[8-9]僕にできること、できないこと


「はい、もちろんです」


 予想していた申し出なので答えは決まっていた。問題は、僕にその力があるかどうかだ。

 琥珀さんはほっとしたように微笑んでから、真剣な表情になる。


「さっき、迷宮のシステムに介入して改変をしただろう。同じ方法で、チャロの魂を迷宮から切り離してくれないか」

「えっ……それは、僕の一存では決められないというか」


 まさかそうくるとは思わなくて、うろたえた挙句なんか社会人みたいな答え方をしてしまった。いや、それ以前にエディターボードからそういう改変が可能かどうかもわからないんですが……皆が揃っているこの場だとスマートフォンを確認しにくい。


「頼む。彼女が、眠っている今でないと――」


 なおも言い募ろうとする琥珀さんの台詞は、勢いよくドアが開いた音で中断された。思わず見れば、玄関の対角線位置にあったらしい隣部屋の入口に見覚えのある姿が立っている。ふわふわとしたストロベリーブロンドの髪と背中の白翼、小柄な姿の天使女性――チャロさんだ!

 勢いよく振り向いた琥珀さんがびっくりしたように目をみはったのと同時に、せっているなんて信じられないくらい身軽な動きでチャロさんが琥珀さんに飛びついた。大柄な琥珀さんのお腹をぽかぽかと叩いている。


「ごめん、勝手に話を進めようとした俺が悪かった。……そんなに暴れたら、体にさわる」

「大丈夫ですよぅチャロちゃ、まだ全然お話進んでないです」


 琥珀さん、動揺しているのか尻尾で落ち着きなく床を叩いている。対するチャロさんは一言も喋らず抗議を続けているんだけど、もしかして話せないのかな。真白さんに止められた後も何か言いたげな上目遣いで琥珀さんを見ていた。

 おふたりの関係はやっぱり恋人だろうか。リレイさんの話とか見つめ合ってる雰囲気からして、そんな感じがする。母のことを覚えていない僕にとって恋人や夫婦という関係をイメージするのは難しいのだけど、僕が、チャロさんの意志を無視して今の状態を改変してはいけない、というのはわかった。


「今のチャロさんには休んでいて欲しいのですが……」

「チャロは頑固だから、言っても聞かない」


 ルカさんの苦言に琥珀さんが頭を振って答え、それから二人同時に僕を見る。


「コウヤ、その林檎水を一つもらってもいいか?」

「あっはい、こちらはぜんぜん触ってないので大丈夫です!」


 急いで立とうとしたらルカさんに手で制され、琥珀さんがチャロさんを抱えてこちらに来てくれた。気を利かせたイーシィが僕の太腿に移動して、空いた場所に琥珀さんがチャロさんを降ろして座らせる。

 天使という種族はCWFけいふぁんの頃から年齢感がわからなかった――デフォルト絵だと金髪で子供のような見た目だった――けど、チャロさんも小柄で目が大きく可愛らしい印象だ。イーシィが僕の膝に来てしまったので、すぐ隣なのがとても落ち着かない。

 でも、初対面ではないんだよね。夢の中とはいえ二度……あれを会ったと言っていいのか難しいところだけど。改めて自己紹介をするべきかな、と思いながら隣をうかがい見たら、ばっちり目が合って息が止まる。右はすみれ色、左は桜色の優しげなオッドアイをほんのり細め、チャロさんは僕に微笑みかけてくれた。


「あの、お邪魔しています! 恒夜といいます、よろしくお願いします!」

「ぼくはイーシィですにゃ。よろしくですにゃん」


 僕らの名乗りに、チャロさんは笑顔で頷いてくれた。やっぱり声は出せないんだね。琥珀さんとのやり取りで警戒されたのでは、と不安もあったけど大丈夫そうだ。

 イーシィに足をぽすぽすされて、我に返る。手付かずだったほうのグラスを取って「どうぞ」と差し出すと、チャロさんは一度首を傾げ僕からグラスを受け取り、入り口近くにたたずむリレイさんへ目を向けた。すごい、どうしてわかったのかな。


