復興編
第九章 傷痕こえて、未来を描く
[9-1]地底の夕食、伝えたい言葉
神竜族の料理ってどんなだろうと期待半分不安半分で家へ向かった僕とイーシィは、漂ってきた匂いに顔を見合わせた。
あまり馴染みはないけど美味しそうな香りは、琥珀さんの料理……?
「ぼく、おなか空きましたにゃん」
「うん、僕も。あんなに食べたのに」
「食べたのおやつばっかりですにゃ。ぼく、お
「お魚……あるといいね」
思えば朝は携帯食を少しだけ、昼食をとる余裕はなくて、眠る前にリンゴをつまんだくらいだ。イーシィは呪い竜も撃退してきたんだから、お腹が空くよね。
ここは龍都ではなく砂漠の地下で、暮らしているのは琥珀さんとチャロさんだけ。植物の生育は確認できたけど、お魚やお肉はないかもしれないな……。
今日も変わらず屋根の上に浮かんでいる星クジラを確認し、連れ立って家に入った途端、一気にごはんの香りが押し寄せてきてイーシィの目がきらめいた。
テーブルの上に色とりどりの料理が並べられている。僕には名称のわからないものも多くて、オレンジ色の炊き込みご飯っぽいものと、野菜のスープ、サラダ、剥いたリンゴに、焼いた魚も!
「お
うきうきと部屋へ飛び込むイーシィの後を追って僕も靴を脱ぎ――って僕いつからスニーカーを履いたままだった!? わぁすみません、土足で上がり込んでたなんて!
「しぃにゃん、足を拭いてから入らないと駄目だよ」
「みゅ?」
急いで靴を脱ぎながら声を掛けたら、イーシィはきょとんとした顔で小首を傾げた。
「ここ和風のおうちじゃないから靴ぬがなくても大丈夫ですにゃん?」
「そ、そうなの!?」
思わぬ指摘に今度は僕がびっくりする。海外の家ってそうなんだっけ?
入り口であたふたしている間に琥珀さんが部屋に現れ、手間取っている僕を見て
元気をアピールするために真っ直ぐ立って姿勢を正したら、なぜか微笑みかけられた。祖父が
「どうした?」
「いえ、あの、靴を脱ごうと」
「靴?
わーん、今度は琥珀さんに不思議そうな目で見られてる! ものを知らない日本人ですみません!
慌てて
「手を洗いますか?」
「はい、洗いたいです」
「こちら、使っていいですよ」
どうやら奥の扉から出たところに小さな手洗い場があったらしい。
久しぶりに使った石鹸はふわふわの泡が気持ちよくて、つい念入りに手を洗ってしまった。僕がなかなか戻らないことを気にしたのかイーシィが覗きに来る。
「こーにゃん、遊んでますにゃ?」
「手を洗ってただけだよ! もう戻るよ!」
それほど時間を掛けたつもりはなかったのに、戻ったらチャロさんもいた。少し調子がいいのかな?
リレイさんと真白さんの姿が見えないと思ったところで、ルカさんが口を開く。
「真白さんは食事を必要としないので……。リレイさんは帰られましたよ、恒夜さんによろしくと仰ってました」
「えっ、もう帰っちゃったんですか」
「連れを待たせているから、と。心配だったのでしょうね」
そっか、そうだよね。僕に付き合うことで予定外の旅程になってしまっただろうし、僕も結構長く寝ちゃったから待っていられなかったのかも。
最後に挨拶できなかったのは寂しいけど、またどこかでご一緒できたらいいな。
皆で揃っていただきますを言うでもなく、席に着いて各々自由に食事が始まる。ルカさんが僕とイーシィの分を取って前に置いてくれた。
ふわっと香る湯気に食欲が刺激され、お腹がぐうって鳴かないのが不思議な気分だ。香りからトマトベースっぽいけど、混ぜ込んであるのは野菜とかナッツ類かな?
イーシィはもふもふの手で握りしめたフォークを焼いたお魚に突き刺して、猛獣みたいな勢いで食べている。炊き込みご飯の野菜は細かく刻んで混ぜてあるから、よけずにちゃんと食べてくれるいいんだけど。
「琥珀さんはお料理上手なんですね、すごいです」
「俺は、それほど……。料理好きなのは、チャロだよ」
教わって覚えたのだとしても十分すごいと思うけど、琥珀さんは謙虚な神竜なのかな。言葉を濁して隣のチャロさんと視線を交わしている。もしかして照れてるのかも。
トマトベースの味は優しい甘さで、根菜や豆、菜花っぽい野菜が混ぜてあった。SNSで見た、炊飯器にトマトを丸ごと入れて具材と一緒に炊くレシピを思い出す。
ケイオスワールドに炊飯器はないだろうから鍋で炊いたのかな、と思えばやっぱり琥珀さんの料理スキルって相当高いよね。
しばらくみな無言で食べ続けて――琥珀さんとチャロさんは視線でコミュニケーション取っていたようだけど――目の前の料理がなくなってきた頃合いに、ルカさんが席を立った。
「一足先に離席しますね。恒夜さんとイーシィさんはどうぞごゆっくり」
「あっ、ルカさんちょっといいですか!?」
「はい?」
思わず引き留めてしまったけど、まだ言葉をちゃんとまとめてなかった。動きを止めて僕を見るルカさんに、しどろもどろで答える。
「僕、真白さんとお話ししたいなって思ってて、無理にとは言わないですが、銀君のことも伝えたいし、実はお名前だけは前から存じてまして……どうでしょうか」
小説を書く人間とは思えないくらいの
相手がリレイさんなら突っ込まれまくったに違いないけど、ルカさんは何も言わず視線を落として思案している。動いていない心臓をドキドキさせながら待つこと数秒、顔を上げたルカさんの表情は穏やかだった。
「わかりました。私から伝えておきますので、恒夜さんのご都合が良いタイミングで声をかけてください」
「……はい! ありがとうございます!」
まだ話ができると確定したわけではないけど、話をしたくないということはなさそうで良かった。
今後どうするかはともかく、僕は銀君に数え尽くせないほどの恩を受けている。その銀君との約束なのだから、彼が龍都で待っていることを確実に伝えないと。
「こーにゃん、良かったですにゃん」
ルカさんを見送ってから一気に緊張が抜けて脱力していると、僕の下がり切った肩をイーシィがポンポンと叩いてくれた。
お皿には平らげたお魚の残骸が積んであるけど、会話はしっかり聞いてたんだね。あと、野菜サラダはしっかり残してるし……。
「うん。ご飯食べたら、僕ちょっと行ってくる。しぃにゃんはサラダも食べてね」
「ぼく、もうお腹いっぱいですにゃ」
クジラを抱きしめてきゅるんとした目で見上げてきたって、僕は騙されない。指でバツを作って見せたら、イーシィは観念したのか「みゅん」と呟いてテーブルへ向き直った。フォークの先でつつきながらちまちま野菜を食べ始める。偉い!
「恒夜」
「はいっ」
イーシィに気を取られていたので、声がけは不意打ちだった。慌てて目をやると、琥珀さんがチャロさんを抱っこして席を立っていた。
「先にチャロを休ませてから、片付ける。あなたは気にせず、話に行くといい」
「え、いえ、後片付けは手伝います!」
家でも食器洗いやテーブルの片付けはしていたので――と主張する間もなく、琥珀さんは首を振って言い加える。
「楽な気分で話したいなら、外がいい――、そう、チャロは思っているようだ。私たちはあなたたちが考えるほどには切迫していない。焦らず、ゆっくり話しあっても大丈夫だよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます