[9-2]お部屋訪問、戸惑う距離感


 琥珀さんの言葉に甘えて、イーシィが野菜サラダを平らげるまで待ってから(ゆっくりだけど全部食べたのは偉い!)、僕らはルカさんの部屋を訪ねることにした。

 イーシィは遠慮すると言ってくれたのだけど、僕としては、真白さんと共通する友達として一緒にいてくれたほうが心強い。


 とりあえず訪ねてみて、向こうの反応を見て考えよう、とお互いに決めて、とにかく一緒に出向く。

 部屋の場所を聞いていないので不安だったけど、廊下を少し進むとすぐにわかった。閉められた扉にプレートが掛けられていて、『流架、真白』と書かれている。

 ルカさんってこう書くんだ!? ずっとルークさん的なルカさんだと思ってた……お医者さんだし。


 お二人が同室なのも意外だったけど、ずっと一緒に旅をしているのならそういうものなのかもしれない。

 中に真白さんもいるのかな? うわ、想像したら緊張してきた!


「こーにゃん、お顔がおもしろ変化へんげしてますにゃん」

「えっ、そんなに!?」


 考えていたことが全部顔に出ていたようで、イーシィのクジラにぽすぽすと脚を叩かれ僕は我に返った。心が浮ついている……落ち着け僕。平常心を取り戻そうと深呼吸をして、お腹の底に気合を入れる。

 息を止めて(元からしてないという説もある)扉を三回ノックし、待つ。一秒も経たず、中からやわらかな声が聞こえた。


「開いてますので、お入りください」


 緊張がピークに達したからか指が震えだし、それを抑えようと力を込めて取っ手を引っ張ったけど、開かない。え、なんで!?

 頭がパニックになって固まっていると、僕の下にいたイーシィがクジラで扉をそっと押した。あっなるほど、内側に向かって開くようになってる作りなんだ。珍しくない?


「す、すみません、手間取りました――、ふぁっ!?」


 真っ先に僕を出迎えたのは、真っ白い毛並みの狼だった。一瞬、銀君みたいに真白さんが狼に変身したのかと錯覚したけど、血縁ではないって言ってたことも思い出す。そういえば、白狼の使い魔がいるって話を聞いていたんだった。


「セティ、驚かしちゃだめですよ」


 間髪入れずに投げかけられた声にこたえ、白狼が扉の前から引き下がった。今のは真白さんだろう、やっぱり中にいる……というか、流架さんから聞いて待っていてくれてたのかも。ドキドキしながら部屋へ足を踏み入れる。

 思ったよりも広く事務所っぽい雰囲気の部屋だった。手前側に大きなソファがひとつと、木製のローテーブルがある。奥には机があって、クローゼットやベッドなどの家具は見当たらない。

 待合室とか事務所のような雰囲気なので、お二人の私室は別になっているのかも。


 僕に続いてイーシィが入ると白狼は興味を持ったように覗き込んできたけれど、真白さんに「めっ」と叱られてすごすご戻っていった。交代するように、机の前で書き物をしていたらしい真白さんが立ち上がってこちらへやってくる。

 服装は昼に見たのと同じ白いワンピースで、足元は裸足。小学生の女の子らしい顔立ちなのに、相対すれば掴みどころがない印象だ。でも人形っぽいってほど無表情でもなくて。


「押しかけてしまってすみません。僕、自分の用事を話してばかりで、銀君のこと全然伝えてなかったって……思いまして」

「そなのですね。中央へ向かう道中でも良かったですのに、わざわざありがとです」


 さらりと返されて、思わず言葉に詰まった。流架さんは一晩考えさせて欲しいって言っていたけど、今の言葉は一緒に行くのが前提だよね。

 僕を見あげて微笑む真白さんの目は曇りガラスのようで、感情を読み取ることができない。固まる僕を見かねたのか、イーシィが横から口添えてくれた。


「シロしゃん、一緒に来ても大丈夫ですのかにゃん?」

「はい。恒夜くんと琥珀さまがバトった余波でエネルギーが生成されたぽく、今なら余剰ストックがあるのです。大元を修復できればそれが最善ですけど、いってみないとわからないのでしょう?」

「それは、そうなんですが……ありがとうございます」


 真白さん、皆を気にかけるあまり無理しているのでは、とか、僕に協力するのは負担なのでは、とか、色々な心配が脳内を渦巻いたけど、うまく言葉にすることができなかった。

 無理をしないで、の先に提案できる方法を僕は持っておらず、こんなとき大人のひとたちは――ルスランさんやお父さんだったら、何て言葉をかけるんだろう。


「シロしゃん、気分転換にお外で話しませんかにゃ? ぼく、大きなクジラしゃんに乗ってみたいですにゃん」

「私は良いですけど、おふたりは寝なくてよいのです?」


 僕が動揺している間にイーシィが助け船を出してくれた! ありがとうしぃにゃん!


「僕は、大丈夫です。まだ全然余裕です」

「ぼくもさっきこーにゃんとお昼寝しましたにゃ」

「そですか、それなら……。星クジラだからって背中に庭があったりはしないですけど、乗せてあげるです」


 曇りガラスの瞳が揺らいで表情に明るさが差す。でもそれは、雲間から透ける光のように淡くて儚い印象だった。

 真白さんはラチェルや銀君のように表情が大きく変わるタイプではなく、察するのが不得意な僕では気持ちを測りにくい。それでも、外で話すほうがいいっていうチャロさんの予想はおそらく的確なのだろうと感じた。


「ありがとうございます! 星クジラ、憧れてました!」


 これは僕の本心なので、すんなり言葉が出てきた。真白さんは嬉しそうに微笑んでくれて、それから僕ら三人は連れ立って夜の地底に繰り出したのだった。





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