「僕は飲食不要の体質ですし、今は魔力も枯渇していませんので。どうぞ、貴方がお飲みください」


 いつもより少し口調が丁寧な気がする、リレイさん。言葉がなくても意図を察するのはすごい。チャロさんは瞬きし、首を傾げて側に立つ琥珀さんを見上げた。琥珀さんは憂いた表情でチャロさんを見つめながら、大きな手で彼女のふわふわした髪にそっと触れる。


「目を覚ましてくれて良かった。……心配していたんだ」


 心の底から滲み出したような囁きは、チャロさんの心に響いたのかもしれない。きゅっと寄せられていた眉がやわらかな弧になって、表情が明るくなったような気がした。僕に視線を傾け嬉しそうに笑ってから、リンゴジュースを飲み始める。

 どうぞお気遣いなく……それ、元々僕のものではないですし……。


「チャロさんの意思もありますので、琥珀さんからのは一旦保留にしましょう。いずれにしても、この迷宮が生み出す電力で世界全部を支えるのは現実的ではありませんし。ところで、恒夜さんは誰かの命で動いているのですか?」

「――え、いえ、はい……あの、えぇと」


 ルカさんがいきなり核心を突いてきたので、思わず僕は姿勢を正した。命令、というほど固いものではなく、何だろう……提案、依頼? 予想外の質問に対応する表現が思い浮かばず固まる僕に、助け船を出してくれたのはリレイさんだ。


「この子、浅葱様と協力関係でね、中央聖堂を修復して世界の中枢機構を回復させるつもりらしいんだよ。そのために真白シロをさがしてたんだって」

「え、そうなのです?」

「神の庭を回復とは……新たな神にでも、なるつもりか?」


 そういえばそうでした!

 驚く真白さんと、怪訝そうに首を傾げる琥珀さん。神の庭って、地上にあった中枢機構の名称だったのかな。浅葱様もそうだったけど、中枢を引き継ぐことと神様になることがすぐ結びつくものなんだ。僕のほうが物を知らなさすぎる……。

 琥珀さんと浅葱様はどんな関係なんだろう。神竜族は基本的に単独行動のようだけど、琥珀さんがやってることってもう既に神様レベルだと思うし、浅葱様と協力できるかな。


「僕に神様になれるような力はないので、ふさわしい方をさがしています。……琥珀さんは浅葱様のことをご存知ですか?」

そらの竜か……、知っているよ。彼は、縄張り意識の強い竜だね」


 琥珀さんがしみじみと言い、リレイさんがうんうんと頷いた。そっか、浅葱様が強力な結界を張ったり国民をうちの子扱いしたりするのは、強い縄張り意識の表れ……?

 ここまで黙って流れに耳を傾けていたルカさんが、口を開く。


「中枢機構を修復し機能を回復させることが可能ならば、それが最良に思えます。中央聖堂跡にまっすぐ向かわなかったのは、恒夜さんだけでは果たせないと踏んだからですね。真白さんをさがしていた理由は、弟さんに頼まれたからだけではないということですか?」

「はい。ええと……どこまで信じていただけるかわからないですが、僕にできるは内側……機能面の回復なんです。それには施設の全体、いくらか壊れていたとしても建物や操作盤が残っていることが、条件みたいで」

「なるほど。恒夜さんの力は、かつての神使様の役割とよく似ているようですね」


 風樹の里でレスター先生に言われたのと似たことを、ルカさんにも言われた。僕は神使様と会ったことがないけど、違う土地出身のお二人がそれぞれ言うということは、本当に似ているのかもしれない。


「神使様のようだ、とは、以前にも言われました。ですので、僕にはできない部分……建物の外側を修復することができないか真白さんに聞きたいと思い、さがしてました」


 じっと僕を見ながら話を聴いていた真白さんが、その瞬間なぜか怯えたように身を震わせた。え、もしかしてラチェルの時みたいに、知らずに地雷を踏み抜いてしまった……?

 僕の顔には焦りか動揺が表れていたのかもしれない。察したらしいルカさんが慌てたように振り返り、真白さんを見て、また僕に向き直る。


「そういうことだったのですね。恒夜さんのこころざしは立派ですし、叶えば、今の世界の状態を好転させる一手になりそうです。なのですが、すみません――今すぐ、答えを出すのは難しいです。一晩、考えさせていただいてもよろしいですか?」




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