[8-6]白き癒し手、魔力の不思議
契約魔獣とは、オンラインゲームで定番のペットのことだ。
コンテンツとして実装されていたので魔法系ではないキャラでも契約できたけど、現在のケイオスワールドだとどういう扱いなのかな。
星クジラは恒常ショップで契約できる一番強い魔獣で、デフォルト画像は翼のあるマッコウクジラだった。価格も高く、僕のような
目の前に浮かぶ星クジラは神授の施療院で見た姿そのままだ。デフォルト画像と違い、外見はシロナガスクジラっぽくて色は白、翼は生えていない。間違いなく真白さんの契約魔獣だった。
「……あの、琥珀さん。はぐれた仲間と連絡を取ってもいいですか? 天使のひとと雪豹の女の子なんですけど」
ようやく安全な場所に来たという実感が押し寄せてきて、僕はようやく気になっていたことを言い出せた。竜嫌いのリレイさんに現状を伝えて大丈夫なのか少し不安だけど、ふたりも心配しているに違いなく。僕としても、ふたりの無事を確認したい。
琥珀さんは一度目を瞬かせ、それから頷いて、言った。
「そのふたりなら、シロが呼び出しを受けて、迎えに行った」
「シロさん? あっ、真白さんですか?」
「ああ。詳しいことはルカに聞くといい」
「ルカ、さん? もしかして真白さんの連れの……?」
新情報が次々と飛び出して、混乱しそうだ。琥珀さんが静かに言い添える。
「俺は、順を追って説明する、というのが苦手で……。皆が揃うまで、家で休むといい。チャロが
「チャロさんは天使の方、ですよね。ご病気なんですか?」
金の
夢の中で会って、と補足すれば、琥珀さんは納得したように頷いた。
「なるほど。確かに、高位階級の天使は人の夢に介入できるという。ルカも、チャロに呼ばれたと言っていたよ」
「そうなんですね。僕も……夢の中で『たすけて』って言われていたのに、さっきまですっかり忘れてしまっていて。すみませんでした」
琥珀さんは悲しげに瞳を曇らせ、再び歩き出した。今度は寝たふりするわけにもいかず、僕は目のやり場に困って意味もなく辺りを見回す。ここは地下と思えないほど広く、奥にまだ続いているように見えた。もしかしたら琥珀さんも浅葱様のように、神竜の力でここを維持しているのかな。
きょろきょろしているうちに家の前へ辿り着いてしまい、新たな緊張が走る。銀君の話や施療院の記憶で知っているけど、真白さんや連れの方からすれば僕は見知らぬ相手だ。
初対面では挨拶が大事、会話のはじめは自己紹介から。うう、頑張れ僕、――ってちょっと待って、琥珀さんに抱えられたこんな状態で初対面の方に会うのは恥ずかしすぎるんですが……!?
「琥珀さんっ、僕そろそろ――」
「……うん?」
心の叫びも口にしなければ届くはずがない。静止する隙もなく、琥珀さんは木製ドアの取手を引いた。入り口はすぐ居間へ続き、テーブルで何か書き物をしていた人物とばっちり目が合う。それが誰かは紹介されるまでもなかった……真白さんの連れ、ルカさんだ!
小さな子供でも女の子でもないのに琥珀さんに抱っこされてる僕を見て、ルカさんは変に思ったに違いない。施療院で見た記憶では顔立ちがわからなかったけど、近くで見ればとても綺麗な人だ。白くてさらさらの長髪と整った顔立ち、青色の目。
琥珀さんはハリウッド映画に出そうだけど、ルカさんは韓ドラの俳優さんみたいだ。優しそうな目にじっと見られれば、緊張で息をするのも忘れそうになる。
「その子、怪我をしているんですか?」
琥珀さんが後ろ手に戸を閉めて中へ入ると、ルカさんは席を立って側までやってきた。思わぬ気遣いを向けられ固まる僕には構わず、琥珀さんが答える。
「見たところ怪我はないが、炎を浴びせてしまったので、熱病に
「それは……。熱はありますか? ソファーで大丈夫でしたらすぐ
「どうだろうか。子供の体温は高いというが、この子は砂漠の砂よりひんやりしている」
「なるほど。診てみますね」
琥珀さんの低い声とルカさんのやわらかな声はどちらも耳に心地よく、僕は自己紹介も忘れてぼんやり聴き入っていた。
思えば、意識が飛んだのは琥珀さんのブレスを受けたからだ。今の体感で痛いとか苦しいというのはないけど、無自覚にダメージを受けた可能性もある?
