[8-12]優しさのかたち、想いをことばに


 ――なんだろう、背中の下がもふもふしている。何かやわらかなものを敷いている感覚にはっとして、寝ぼけた頭が一気に覚醒した。


「しぃにゃん!?」

「みゅ? はいですにゃん……」


 もしや無意識にイーシィの上で寝てしまったのでは、というねんは秒で解決した。眠そうな声はすぐ隣、寝入る前と変わらぬ位置から返ってきて、それならクジラを敷いてしまったのかと手元を見れば、こちらもしっかり抱きしめたままだ。

 寝起きの夢うつつで混乱してるのかな、僕。手探りでポケットの中からスマートフォンを取り出せば、通知を示す光が点滅している。


 寝る直前、お父さんに簡易なメールを送ったから、返信が来てるのかも。暗いままの画面を鏡がわりに覗き込んで……僕は固まった。え、なんかいる?

 背後に白っぽいモフっとした何かが……僕が動くと連動して動くんだけど、何、これ。心の動揺を抑えて恐る恐る振り返ってみれば、そこにいたのはいきものではなく――。


「うわぁあぁぁ!?」

「みゃっ!? どしたですにゃん」

「は、ははは羽がっ!?」

「ふにゃ?」


 何、どういうことなの、これ。何の予兆も違和感もなく、僕の背中に羽が……リレイさんやチャロさんのような白翼が生えているんですが!?

 これまで十六年間生きてきた中で翼の使い方を学ぶチャンスなんてなかったし、どう動かせばいいかもわからないのに、動いてるし……!


「どどど、どうしよう、動いてるっ」

「こーにゃんぼくとお揃いですにゃん? でもぼくの翼は動かないのですにゃ」

「そう、だよね……? なんで、僕、動かしてないのに? もしかして寄生してるとか?」

「そんなの聞いたことないですにゃん」


 動揺と混乱で変なことを口走っている僕と違い、イーシィは存外冷静だ。僕の背後に回り込み、翼の先を引っ張っている。くいくいされてる感触はあるのに全然痛くないって、やっぱり何かが寄生してるんじゃないの?


「しぃにゃんっ、駄目だよ触ったら危ないよ」

「ふにゅ、別になんてことないですにゃ?」

「かみつかれるかも」

「どうした」


 割って入った低い声は、もうすっかり耳に馴染んだもの。いつの間に来ていたのか、琥珀さんがすぐ近くにいた。


「琥珀しゃま、こーにゃんに翼が生えてますにゃん」

「本当だな。……竜化が進んだのか?」

「え、え、え、竜化!?」


 思わぬ可能性を示唆しさされびっくりし過ぎて、反射的に腰の辺りをまさぐってみたけど、何もなかった。尻尾は生えていないみたいだ。


「こーにゃんは竜じゃないですにゃ」

「知っているよ、彼は元人間だろう。人間の身体はの組成に近いから、竜種の魔力とよく馴染むんだ」

「みゅ……」


 心配そうなイーシィの青い目と、気遣わしげな琥珀さんの金の目が、同時に僕を見る。そういえば竜種のひとたちって鉱物に近い存在なんだっけ。人間は土の組成に近いんだ。そっか、そうだよね……。


「僕、竜になっちゃうんですか……?」

「あなたの事情をよく知らないので、俺からは何とも言いにくいが……。肉体の変化ではなく、魔力があふれて顕現けんげんしただけだろう。心配はないと思う」


 言われてみれば、背中からどんなふうに生えているのかは見えないけど、服を突き破ったり身体が変形していたりというのはなさそうだ。圧迫感も痛みもないのでなおさら、身体の一部と思えないのかも。

 もう一度、肩越しにこわごわ見てみれば、こたえるように翼がすぼまった。やっぱり僕の意思と関係なく動いてるんですが!


「怖いよぅ」

「気分に連動して動いているだけだ。動物の尻尾や鳥の羽毛もそうだろう?」

「あれはだって、肉体の一部ですもん……」

「……仕方ないな。ちょっと、いいか」


 いい、と言う間もなく琥珀さんが近づいて両腕を伸ばし、いきなり僕を抱きしめた。――っえ!?

