[8-7]さがしびとと、迷宮の秘密
お腹を押すやわらかな重みと、布越しに感じる鋭い爪。僕の上に乗ってにゃぁにゃぁ泣いてるイーシィに腕を回し、ふわふわの身体をそっと撫でてあげれば、再会の実感が胸に押し寄せてくる。
白い毛皮は少し砂埃で汚れているけど、血の
琥珀さんはその場を動かず、ルカさんが僕から離れて入り口へ向かう。イーシィを撫でながら目で追うと、開け放たれた扉の向こうで複数名が会話しているのがわかった。
真白さんがイーシィとリレイさんを迎えにいってくれたそうだから、ルカさんと話しているのは真白さんとリレイさんかな?
へたって横になってる場合じゃなかった!
三人が入ってくる前に何とか縦になろうと、ソファーの背もたれを支えに身体を起こす。気づいたイーシィが僕の上から
「……無理をすることはないのに」
「無理はしてないです。もう、十分休みました」
礼を失するのは嫌だし、熱や痛みがないのに心配をかけるのも嫌だ。琥珀さんはそれ以上言わず、部屋の隅に立てかけてあったローテーブルを運んできて僕の前に置いてくれた。パステルカラーで可愛いなと思って眺めていると、太腿をやわらかくテシテシされる。
「こーにゃん、りれしゃん心配してましたにゃ。金平糖食べてくださいにゃん? ぼくはクジラしゃんさがしてきますにゃ」
「うん、そうする。クジラは、玄関のほうかな?」
「ですにゃん」
琥珀さんの存在を気にしつつもイーシィは放り投げたクジラを拾いにいき、僕はポケットから小袋を出して金平糖を少し手に取った。
口に入れれば、上品な甘さと懐かしさが身体の芯まで染み通ってゆく。さっきから甘いものばかり口にしているので、お水が飲みたくなってきたかも。
そうこうしているうちに外で話をしていた三人も入ってきた。ルカさん、リレイさん。そして、白い小柄な女の子が――おそらく、真白さん。
硬い表情だったリレイさんは僕を見て安心したのだろう、深いため息をつき、玄関で立ち止まった。真白さんのほうは家に上がってまっすぐ僕の所へくる。
陶器のような白肌と、絹糸のような長い
「その子が恒夜君だよ」
「わかってますっ」
リレイさんに言われて、真白さんは勢いよく振り向き言い返した。きゅっと眉が上がって長い獣耳がピンと張り、儚さの印象が薄れて気の強さが垣間見える。と思っている間に真白さんは僕のほうへ向き直って、小首を傾げふわっと微笑んだ。
「はじめまして、私が銀ちゃの姉の真白です。ここに来る間もリレさんずっと、あなたの様子を心配してたですよ。万が一のことがあれば、浅葱様に踏み
「
すぐさまリレイさんの苦言が飛んだけど、真白さんは全然気にしてない風だった。浅葱様は温厚な方だし、そんな過激なことはしないと思うけど……それだけ心配してくれてたってことだよね。
お礼を言おうとリレイさんを見たけど目を合わせてもらえない。照れているのかもしれないし、後回しでいいってことかも。
「心配をかけてすみませんでした。リレイさんから紹介がありましたが、恒夜です。銀君には、ここに来た時からずっとお世話になりっぱなしで……。銀君は今回、都合がつかず同行できなかったんですが、真白さんをずっと捜していたそうです」
「そなのですね、ありがとです。私もずっと銀ちゃをさがしてたんですけど、噂は聞くのにぜんぜん会えなくて」
「どっちもじっとしてないからだよ。伝言残して待ち合わせるなり方法はあるだろうにさ」
突っ込まずにはいられない、といったふうにぽそりと口を挟んだリレイさんを、真白さんが眉をつりあげて見返した。
「リレさん、伝言届けてくれないんですもん!」
「僕にだって都合が――まぁいいよ結果オーライってことで、僕の存在は無視して話進めてくれたら」
「もうっ、
何だろう、このおふたり仲が悪いと言う感じでもないし、兄妹喧嘩みたいな感じ?
口を挟むことでもないので黙って待っていると、クジラを確保したイーシィが戻ってきた。隣に感じるふんわり温かな体温が嬉しい。
「りれしゃんはシロしゃんのお
「そうなんだ。仲良しなんだね」
僕らが見守る中でお二人はひとしきり言い合い、落ち着いた頃にルカさんが戻ってきた。今の間に飲み物を用意してくれたらしい。グラスを乗せたトレイを片手に持つ姿はミスマッチなのにとても手慣れていて、普段からよく動く方なのだろうというのがうかがえる。
「琥珀さんがテーブルを用意してくださいましたから、座って話しませんか。皆さん、喉が渇いたでしょう」
「僕の分は
すかさずリレイさんが返答し、ルカさんは何も言わず頷いて、なぜか僕の前にはグラスが二つ置かれた。確かに喉は渇いているけど、リレイさんだって呪い竜相手に魔法を使ったのだし、遠慮しなくても……。
「僕は金平糖も食べたので、大丈夫です。リレイさんこそ、魔力の回復が必要なんじゃないですか?」
「そんな顔色じゃ全然説得力ないね。それにそれ、神の庭から盗み出したリンゴを絞ったものらしいから、金平糖より効くんじゃないかな」
「えっ」
神の庭から盗み出した――琥珀さんも言ってたことだ。リレイさんも知っているってことは、そこそこ有名な話なのかな。
どう反応して良いか分からず琥珀さんを見れば、彼は口元に手を添えて何かを考えている様子だった。天使と神竜だからと心配していたけれど、刺々しい雰囲気はないし、大丈夫そうな気がする。良かった。
「こーにゃん、魔力切れになるよな無茶したのですかにゃ?」
「んー……どうなのかな、自分でもわからなくて」
傍らのイーシィが、今にも泣き出しそうな潤んだ目で僕を見上げてくる。無茶したつもりはなかったけど、やっぱり戦闘モードの起動条件を
考え込んでいた琥珀さんが顔を上げ、ルカさんに何やら目配せをした。ルカさんが頷き、最初に座っていた椅子を僕の向かい側に持ってきてそこに座る。自然と、テーブルを挟んで向かい合うような形になった。
「恒夜さん。私は、あなたが抱えている事情を知りません。ですから、今から話すことには憶測が多く混じると思います。事実と違うことは指摘していただけますと幸いです。このことを話すのは、あなたを責めているのでも責任を取らせようとしているのでもない、と理解していてください」
「……はい」
丁寧で率直な前置きから連想されるのは、ボス部屋で琥珀さんが言っていた「龍脈の流れが変化し、魔力が消費されるようになったのを感じた」という話だ。
あのとき琥珀さんは僕を責める話し方はしていなかったと思う。でもルカさんの口振りからすると、そのことが良くない影響をもたらしているのだと容易に想像がつく。
膝を揃え、姿勢を正した。僕が目指したいのは、ケイオスワールドが滅びへ向かうのを食い止めること、だ。世界を修復する力はそれに資する方法で使ってきたつもり、だけど、万が一にも誰かあるいは何かを犠牲にする道を、選びたくはない。
僕の想いが伝わったのか――イーシィが、僕の太腿にぎゅっと爪を立てた。側にいる、その実感に、心の覚悟も決まってゆく。
ルカさんはそんな僕らを見て微笑んだ。静かでやわらかな声が、語り出す。
「薄々お気づきかもしれませんが、現在の世界に稼動中の発電施設はありません。実は『碧天の龍都』以外の場所にあるすべての電力は、この迷宮のシステムによって
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