想像したら怖くなり、支えに琥珀さんの服を掴んでいた手に力が入る。ルカさんと琥珀さんは顔を見合わせ目配せをして、僕を奥にあったソファーまで連れて行った。優しい手つきでそっと横たえられる。
側に椅子を持ってきて腰掛けたルカさんは、僕の手を取って脈を測りながら口を開いた。
「はじめまして。私は、
「……っ、はい、大丈夫です。僕は、
不思議そうな表情で僕の手首をさすっているルカさんの様子で思い出す。そういえば僕の身体は今、心臓が動いていないんだった!
「なるほど、そうなんですね。この感じは精霊に近い気もします……。外傷はありませんし体内も損傷はしていませんが、重度の魔力切れに陥っているようですので、何か食べたほうがいいですね。リンゴでも
「リンゴ!? あ、いえ大丈夫です……僕いま魔力切れなんですか?」
龍都でも街の人に頂いたけど、リンゴは美味しい。でも今はそれよりも、ずっと気になっていたことへの言及に食いついてしまった。リレイさんにも言われた魔力切れ、切札の使用時には問題なさそうだったのに、なぜだろう。
ルカさんは頷いてから立って机の方へいき、可愛らしい包みの小袋を持って戻ってきた。
「マシュマロ、お好きですか?」
「え? はい、たぶん」
「美味しいですよ。……どうぞ」
促され、流されるままに口を開くと、白い小粒を押し込まれた。独特の甘たるさと柔らかな食感は確かにマシュマロだけれど、飲み込むと鳩尾の辺りに熱がともる感覚がする。
そういえば僕、魔力回復用にって金平糖を預けられていたんだった。このマシュマロも、同じような効果があるのかな?
さっきから至れり尽くせりで申し訳ないと思うけど、身体が怠かったことにも今さら気がついた。それはそれとして、至近距離に超絶美人なお兄さんがいて僕を覗き込んでいる今の状況も十分心臓に悪い。
人って、恥ずかしすぎて心臓麻痺とかありえるのかな? 既に止まっている僕でも死にそうになってるもん、あり得るよね?
「話を戻しますね、恒夜さん。見たところ、貴方は二種類の『魔力』を持っているようです。一つは、いわゆる
途中までうんうんと聞いていたけれど、段々と話が不穏になってきて、僕は
クォームが何かを食べれば魔力変換されるって言ってたのは、ルカさんの言う「生命維持の魔力」のことだった?
「……その魔力が切れたら、もしかして僕、死んでしまいます?」
怯えた心が反映されたのか声も震えてしまう。ルカさんは少し考えたあと、どこか悲しげに微笑んだ。
「いいえ、恐らく、回復するまで深く眠るだけではないかと。ですが、魔力切れに陥るような魔力行使を繰り返していれば、負担は蓄積しますよ。最悪の場合、魂の損傷もあり得ますので、あまり無茶をしないでくださいね」
「はい、肝に、銘じます」
心から反省しつつも、ルカさんの表情が気になった。素人判断ではあるけど僕の体はそこまで深刻な状態ではないと思う。思い出されるのは琥珀さんの悲しげな表情だ。もしや、天使さんが
そこで突然、何の前触れもなく家の扉が勢いよく開いた。視界に飛び込んできたのは、黒い固まりを放り投げて突進してくる白いいきもの。
「うみゃあぁぁぁこーにゃあぁぁぁん!!」
喧嘩する猫みたいな絶叫をあげて僕の胸に飛び込んできたのは、涙目で号泣しているイーシィだった。
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