 呼吸も心臓も止まる気分で僕は固まり、琥珀さんはしばらくそのままじっとしていた。数秒か、数十秒か……ようやく解放された後も身動きできずにいると、大きな手のひらが目の前に差し出される。


「身につけておくといい」


 浅黒い手の上にころんと一つ、宝石が乗っていた。色は……紫と青緑が入り混じっていて幻想的で、サイズは親指の第一関節くらいだから、結構大きい。


「これ……」

「あなたに取り込まれあふれた魔力を、固形化してみた。身につけておけば体内の魔力消費を抑えるし、食せば先ほどのように翼となって顕現する。これで少し楽になるといいが」


 ぐいと差し出され、受け取る。見た目は完全に宝石――蛍石フローライトに似ている――なのに、手にするとほんのり温かい。これ、食べられるの?


「ありがとうございます……」

「落ち着いたか? なら、夕食にしよう」

 

 そっか、もうそんな時間なんだ。琥珀さんがまた抱え上げようとする素振りを見せたので、僕は慌てて体を起こし、ハンモックから飛び降りた。

 昼寝にしては長時間眠ったし、竜化するくらい魔力があふれていたくらいだし、自分でもびっくりするほど身体が軽くなっている。


「大丈夫です、もう自分で歩けます! 寝たらすごく調子良くなったので!」

「それならいいのだが……」


 それでも心配そうな琥珀さんにガッツポーズをして見せたら、笑って頷いてくれた。ニュアンスが伝わったのか、僕には似合わなかったのか、どっちだろう。

 先に戻る琥珀さんを見送ってから、スマートフォンを確認する。まだハンモックの上にいたイーシィが、僕の肩に前足をかけて覗き込んできた。


「ピカピカしてますにゃん?」

「新着メッセージと、チャットの新着がきてる。お父さんと、クォームかな?」

妖精よーせいしゃん楽しそですにゃ」

「そうだね。ちょっと見てもいい?」


 イーシィが言うように、画面のミニクォームにこにこしている。ログを開くと、いつもの謎文字列とメッセージが増えていた。この文調は技術担当さんかな?


[探索お疲れ様。君の頑張りにより貴重なデータが得られたので、新機能を実装できそうだ。詳細はリンク先を参照のこと。やや重めのアプデだから、実行は深夜等時間のあるタイミングをお勧めする。]


 貴重なデータって、この地下迷宮のシステムとかかな。新機能は気になるけど、時間が掛かりそうなら後回しのほうが良さそう。


[ありがとうございます。あとで確認します]


 返事を入力して送ると、即座にサムズアップが付いた。アプデを確認したら、報告ついでに竜化の件も相談しようかな。

 続いて新着メッセージを確認する。思った通りお父さんからだったけど、寝落ち前に自分が何を書き送ったかあまり覚えてなくって、開くのにちょっと緊張する。


[ダンジョン踏破おめでとう! 安心したよ。おまえの気持ちもわかるが、正しい道、手段は一つとは限らない。一人で抱えず当事者や仲間たちと話し合いを重ねることが、プロジェクトの成功につながるはずだ。応援しているよ、頑張れ]


 そうだ、無事に踏破して仲間と合流できた報告と、「次の目的地は決まったけどケアが必要な方もいて、このまま依頼を進めていいか悩んでいます。」って書いたんだった。

 お父さん、あんなメールじゃ意味がわからなかっただろうに、いろいろ考えてくれたんだね。優しさが胸にしみる……。


「……もっと、ちゃんと話さないとね。もしかしたら、僕が考えているよりもいい方法があるかもしれないし」

「みゅん、話し合い大事ですにゃ」

「うん、ありがと、しぃにゃん。僕らも、琥珀さんちに戻ろっか」

「はいですにゃん」


 ハンモックからクジラを取って抱えれば、イーシィは飛び降りて僕の横へ。竜化したら腕力が補正されてイーシィを抱っこできるようにならないかな、なんて頭をよぎった。これもあとでクォームに聞いてみようかな。


 世界の修復、滅びの回避。そのために何をすべきかはまだまだ手探りで、成し遂げるにはたくさんの人たちの協力が必要だ。これまでもそうだったし、きっとこれからも。そうやってつかみとったものが『頑張ってきたひとたちが苦しむ世界』ではいけない、と思う。

 具体的にどうしたらいいかは、まだわからない。

 お父さんの言うように、話し合いもぜんぜん足りていない。


 返信とアプデの確認は夜にするとして、まずは真白さんと――それが無理なら、ルカさんと、改めて話してみよう。

 そこから、何かが見えてくるかもしれないから。


 


 第八章 終

 第二部「探索編」 終

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