[8-8]世界の基盤、運命をわけあって


 薄々予想はしていても、想像以上にスケールが大きな話だった。色々なことを考えてしまいそうになるけど、今は話を聞かないと。

 太腿に置いた手の上にふわっとやわらかいものがかぶさる。無意識に握りしめていた拳に、イーシィが前足を重ねてくれていた。大丈夫、という気持ちを込めて僕も頷き返す。


 大丈夫、琥珀さんもルカさんも怒っているわけじゃない。

 まだ、取り返しのつかないことにはなっていない……と思いたい。


は構想時点でとんしたんじゃなかった? そもそも需要量と供給量が釣り合わないし、一極集中はリスクが大きいってことで」

「表向きは。……本当は、チャロが、神の庭から『鍵』を盗み出し、迷宮を閉じたからだ」

「へぇ……あの噂って本当だったのか」


 リレイさんは天使なだけあって、当時の事情に詳しそうだ。琥珀さんとの会話が途切れるのを待ってから、ルカさんが補足してくれた。


「この迷宮は、かつて神々が琥珀さんの竜核を組み込んで造った、『魂の力を電力に変換する装置』なのだそうです。神竜族には寿命がないのですが、加えて琥珀さんは地属性の竜なので、神々はその回復力と生命力に目を付けた……とのことですね」


 言われてみれば牛さんとあれだけ激しく戦ったのに、琥珀さんの身体には傷ひとつなかった。でもだからって、道具のように扱うのは間違っているよね。チャロさんもそう思ったから、迷宮を閉じた……のかな?


「計画の時点で賛否両論だったらしく、上層部が無理やり始動したことで反発が強まった隙をついて、チャロさんが鍵を入手し地上へ降りて迷宮の機能を停止したそうです。それからは、各国が発電施設を建設し自国の電力を賄うという方針になったようですね」

「……だが、組み込まれた竜核を取り出すことはできず。この迷宮全体が、俺の身体のようなものだから、壊すわけにもいかず」


 沈んだ声で呟く琥珀さんを、リレイさんは痛ましそうに見ていた。琥珀さんが自分の意思に関わらず戦闘モードへ引きずられるのは、そういう理由があったんだ。その場しのぎで起動条件を削除したけど、やっぱりあれで解決とはならないよね。

 続きをルカさんが引き取って、話し出す。


「この迷宮に備えられた『魂の力を電力に変換する』機能は依然として働いていたため、琥珀さんとチャロさんは神々に干渉されないための計画を立てたそうです。チャロさんは天界から鍵のほかにリンゴをひとつ持ち出していて、その種を植えて育てることで神域の基点を造り、ここを外界から切り離していました。――あの日世界が、終わるまでは」


 家に入る前に見た大樹、あれがリンゴの木だったのかな。そういえばまだ手つかずだったことを思い出し、グラスを取って口をつけてみる。

 さわやかな甘酸っぱさとフルーティーな香りは馴染みのあるものだけど、冷たい液体が喉を通る感覚はなかった。リレイさんが金平糖より魔力回復値が高いと言っていた通り、胸の奥から鳩尾くらいまで満たされたような感覚がある。


 これほど巨大な迷宮の一部にされてしまった琥珀さんと、側に寄り添い神様から琥珀さんを守ろうとしたチャロさん。大きく育ったリンゴの木と地下空間に広がる光景は、おふたりが重ねてきた時間の表れだ。

 ふたりきりの時間は、幸せだったのかな。寂しいと思うことだってあったかもしれない。だけどそれでもその日々は、世界が終わるまで穏やかに続いていたんだ。


「終わりを、想定していたわけではなく。……それでもあの日、この地下に神々の力は及ばなかった。地上は……。地上のことは、俺よりあなたたちのほうがずっと、詳しいだろう」

「はい。世界は神罰により、文字通り無に帰しました。私の故郷も、――家族も」


 ずっと穏やかだったルカさんの声が大きく揺らぎ、震えた。神授の施療院で過去を見たとき、彼は生存が絶望的なほどの怪我を負った人物を完全回復させていた。その彼でさえ大切な家族を救えなかった、という現実の残酷さ。胸が詰まって、喉が苦しくなる。

 側で話を聞いていた真白さんが椅子に座るルカさんに近づいて、後ろから抱きしめた。ホログラムみたいに透明感ある翼がふわっと広がり、重なるおふたりを包み込む。銀君が真白さんには翼があるって言ってたけど、こういう感じなんだ……。


