[8-5]迷宮の深奥、箱庭の園


 今度こそ選択を間違えず、話し合う!

 そう決意したものの、そもそもコミュ障なので初対面の相手にどう切り出していいかがわからない。


 現実感が戻るにつれ、自分がどういう状態なのかもわかってくる。今いる場所は通路ではなく広い部屋で、全体的に明るいけど奥の方までは見えなかった。床に仰向けで寝ていたようだけど、どのくらい気を失っていたんだろう。

 起きて真っ先にスマートフォンを確かめる。握ったまま気絶、ではなかったけど、ちゃんと手の下にあってほっとした。とりあえず今はパーカーのポケットに突っ込んでおく。


 琥珀竜は少し離れたところに立って僕の様子を観察しているようだった。そう自覚すれば寝転がったままでいるのは恥ずかしい。体を起こそうとして、全身がひどくだるいことに気づいた。これ、魔力切れの症状なのかな?


「そのまま、寝ていても構わないよ」


 琥珀竜に気遣われつつも、僕は何とか縦になることに成功した。

 日本人らしく正座して姿勢を正せば、ぼんやりしていた思考も徐々にクリアになっていく。でもここ、床が固いから、すぐ脚が痛くなりそう……。


「大丈夫です。……あの、僕は、恒夜といいます。あなたは、琥珀竜さん……ですか?」


 コミュニケーションの最初は自己紹介から。風樹の里で子供たちと話したことを思い出しながら、話しかける。

 少しの沈黙が落ちて、琥珀竜が僕のほうへ近づいてきた。ザリザリと擦るような音は、彼が尻尾を引きずる音だったらしい。


「なるほど、チャロの言う通り、あなたは、人でありながらの力を持っているようだ」

「え」

「俺は、琥珀。あなたをここへ引きずり込んだ神竜で間違いない。……が、黄昏と手を組んではいないよ」


 すぐ側までやってきた琥珀竜……琥珀さんは、海外の俳優さんのように背が高く、肌が浅黒かった。長めの髪は白と黒のツートン。人の姿、顔立ちをしているけど、耳の後ろにツノが、腰の辺りから翼と尻尾が生えている。

 表情や雰囲気は柔和で優しそうなのに、竜のパーツ部分がゴツくてトゲトゲしていて、何だかギャップがあった。


「はい。……信じられなくて、すみませんでした」

「怒ってはいない。謝らなくてもいい。あなたが俺を倒せる戦闘力を持っていたのなら、それで良かった」


 琥珀さんの話し方は端的で、結論が先に来る。言われた意味がすぐにはわからず少し考えて、エディターボードで流し読みしたテキストを思い出した。


戦闘バトルモードの条件って」

「俺の感知範囲テリトリー内に、武装した誰かが入ることで、起動する。そして、どちらかがたおれれば、終了だ」


 だから琥珀さんは僕に武装解除するよう勧告したんだ。でも、自分が倒されるのならいいなんて……胸が痛み、思わずうつむく。


「倒したく、なかったんです」


 ふふ、と笑われ見上げれば、琥珀さんが目元を和めて微笑んでいた。さっきまでの巨大で厳つい竜姿とギャップがありすぎて、緊張とドキドキ感が胸の内側を騒がせる。


「俺だってこんな子供を……、いや、話は後にしよう。俺があなたを引き込んだのは、頼みがあったからだ」

「僕のこと、知ってたんですか?」


 さっき琥珀さんが口にした『チャロ』というのが、もしかしてあの天使さんかな。僕は彼女を知らないし夢以外で会ったこともないはずだけど、誰かから僕のことを伝え聞いて……という可能性なら、あるかもしれない。

 と思ったのに、琥珀さんの返答は意外なものだった。


「知っていた、とは違う。龍脈の流れが変化し、魔力が消費されるようになったのを感じて、何者かが世界をして回っているな、と。あなたが、そうなのだろう?」

「えっ、あ、はい……そうかも、しれません?」


 反射的に答えたものの頭の中は大混乱だ。肯定しちゃったけど、これって明かしていい情報だっけ?

 龍脈の話は以前にもどこかで……そうだ、神竜族は龍穴という魔力の溜まり場に拠点を作る、と話していたのはリレイさんだ。

 琥珀さんの話からして龍穴に溜まる魔力と施設を稼働させる電力って同じもの? 確かに浅葱様が自分の魔力で龍都を維持している、としたら納得だけれど。


 混乱している間に、手を差し出された。誘われるまま握り返して立ちあがろうとして思い切りよろめく。正座の弊害へいがいですっかり脚の感覚が無くなってた!


