[8-10]地底湖のほとりで、昔語りを


 ある程度は情報共有できたので話し合いを中断し、食事の時間まで自由行動になった。チャロさんはルカさんと真白さんによって部屋へ連れ戻され、リレイさんは散歩に出てゆき、琥珀さんは食事の準備に奥の部屋……おそらくキッチンへ。

 まったく想像できないんだけど琥珀さん、料理をするのかな。何か手伝えば良いのだろうけど、イーシィとふたりになった途端に身体の力が抜けて座っていられなくなり、僕は再びソファーに横になった。イーシィが床へ飛び降りて僕の顔を覗き込んでくる。


「こーにゃん、気分悪いのですかにゃ? お水もらてきますにゃん?」

「ううん、大丈夫……。なんか、一気に緊張が抜けて」


 もふもふの前足が僕の頭をぽすぽすと撫でて、ふにっとした肉球の感触に癒される。目を閉じれば、そのまま眠りに落ちそうだ。


「マシュマロも、金平糖も、リンゴジュースもいただいたのに、僕ってひ弱だよね……」

「そんなことないですにゃん。こーにゃん、ずっと頑張ってますにゃ」


 優しい言葉と温かないたわりが心に染みて、泣いてしまいそうになるのを堪える。スマートフォンを確認すれば、時刻はもう午後三時を過ぎていた。そういえば今さらだけど、イーシィとリレイさんは呪い竜と黄昏竜を撃退してきたんだよね。


「ごめんね、しぃにゃん。サポートの役にも立てず、一人で戦線離脱しちゃって」

「のーまる呪い竜はクジラしゃんとやっつけたから大丈夫ですにゃ。毒のほうもりれしゃんがあっとゆ間に……あのときは琥珀しゃまが味方かもわからにゃかったので、りれしゃん相当そーとー焦ってましたのにゃん」

「そっかごめん、連絡すれば良かったね」


 僕が目を覚ましたときにはもう、戦闘は終わってたんだね。それなら通信羽を使えば良かった、と思ったところで今さらなんだけど。


「りれしゃん、こーにゃん無事なのはわかってたみたいですにゃ。切札を使たのもわかって、これなら大丈夫だいじょぶってたのに、こーにゃんが急に無茶な魔法の使い方をしたからって……」

「それは、俺のせいだな。心配をかけた」


 別部屋にいたはずの琥珀さんが、いつの間にか戻ってきたらしい。起きあがろうとするもだるさに負けて動けず、首だけ動かして姿をさがす。そうやってじたばたしている内に、琥珀さんのほうから僕の近くに来てくれた。


「琥珀さんのせいじゃないです。僕が、警告を聞かなかったから」

「子供が気を遣うな。……イーシィ、コウヤを外へ連れていきたいんだが、一緒にくるか」

「はいですにゃん」


 神竜族の、それも七竜の方からすれば誰だって子供なのでは? と思わず脳内で突っ込んだ僕をよそに、琥珀さんとイーシィの間では何らかの話がまとまったようだ。

 琥珀さんが不意に距離を詰め、手を伸ばす。何が起きようとしているのか予想できないでいると、大きな腕がすくい上げるようにして僕の身体を――って待って待って、さっきもそうだったけど気軽に抱っこしすぎじゃないですか!?


「暴れるな。地底湖の奥に、いわゆる魔力の吹き溜まりがある。室内よりは、気分良く過ごせるよ」

「ぼくも行くから怖くないですにゃん?」

「こ、怖がっては、ないけどっ」


 琥珀さんの尻尾と翼を足掛かりに肩まで登ってきたイーシィに上から覗き込まれ、どうしようもなくたまれない気分になって、僕は意味もなく琥珀さんの胸元に頭突きした。頭上で低くやわらかな声が笑う。


「何なら竜晶石もあげようか? あなたなら食べられそうだ」

「こーにゃんは竜じゃないですにゃ」

「そうだが」


 頭上で交わされる言葉を聞き流しながら、ぼんやり思い出したのは祖父母宅へ向かう道中のこと。うちは父と僕の二人暮らしなのに自家用車は新型のミニバンで、年末年始や大型連休の時は父が運転して祖父母宅へ向かうのが常だった。