「それでも、ぜんぶの命が失われたわけではないわ。るぅさまがあきらめなかったから、助けられたひとたちもいるもの。生きてくれて、ありがとです」

「……そうですね。あのまま、生きることをやめていたら、私がここへ導かれることもなかったでしょうから」


 少しの沈黙が落ちて、それから真白さんはルカさんから離れた。呼吸を整えて話し出したルカさんの声は、元のように穏やかだった。


「この迷宮は各地に広がる龍脈を通してエネルギー供給を行なう想定で建造されたそうです。仕組みはよくわからないのですが、戦いで放出される魂の力を電力エネルギーに変換して蓄え、供給するシステムなのだと。本来はどちらが倒されても時間を置けば復活する、シミュレーション空間のような機構だったらしいのですが」

「神々の影響を絶ったからか、一部の機能は失われたらしい。俺は、倒されたとしても竜核を破壊されない限り何度でも復活できるが、外部の者はそうはいかない。神々は俺が倒される前提の調整を施していたから、事故はそう起きないはずだった。……しかしそれを、チャロはかんできなかったらしく」


 琥珀さんは、そこで言葉を止め深くため息をついた。人間味のある所作に、初対面時を思い出す。琥珀さん、だから僕が弱々なのに気づいて心配してくれたんだ。あの節は本当に、申し訳ないことした。

 優しい竜なのだろう。だけどチャロさんとしては複雑な心境になるよね。


「そりゃ、愛するひとが傷つけられるのを見過ごせるわけないよ。あなただって逆の立場なら同じじゃないの?」

「……まぁ、そう、だが。他に、方法も思いつかず」


 リレイさんがストレートに突っ込み、琥珀さんが唸る。やり取りを聞いているうちに、気になっていたことへの予測が僕の中で形を結んでいった。


「チャロさんが停止したこの迷宮を、琥珀さんが再稼働させたんですね」


 手の加えられたテキストと、戦闘モードの起動。あの時は不可解だと思ったけど、この迷宮が元々の機能を保ったままだというのなら再稼働させた理由は想像できる。この地下空間のは、別の意図を持つふたりによって二重になされていた、ということだ。

 龍都以外ほとんどの国家が崩壊し、発電施設も失われ、エネルギー源を失った世界は、クォームが言ったように滅びに向かうしかなかっただろう。だから琥珀さんはこの迷宮を再稼働させ、世界の基盤になろうとしたってことなのかな。

 

 今さら驚くような予測でもなかったのだろう。ルカさんとリレイさんにも視線を向けられた琥珀さんは、曖昧あいまいに頷いた。


「俺は、当初の機能が生きている想定で……迷宮を開いた。世界の滅びに巻き込まれ、チャロまでも失うのが怖くて。それなのに、彼女はみずから自分の魂をこの迷宮へ組み込んでしまい……」

のこされるくらいなら一緒にきたい、ってことでしょ。わかるなぁ……わかるけど、彼女は天使だから、あなたのようにはいかないよね」


 リレイさんの言葉に、神竜は鉱物に近く天使は大気に近いという以前の話を思い出す。魔法には詳しくないけど、相性が悪いと負担になるというのは容易に想像がついた。


「チャロちゃは琥珀さまの決断に反対したのでも、認めなかったのでもないと思うですよ。救いなんてどこにいったら見つけられるかもわからない、この世界の運命の重さを、一緒にわけあいたかったのだと思うのです」

「私も、そう思います。だから彼女は告知の権能を駆使して、私や恒夜さんを呼び寄せたのではないでしょうか」


 重さをわけあう、という真白さんの言葉がとても優しく響いて、つい泣きそうになる。琥珀さんは神竜だから僕とは全然違うだろうけど、僕も、みんなに支えられてここまでやってこれた。一人きりだったら、とっくに心折れて砂漠で行き倒れていただろう。

 琥珀さんも、おふたりの言葉に何かを思ったのだと思う。少し考えて、それから顔をあげ僕をまっすぐ見た。

 はじめから琥珀さんは僕に、話があると言っていた。だから、いよいよ来る、という予感で心に緊張が走る。僕にできることがあるのなら、喜んで協力したい。


「あなたに、頼みたいことがある。チャロを助けるため、力を貸してくれないか」




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