[9-6]魔法人形のかつて、あの日の真実


 雲ひとつない星空が背景だと、移動を実感しにくい。星クジラ……極光きょっこうさんの背中はほんのり温かく、前髪や耳に感じる夜風は穏やかだ。

 上方にも下方にも広がる、星の海。静まりかえった夜の砂漠なら、どんなことを吐き出しても受け止めて、吹き散らかしてくれそうに思える。


 返すべき言葉を一生懸命考えたけれど、飲み込んだ。真白さんも今、一生懸命に言葉をさがしている――そんな気がしたから。


 しばらくの間そうやって夜風を感じ、静寂に浸る。やがて真白さんは頭を上げ、セティさんに背中を預けるような向きで座り直した。

 見あげる薄グレーの瞳に星が映り込んで、潤んでいるようにも思えるけど、泣いているわけではなさそう。静かに語り出した声は震えておらず、平坦だった。


「私、ずっと……眠っていたのです。お城の自室で魔力を切って――冬眠、してたのです。目覚めたとき、お城はすっかり崩れて瓦礫の山になってました。でも、私自身には傷ひとつなくて。私は人形でもともと怪我をするなんてなかったので、はじめは不思議にも思わなかったですけど。各地を巡っていくうちに、違和感に気づいて」


 魔法人形ルーンドールの真白さんは、魔力を切る――つまりスイッチをオフにするように自身の稼働を止めることができるのだと、語る。

 オフの間は意識も感覚もなく、気配を辿ることもできない。実際、居場所がわかると言っていたリレイさんでさえも、訪ねてきたのは真白さんが目覚めた後だったそうだ。


「自分でオフにした魔力をオンにすることって、できるんですか? それとも、誰かが……起こしてくれた、とか?」


 この質問は大丈夫だろうか。ぴりりとした緊張感を噛みしめながら、僕は質問を投げかけた。これまでの話からすれば真白さんは、彼女を崩壊から守った誰かによって起こされた可能性が高いと、思ったからだ。

 でも返った答えは、意外な――そして、核心的なものだった。


「いいえ、そのどちらでもなく。私は、私自身に、願いと呪いを込めたのです。、だれも私をおこさないで、――って」

「世界が……あっ、もしかしてそれが」

「はい、起動条件です。国の柱に成りきれず、国を呪うこともできず、それでも大切なひとたちとのつながりを断ちたくなくて……。ただの、ワガママでした。私は消える覚悟もないくせに、故国のため言い訳を成り立たせようとしていたのです」


 ――僕は、勘違いをしていたかもしれない。真白さんの罪悪感はサバイバーズ・ギルトのようなもの、輪郭が曖昧あいまいで具体的ではないもの、と思い込んでいなかっただろうか。彼女の過去を何も知らなかったというのに。

 あのとき、リレイさんはなんて言ってたっけ。つながりをぜんぶ捨てて、世界のさいはてへ逃げて隠れて、自分が終わるための理由をさがしていた、と。自分で終わりにできないから、世界の終わりを願う。そんなの……きっと、呪いのように苦しい。


 不意に視界がぼやけて歪んだ。びっくりして思わず瞬きし、涙のせいだと気づく。ま、待って、今ここで泣くなんて空気が読めない奴すぎる。

 慌ててシャツの袖で拭ったけれど、自分に驚いたことで少しだけ心が冷静になった――気がした。様子のおかしな僕を気にしたのか真白さんがこちらを振り向き、目をみはる。


「あっ……ごめんなさいです。いやな思い、させちゃって」

「いえっ! 違うんです!」

「こーにゃんは泣くのが特技なのですにゃん」

「えっ? それも違うし!」


 何その横やり! びっくりして涙が止まったんだけど!?

 大事な話の最中に何をいうのかなこの子は……でも真白さんがくすくす笑ってるってことは、結果オーライなの?


「ふふ、ありがとです。私、泣けないお人形なので……代わりに泣いてくれたのですね」

「そういうわけ、では、いえ、自分でもちょっとわからなくて」

「恒夜さんは優しいですね。こゆこと話しても、私を叱ったりしないですもん」


 なんだかひどく、胸が痛い。真白さんはかつて『故郷』で、内政長官の勤めを果たしていたんだろう。(魔法人形ルーンドールという設定ゆえなのだろうけど)辛くても泣けず、泣き言や弱音を吐けば叱られて、職を辞す理由をつくるためには稼働を止める――おそらくログインを辞める、までしなきゃいけなかったなんて。

 異界化しているケイオスワールドでこの考え方はナンセンスかもしれないけど、国家運営だって交流の一環であるはずなのに、そんな辛い思いを強いられたら……世界を呪いたくなったって無理もないよ。


 そう思ったら、胸の内側がぐわっと煮えたぎった気がした。泣いてる場合じゃない、誰かの犠牲と献身の上に築かれる世界なんて僕は望みたくない。

 真白さんが選んだのは『消滅』ではなく『冬眠』だった。つながりを断ちたくなくて、でも解決のすべが思いつかなくて、心の整理をするため冷却期間を置いてただけなんだ。

 それは真白さんがケイオスワールドを捨てたくなかったから……いつか大切なひとたちや使い魔さんたちと楽しく過ごせる日が来ることを、願っていたからじゃないのかな?


「僕は、感謝してます。真白さん、生き延びてくれてありがとうございます。辛い思いを抱えながら、それでもたくさん人助けしてくださって……すごくすごいと思います」


 気づけば勢いのままに胸のうちを吐き出していた。真白さんが目を丸くして固まるの見て少し恥ずかしくなったけど、もう後には引けない。


「真白さん、ご自身を助けてくれた誰かを気にかけていらっしゃるんですか? 捜したい気持ちがあるのでしたら、僕も協力します。銀君だって、真白さんの力になりたいって思っているはずです。だから一緒に――、え?」


 ぽすぽすとお腹を叩かれていたことに、気づく。イーシィのクジラだ。我に返った途端、一気に羞恥しゅうちが襲ってきた。

 わぁ僕なんか、ラノベの勘違い系主人公みたいな言動してませんか!?


「ありがと、です。なんか、恒夜さんって、銀ちゃみたいな子ですね」

「わー、すみません! 出会って間もない若輩者が出過ぎた発言を! でも、協力したいのは本当なので!」


 恥ずかしさの余りイーシィのクジラに顔を突っ込もうとした直前で、顔面に白いモフモフが覆いかぶさった。あっ、これセティさんの尻尾ですね……うるさい黙れってことかも。真白さんが小さく笑い、話し出す。


「わかってるんです。私も、きっと守られたのだって。消えてもいいと言っていた私を、何としても助けようとしてくれたひとがいたって……各地を巡っているうちに、じわじわとわかってきたのです」

「ふぁい」


 自分でもびっくりするくらいしょげた声が出て、驚いていたら、視界が開けた。目の前には呆れたような表情で寝そべる白狼と、はにかみ笑う真白さん。

 不思議と、さっきまでの消えてしまいそうな儚さは消えていた。何かを吹っ切った――あるいは覚悟を決めたように。


「ちゃんと、銀ちゃに会って、謝らないと――って、ずっと思ってました。私を助けてくれたのは、きっとあの子なのです。あの子以外にいるはずがないのです」


 僕にとって予想外のことだったけど、真白さんの口調は確信めいていて、何かを予感させるみたいで……胸がざわめく感じがした。



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