[8-11]罪悪感と、過去へのつぐない
「そうだったん、ですか」
知らないこととはいえ、真白さんを傷つけてしまったかもしれない。そう思ったら、胸がぎゅうっとなった。
察しのいいリレイさんは僕が考えていることなんてお見通しなのだろう――剥き終えたリンゴを木皿に並べながら、淡々と話を続ける。
「僕が語って聞かせることではないけど、昔、政務官をやっていた頃にいろいろあったらしいね。世界が終わったのは神様の気まぐれで、世界の内側に住む者たちには責任なんてないのに、あの子は今でも自分を責めてる。誰より頑張っていたひとたちが国を守れなかったこと、自分が生き延びてしまったことへの罪悪感を抱えるなんて、不条理な話だよ」
生き延びた人たちが喪失した人たちを想い罪悪感に苦しむ……この心理状態には名前がついていた覚えがある。サバイバーズギルト、だったかな。
「真白さんも、大切なひとを亡くされたんでしょうか」
真白さんは銀君の無事について疑っていなかったように思う。だから、PTSDの原因は銀君とはぐれたことではなく……。そうするとやっぱり、――と考えてしまったのは、ルカさんの話が頭にあったからかもしれない。
リレイさんは手を止めて、僕を見た。しばし黙考した後、
「イーシィにゃんはひとりで食べられるね。恒夜君には僕が食べさせてあげようかな。はい、あーんして?」
「ちょ、僕も一人で食べられますっ」
「そう? それなら、どうぞ。で、
ハンモックはわりとしっかりした作りだったので、上体を起こしてもバランスを崩すことはなかった。リンゴの入った木皿を受け取り一つをつまんでかじると、甘酸っぱい香りと味に心も身体もすっきりする気がした。
つながりぜんぶ、の中に、銀君は入っていなかったのかな。それとも、つながりを絶っていたからはぐれてしまった……ということなんだろうか。
「真白さんが生き延びた人たちを一生懸命助けようと動いているのは、大崩壊のときに何もできなかったことに自責を感じているから……?」
「そうだね、それもあると思う。あの子は、強かったからね。でも、それより大きいのは、おそらく……」
リレイさんが言葉を止め、イーシィがリンゴをかじるしゃりしゃりという音が聞こえてくる。物憂げに細められた青い双眸は、僕が手にしたスマートフォンへ向けられていた。
「あの子は心の奥で、自分が終わるための理由をさがしていたんだ。世界の終わりを、願っていたんだよ」
「そんな、――でも、あれは、真白さんの願いとは関係なくて」
「もちろんそうだよ。でも、本人の心がそうならいいと思ってしまったなら、僕や君が否定したって意味はないんだ」
そうならいい、というのは……真白さんの願いを神様が聞き入れて世界を終わらせたのだったらいい、ってこと? そんな、責任を一人でかぶりたがる思考になってしまうなんてこと、あるんだろうか。
リンゴを一皿分平らげたイーシィが、首を傾げて「みゅん」と呟いた。
「真白しゃんは、自分の願いが世界を壊したのだから、自分が頑張れば元通りの世界に戻せるかも、……て思てるのですかにゃ?」
「うーん……、さすがにそこまで短絡的ではないと思いたい……けど、あの二人の行動原理は突き詰めればそれに近いかもね。どちらも償う理由を自分に科したがっているというか」
「二人のってことは、ルカさんも、真白さんと同じ罪悪感に苦しんでるってことですか」
聞き返しておきながら、その想像は僕の中ですとんと
「僕は
「え、精霊や天使なんかではなく、ですか?」
「そう。まぁ戸籍上は人間ってことだから、実は両親と血縁関係にないって可能性も皆無ではないけど。人外の命脈だとしてもご両親は彼を大切に育て、愛してたんだろうね」
故郷と家族を失ったと話したルカさんの、ひどくつらそうな表情を思い出す。何でもありな
あのまま生きることをやめていたら、とルカさんは話していた。それは、故郷や家族の後を追おうとして、できなかったということだろう。
生きてさえいればやり直せると思えるのは、生きてゆく意味を失っていないからだ。大切な存在をすべて失い取り残され、死ぬことができず、いくあてもない――その苦しみを僕なんかが理解することは、できそうにない。
だから、想像する。僕は、イーシィが無事だというのを保証されてここへ来た。一方通行だと言われながらもお父さんと通信することができて、帰れる可能性だってゼロではない。頑張ろうと思えるのは、その先に可能性が……希望が見えているからだ。
