して首から下げることもできそうだ。これまで出番がなかったカバーのストラップホールに先端を取り付けて、首に掛け、スマートフォンを胸ポケットにしまってみる。
長さもちょうどいいし、素材は柔らかな布っぽくて
ふと思い出し、ポケットから琥珀さんに渡された石を取り出した。よく見れば、アクセサリーパーツの九ピンに似た金具が付いているけど、琥珀さんが加工してくれたのかな?
ストラップ先端の金属リングがちょうど良い位置だったので、石を取り付けてみる。重さは気にならないし、スマートフォンの画面に当たったりもせず、いい感じかも? これでうっかり落としたり失くしたりする危険はなくなりそうだ。良かった……。
真白さんは安心したように微笑んで、タブレットをセティさんの前脚の間に置き立ち上がった。絹のように細い髪がふわりと流れ、それで星クジラが動き出したことに気づく。
「深夜のお喋り、付き合ってくださってありがとでした。ずっと迷い続けていたことに、今なら、向き合える気がします。私も、ずっと……銀ちゃに会いたかったです」
会っていいと思います。会って欲しいです。――そう胸の内から言葉があふれそうになるけど、奥歯を噛みしめて飲み込む。
責任感と義務感にずっと苦しんできた真白さんには、誰かの願いによってではなく、自分で望んで決めて欲しいから。
「僕も、たくさんお話できて嬉しかったです。こんな素敵なポーチまで……ありがとうございました」
「こちらこそ、です。さ、しぃちゃも寝ちゃったことですし、そろそろ戻りましょう」
「え? あれ、しぃにゃんいつの間に!?」
真白さんに言われて見れば、さっきまで元気にはしゃいでいたイーシィがクジラにもたれて熟睡していた。でもそうだよね、イーシィは僕らと違って食事や睡眠を必要とする普通の女の子なのに、頑張って付き合ってくれてありがとう。
「セティ、しぃちゃが冷えないようにしてあげてね。恒夜さんも寒かったら、セティに抱きついていいですよ」
「はい、あ……いえ」
もそもそと姿勢を変えたセティさんの背中に僕ももたれ掛かって、空を見上げる。真夜中の月は遠く、闇色の天井にぽっかり空いた天窓のようだ。この世界の向こう側にあるのは宇宙? それとも――?
琥珀さんの家に着いたらイーシィを休ませて、できそうならメールとアップデート詳細をチェックして。
白狼の体温を感じながら、僕もつられるように眠りへと引き込まれていた。
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