「……まだ、歩けないか」

「いえ、あの、これは、――うわぁあ!?」


 心臓止まってるのになぜしびれるのか、と自分の身体に突っ込みを入れるどころではなく、僕の言い訳は途中で止められた。琥珀さんがものすごくナチュラルに僕を横抱き――通称お姫様抱っこをしたからだ。

 待って待って、ちょっと待てば自分で歩けますがー――!


「心配しなくていい、黄昏と違って、俺はあなたをうつもりはない。ゆっくり話せる場所へ、移動するだけだ」

「…………はい」


 そういう心配をしていたわけではないのだけど、琥珀さんの落ち着きっぷりに恥ずかしがって騒ぐのも余計格好悪い気がして、でも目のやり場に本当に困って、僕は目を閉じてやり過ごすしかなかった。

 緊張と羞恥しゅうちで心臓が爆発しそうだったけど、不思議と怖い気持ちは消えていた。




 心臓が動いていない僕に人並みの体温はあるんだろうか。自分で自分に触れてみても、よくわからない。

 神竜族に心臓はないという話だったけど、こうして抱えられていると触れ合う部分は温かい。身体構造が違っても、生きている温もりみたいなものは共通するのかな。


 しばらくそのまま運ばれていたけど、やがて周囲の空気感が変化したことに気づいた。

 そっと目を開けて様子をうかがった僕は、あまりの驚きに寝たふりしていたことも忘れて琥珀さんの腕の中から身を乗り出しかけた。


「すごい……」


 似たものを、龍都のお城でも見てきた。浅葱様が管理していた地下の研究施設だ。でもここはそれより彩り豊かで種類も多く、草花だけでなく木もあって、温室というより庭園に近いかも。

 壁や天井は天然の洞窟っぽくて、さっきまでの人工的な部屋とはまったく違っていた。よく見れば植物もほとんどが地植えされている。ずっと向こうには地底湖のような水面も見えるし、ここは一体どういう場所なのだろう。


「すごくはない。これは元々、神の庭から盗み出したものだから」


 琥珀さんが、意味深なことを言った。聞き返して良いかもわからず、僕は黙ってその意味を考える。

 初期に実装された高難度探索地ダンジョン――古龍の戦場跡。神々に最後まで抵抗し地下に封印された神竜とは、琥珀さんのことだろう。……とても、そうは見えないけど。

 いずれにしても、通ってきた地下迷宮はそういう名目で運営かみさまが作ったのだろうし、攻略サイト通りということは仕様も当時のままだと思われる。


 でも、ここは、おそらく違う。お父さんが送ってくれたマップ画像に、この天然の洞窟や植物園に該当しそうなところはなかった。

 古龍の戦場跡は不具合が見つかり閉鎖されたという。リレイさんも似たことを言っていたので、ケイオスワールド内でも不具合に相当する何かがあり、この迷宮はのだろう。リレイさんは詳細を知ってそうだったのに、詳しく聞いておけば良かった。

 最後まで抵抗し、とか、神々の力をもってしても抑えられない邪気、とかいった表現はどれも琥珀さんには似つかわしくない。琥珀さんが穏やかに淡々と、他人事のように話すからだろうか。


「琥珀さんが盗み出したんですか?」


 なんとか会話を続けたかったので、思い切って尋ねてみた。失礼な言い方になってしまった気がするけど、琥珀さんは目を細めて微笑んだ。


「まさか。俺は、そんなに賢くない」


 ……もしかして。胸中に、一つの予測が上る。神の庭からを盗み出したひとと、この探索地ダンジョンのテキストを書き換えたひと。それは、おなじひとなのでは?

 でもそうだとしたら、なぜそのひとはようなことをしたのだろう。

 いつもの癖で深く思考に沈みそうになったのをとどめてくれたのは、視界に飛び込んできた光景だった。――そう、そもそも、僕がここにきた目的は。


「わぁ……」


 洞窟の天井へ届きそうなほど大きな木と、その向こうに小さな家。それだけでも驚きなのに、屋根と洞窟の天井に挟まるようにして大きな白い巨体が浮いていた。

 銀君に会って間もない頃、神授の施療院に遺されていた記憶の中で見た空飛ぶクジラ――星クジラ。


 忘れもしないその姿は間違いなく、銀君のお姉さん――真白さんの契約魔獣だった。




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