 車のことはよくわからないけど、乗り物酔いしやすい僕を気にかけて、大きな車を選んだんじゃないのかなって今なら思う。

 琥珀さんは身体が大きくてどこか乾いたあたたかみがあって、だからなのかそんなことを想起してしまう。明日まで時間があるならお父さんにメールしたいな。強制戦闘の話はややこしいから、無事に踏破して仲間と合流できたって報告しよう。


 なんて考えているうちに目的の場所へ着いたらしい。ひんやりした空気感と水の匂いが祖父母の住む田舎に似ていたので、こそっと顔をあげ周囲をうかがい見てみた。

 琥珀さんの言った通り、少し離れた場所に暗い水を湛えた地底湖が見える。ほとりに植えられた大きな木、あれが話に出てきた神様のリンゴかな。

 今いる場所にも何本か木が植えられていて、木製のテーブルや椅子、自立式のハンモックまで置いてあった。植物園みたいなその一角に見覚えのある後ろ姿を見つける。ハニーブロンドの髪と大きな白翼が揺れて、リレイさんがこちらを振り向いた。


「夕食時まで、コウヤを頼む。用意ができたら迎えに来るよ」

「うん? いいけど……」


 琥珀さんはリレイさんと会話したあと、僕をハンモックの上に寝かせてくれた。やわらかな布が敷いてあってとても肌触りがいいんだけど、僕が使ってもいいのかな。

 ほんのり香る薬草っぽい匂いは布からか、生い茂る植物からか……。ぼうっとしてたら、身体の上にも布を被せられた。


「少し眠るといい」

「……ありがとうございます。でも、僕、基本的に眠りは必要なくて」

「僕が子守唄を歌ってあげようか?」

「それ、いいですにゃん。クジラしゃんも貸してあげますにゃ」


 三方向から、眠れという強い圧が……? 琥珀さんは戻って行ったけど、リレイさんはこっちへ来てしまったし、イーシィも心配してクジラを添い寝させようとしている。

 僕、そんなに疲弊して見えるのかな? リレイさんは薬草を見ていたのだろうから、僕のことは気にしなくってもいいのに。


「大丈夫ですよ、子供じゃないので、一人で眠れます」

「そう? せっかくだし何か物語でも歌い聞かせてあげようと思ったんだけど。ついでに林檎も剥いてあげようか?」

「ぼくリンゴ食べたいですにゃん」


 果物で誘惑してくるなんて、寝かせたいのか起こしたいのかどっちなの……。すかさずイーシィが答えたのを見てリレイさんは笑い、少し離れたところから小型テーブルを運んできた。上に置かれたバスケットからリンゴとナイフが出てくる。


「色々あって思わぬ経験もできて、予想してたより楽しい道中だったよ。僕は夕食前につけど、その通信羽は君にあげる。何かの役に立つかもしれないし」

「リレイさん、行っちゃうんですか」

真白シロの所に送り届けるまでって約束だからね」

「そう、ですけど……」


 理由も根拠もなく、リレイさんはまだ一緒にいてくれると思っていた。確かに彼には大切な人がいて、その人のところへ戻らないといけない――というのもわかってる。

 でも真白さんから答えがもらえるのは明日で、万が一にもノーと言われてしまったら……僕は、誰に頼ればいいんだろう。


「心配しなくても、真白シロは君といくさ。あの子がそう決めれば相方君も着いてくるだろうから、大丈夫だよ」

「でも真白さん、なんか、すごく……怖がってる感じでした」


 リレイさんがリンゴを剥く手を止め、僕を見た。宝石のようにきらめく双眸そうぼうが細められ、口元に笑みが浮かぶ。


「君、時々ものすごく鋭いよね。そう――真白シロは、怖がってるよ。あの子は、心の傷トラウマになっているから」





※章の10話目ですが、もう少し続きます。

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