でも、もしも。イーシィの生存が絶望的で、父や祖父母から僕に関する記憶が消えてしまうのだったら。僕は、頑張ろうなんて思えただろうか。後悔に負けず進めただろうか。
「……この先、世界が滅びを回避して、復興を進められるようになっても、失われたひとや場所は戻ってこないんですね」
誰かを救うたび心がひとつ癒される――のであれば、まだいい。誰かを救うたび、救えなかった誰かへの罪悪感がよみがえるのだとしたら、いつか心がすり減って壊れてしまう。
失った人は、ものは、場所は、戻らない。過去を変えることはできない。
向き合うためには考え方を変えないといけない、とはいうけれど、いうほど簡単に自責の念を
僕に協力することでお二人のつらさと負担が増すのであれば、別の道を探すほうがいいのかな。とはいえ、今から幻魔法師の方をさがすのでは振り出しに戻ってしまう。僕はともかく、琥珀さんとチャロさんの消耗も心配で……。
「君のその、ちゃんと考えようとする姿勢、僕は好きだよ。でもね、これは真白や流架君自身が向き合うしかないんだ。もちろん支えは必要だけど、君が背負うことじゃない。君は優しいから何かできるかもって考えてるんだろうけど、君には君にしかできない役割があるんだからね」
何かものすごく
それでも、リレイさんがお世辞を言う人でないのもわかっているから……嬉しい気持ちも本当で。
「……ありがとうございます」
「これは浅葱様の依頼でもあるんだしさ。ここまで一緒に来て、君が
「ぼくも、大丈夫だと思いますにゃ。過去は変えられなくても、時間が癒やしてくれるものもあるのですにゃん」
諭すように言うリレイさんの口調は、最初の頃とは比較にならないくらい優しかった。イーシィもお姉さんぶるように、もふもふの手で僕の頭を撫でてくれた。きっと二人とも、僕が悩みすぎるのをよくわかってて、気にかけてくれたんだろう。
二人が言うとおり、僕は専門家でもカウンセラーでもなく、社会人ですらないただの高校生だ。僕の役割は執筆によって世界を修復し、神様候補をさがすこと。できない分野に踏み込もうとするのは僭越で、トラブルや事故につながりかねない。
でも――それでも、苦しんでいるひとの心を見ない振りをしてすべきことを振りかざすのは……何かが、間違っている気がした。
「僕、少し眠ります。ちゃんと休んで頭がすっきりしたら、リレイさんのおっしゃったことをじっくり考えてみます」
「うん、いいんじゃないかな。それじゃ、改めて子守唄歌ってあげるよ」
それは遠慮します、と言おうとしたのに、好奇心が勝ってしまい、僕はつい言葉を飲み込んだ。考えてみれば僕、リレイさんが歌うところをまだ見てないし聞いてないんだよね。ここでお別れで、次いつ会えるかわからないなら……。
「はい、聴きたいです」
思い切って言ってみたものの、なんかこれ無茶苦茶恥ずかしい! 小さな子供でもないのに子守唄をねだるなんて……!
笑われるかもと思ったのに、返ってきたのは沈黙だった。もしかして怒らせた? 途端に不安になって顔を上げれば、思いがけない光景が目に飛び込んできた。
リレイさんが片手で顔を覆ってるんだけど、もしかして照れて……る? イーシィが小声で「こーにゃん破壊力さいきょーですにゃん」とか言ってる。何、どういうことなの。
「いや――そりゃ、振ったの僕だけどね? 普通は、ここで拒否るでしょ。うっわ、自分で言ってて恥ずか死ぬ」
「りれしゃん、もうおばけなんだから死にませんにゃ。ぼくも子守唄聴きながらこーにゃんと一緒に寝ますにゃん」
「そうだけど容赦ないな――!」
そこまで恥ずかしがられると僕も顔を上げてられないのですが……。目のやり場に困るので、イーシィが添い寝させてくれたクジラを胸元に抱き上げその胴体に顔を埋めてみる。乾いた埃とひなたの匂い、そしてほんのり薬草の香りがした。
隣に、ふわふわで温かな
ぬるい眠気が静かに全身に満ちてゆく。すべきことがたくさんあって時間を無駄にできる状況ではないけど、みんな心配してくれるから――今は少し休ませてもらおう。
目が覚めたら、今度こそ自分で立てるくらいに回復できてますように。そう願いながら、僕は透明な闇色に意識をゆだねた。
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