[9-5]ふたりの過去と、向き合う覚悟
予想はしていたけど、返ってきたのは沈黙だった。やっぱり、僕みたいな若輩者に話せることではないのかも。
横たわる沈黙の重さに耐えかねて次々浮かぶ言い繕いを、ぜんぶ飲み込んで待つ。聞きたいと言ったからには聞く態度を示さないと。隣のイーシィも黙ったままでいるのだし。
不意に、ブオォォとも聞こえる低くて力強い音が響き、
ややあって、冷たい霧のようなものが降ってくる。神授の施療院に残る記憶の中で見たあの幻想的な光景を僕も今体感しているってこと? わぁすごい!
「銀ちゃと私、本当の姉弟ではないのです」
感動的な状況に気を取られて、危うく聞き逃すところだった。砂漠の夜風にかき消されてしまいそうな呟きは、間違いなく僕の問いに対する返答だ。
浮つく心を抑えて気を引き締め、セティさんの毛皮をしっかりつかんで姿勢を正す。
「なんとなくそうかな、とは思ってました。僕、最初銀君に話を聞いたとき、真白さんを白い大きな狼だと勘違いして……銀君に、違うよって」
セティさんの耳がピクリと動いて僕のほうを向く。自分のことを話されてると思ったのかな。真白さんはふふっと笑って白狼の頭を撫でた。
「狼、格好いいですよね。私は、どっちかってと、白い鳩なのですけど」
「あ……そういえば鳩のパーカー着てらっしゃいましたよね。あれ可愛くって好きでした」
「そなのです? もしかして、以前にもお会いしてます……?」
「いえ! 僕が一方的に知ってるだけです!」
会話が続くのが嬉しくてつい余計なことを口走りそうになり、イーシィにクジラで脇腹を押されて我に返る。危ない、プレイヤー同士の会話じゃないんだからゲーム外情報は伏せておかないと!
真白さんは不思議そうな表情で目を瞬かせたけど、一応は納得してくれたみたいだ。
「何かを造るのが好きでした。絵を描いて、それを実体化させて……。リレさんに言われた通り、国政に関わらず物づくりだけして過ごせば良かったなって、今は思うですけど……。あの頃は、そうは割りきれなかった」
「そういえば、銀君も新人サポートしてたって言ってました。僕にも、とても親切にしてくれて、ここにくるまで沢山助けてもらったんです」
思い出したら懐かしさと寂しさが込み上げてきて、喉が詰まりそうになる。
ここにきて最初に出会ったのが彼だったことは、僕にとってこの上ない幸運だ。銀君がいなければ、イーシィに再会どころか砂漠を越えることだってできなかっただろう。
真白さんの視線が遠くへ向かう。懐かしいものを思い出すような、一握りの
「銀ちゃは、内政長官をしていた私の後輩で、私のことも良く助けてくれたのです。私が職を辞し国を出たあと、私の住居にきてくれて……一緒に住んで、眠っていた私の代わりに住居の管理とかもしてくれていました」
真白さんが内政官をやっていたというのはリレイさんに聞いたけど、内政長官だったなんて。それなら、あのとき聞かされた話の意味も理解できる気がする。
内政長官は軍務長官と対をなす、主に国内に関する権限を持つ役職だ。システム的には施設の建設や解体、国家コミュニティーの管理ができる程度だけど、
ちょっと特殊な操作ができてシステム称号が得られるだけで、特典といえるようなものは何もない。でも、国王に王様らしい
コミュニティーを盛り上げるためのイベント企画と運営、新人ユーザーのサポート、悩み相談、揉めごとの仲裁などなど……。
どのゲームでも大抵コミュニティーのまとめ役を務めてくれるのは運営ではなく、ちょっと時間に余裕があってアクティブに動ける一般人――だ。彼らだって現実に仕事や家庭を持ちながら、息抜きにオンラインゲームを楽しんでいるユーザーに過ぎない、……という認識を、しかしゲームの中だと容易に見失ってしまう。
リレイさんは、真白さんが「誰かの期待に応じることが
「銀君、気が利くし、すごく親切ですよね」
「あの子いっつも、人のことばかり気にかけてて……。そか、新人担当、ずっと続けてたのですね。優しい子だから、無理してたんじゃないのかな」
元気そうでしたよ、と口を突きかけたのを飲み込む。僕は、内政官時代の銀君を知らない。真白さんと銀君の所属していたのがどの国で、今どうなっているのかも知らない。ただの推測で勝手なことを言うのは、不誠実なことだ。
「僕、大崩壊のときに銀君がどこにいて、何をしていたかは、聞いてないんです。でも今は行方不明になった真白さんを捜してて、手がかりを求めて神授の施療院に来たって話してました。すごく、心配してるふうでした」
「そですよね。だって、お城……木っ
「えっ、こっぱ……?」
しみじみと語る横顔に、深い憂いが影を落としていた。お城って話の流れからして、国家の主城のことではなく住居のことだよね? 購入できる中では最高価格で、耐久性と機能も最高スペックの、呪い竜の攻撃にだって耐えられる(つまり国家のお城より耐久性がある)という触れ込みの……?
お城と星クジラを所有していた真白さんの財力と、そんなお城が木っ端微塵というパワーワードに、思考回路が軽く混乱をきたしている。
でも、そっか、真白さんは人気絵師、つまり有力な幻魔法師だったもんね。しかも国家に所属するのをやめていたのなら、自衛も兼ねて守りを固めるのは当然かもしれない。思考をぐるぐるさせていた僕の隣で、イーシィが吐息のようにささやいた。
「しろしゃん、ご無事でなによりでしたのにゃん」
「私は、お人形さんなので」
「みゅん……。あの
イーシィの声は普段よりトーンが落ちていていて、あの日のことを思い出しているのがわかる。
僕も、夢で何度も繰り返し見たあの日の光景を想起していた。それと、こちら側に来てから出会い別れ、遺された想いを通して垣間見た、たくさんの人たちのことも。
――ふいに、気づく。
イーシィの言う通り、強いとか、大人だからとか、特別な存在だったからとか、そんなのは関係なかった。だって、神授の施療院に隠れ住んでいた兄弟も、風樹の里で暮らす子どもたちも、龍都で復興に尽力している住民たちも、そのほとんどが特殊な設定などない無名の人たちだったんだ。
真白さんが
神獣と呼ばれる里のグリフォンたちも乗り手の大人たちだって、あの光に抗うことはできなかったんだ。
あの大崩壊の中で生き延びることができたのは、守られたからだ。家族が、大人たちが、全力で……時には命をかけて、助けようとしたからだ。生存を切望してくれた誰かがいたからだった。
僕ら以上に各地を旅したくさんの人と触れて、人々を助け続けてきた真白さんが、気づいていないわけはない。そっか、だから――。
「……はい」
ささやくような声が、透明なしじまを震わせる。細い指先ですがるように白い狼の首を抱き寄せ、そこに顔を埋めて。
本当は、わかってるんです――そう、真白さんは独白のように語ったのだった。
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