[8-2]回路起動、隠された道へ


 部屋はそれほど広くはなく、中央……さっき大蛇がいたところに台座のようなものがあった。見るからに怪しい。

 罠はないとのことだけど、少しの不安と緊張で息が詰まりそうだ。意識的にゆっくり近づき、慎重に覗き込む。


「何だろうこれ……スライドパズル?」

[異界化していても、そういう所はそのままなのか。おそらく完成させれば通路が開くんだろうな。恒夜、パズルは得意か?]

「うーん……、苦手では、ないと思うけど」


 縦横それぞれ四分割、十五のタイルと空きマスが一つという、良くあるパズルで解き方はそれほど難しくない。でもそれは完成図がわかっている場合の話だ。

 シャッフルされたタイルのそれぞれに描かれているのは、ただの太線……これが綺麗につながるよう並び替えればいいのだろうけど、図がシンプルすぎてどこから始めたらいいか見当がつかなかった。

 お父さんの見ている攻略サイトにはもしかしたら完成版の画像が載せられているのかな。


[恒夜、左上と真下の外枠に何か描かれてないか?]

「外枠に? あっ、本当だ……線がはみ出てる?」

[そう、それだ。まずは左上外枠の線に近い色を一番上の段に持ってきて、並べてみなさい。左から右へ少しずつ色が変わるようにと、線が滑らかにつながるように、を意識すれば何とかなる]

「はい」


 炎の明かりだけだと色が見にくいので、スマートフォンのライトをつけて照らす。確かに、枠外左上の線は濃い青色で、似たような色の線が書かれたパネルが三つくらい。右にいくにつれみどりっぽくなっている?


[ミスで罠が起動、なんてことはないと思うが、慎重にな。……俺がそっちに行ければ、ササっと解いてやるのになぁ]

「えっお父さんスライドパズルするの!?」

[俺がお前くらいの頃はアナログゲームも主流だったんだよ。うちは田舎だったし、テレビゲームは高かったしな]

「そっか、そうだよね」


 僕くらいの歳、中高生だった頃のお父さんってどんなだったんだろう。アナログのスライドパズルもこういう手触りだったのかな。なんだか不思議な気分に陥りつつも、言われた通り絵柄合わせに集中する。

 最初こそ途方に暮れたけど、お父さんが言うように色の変化を見るようにしたら法則性がわかってきた。青から翠へ、翠から黄色へ、黄色からオレンジへ、オレンジから赤へ。そして、真下の茶色へとつながれば完成、ということらしい。

 罠が発動することはなかったけど、結構時間がかかってしまった。通話の時間は限られてるはずなので、このロスが後にどんな影響を及ぼすか少し不安でもある。


「お父さん、完成した!」

[おーおめでとう! 気が済むまで写真を撮ったら、下のボタンで装置を起動だ。念のため、慎重にな]


 見えていないはずなのに、カメラを起動したのもばれてる。お父さん、千里眼持ちかな。

 角度を変えて三回ほど撮ってから言われた通り下のほうを調べてみれば、あった! 非常停止ボタンみたいな四角く大きなこれが、起動スイッチだろう。


「ありました。押します」


 宣言に意味はないけど、なんとなく。動いていないはずの心臓がどくどくと高鳴る。上手くいきますようにと念じながら、思い切ってボタンを押し込んだ。

 カチッと何かがまる音、数秒の静寂。息を詰め見守る目の前で、パネルに描かれた線がネオンサインのように光りだし、盤上に回路のような模様が浮かび上がる。模様はパネルだけでなく、装置全体から床に広がり、あっという間に壁を埋め尽くして天井までも埋め尽くしていった。

 すごい、どうなっているのかわからないけど圧巻の光景だ!

 どこか遠くで、重く何かを引きずるような音が響いている。お父さんは通路を切り替えるスイッチと言っていたので、地下通路が変形している音なのかも。


[何か聞こえるな……。恒夜、せきの様子はどうだ?]

「虎さんは平然としてる。モンスターじゃなく、通路の仕掛けが発動したんだと思う」

[そうか。なら、音が止んだら外へ出て、扉に向かって右手を確認。新たな通路ができていたら、そちらに進みなさい」

「はいっ」


 ネオンカラーの幾何学模様に覆われた壁面は、SFアニメにありそうな失われたハイテクノロジーって雰囲気だ。ここを作ったのがかつての運営かみさまなら、そんな形容も間違いではないかもしれない。

 貴重な体験なのでこれも記念に撮っておく。お父さん、こういうの好きかもしれないし!

 ズームの倍率を変えて何枚か写真を撮ってから外に出て通路を確認し、驚いた。さっきまで行き止まりだった壁に通路ができていて、しかも部屋と同じ模様に発光している。ふいに、正体のつかめない恐ろしさが胸をよぎった。


 国家施設の中には発電所もあったので、CWFけいふぁんの動力源は基本が電気なのだと思う。魔力で動く装置はあるにしても、おそらく個人使用の範囲に収まる物だ。

 CWFけいふぁんにおいて国家はコミュニティーとしてだけでなく、システム的な面でも世界を構成する基本単位だった。国と一緒に施設が崩壊した今、各国に備わっていた発電所をはじめとする動力施設も機能していない。

 碧天へきてんの龍都でさえ、発電所は稼働していない様子だった。だから浅葱様は自分の魔力を動力源として、残った施設を維持しているんだ。


 だとしたら、この地下通路――だけでなく、今まで修復してきた施設の動力源って何なのだろう。元ゲーム世界の謎パワーかなと深く考えずにきたけど、切札に消費魔力の数値が設定されているのなら、施設を動かすための消費電力だって設定されているのが自然だ。

 発電所も、神様からのエネルギー供給も絶えた今の世界では、どこから電力を得ているんだろう。それを知らないままこの先も修復を続けていっていいのだろうか。

 闇雲に施設を修復し稼働させていくことで、ギリギリのバランスで成り立っている電力供給のバランスが大きく崩れることになったら――?


[恒夜、大丈夫か?]


 心配そうなお父さんの声に、はっと我に返った。うん、今は、考えても答えは出ない。まずはここを進み、イーシィやリレイさんと合流するのが最優先だ。

 

「大丈夫、通路ができてます。電気が通っている時のイルミネーションみたいに、壁も天井も床も光ってる」

[へぇ、そういう再現の仕方になるのか。その通路は中枢エリアまで通じていて、中央がボスエネミーの配置された部屋になっている。だから中央の部屋には入らず、向かって左側の通路から階段を登れば外に出られるよ]

「御意です。ありがとう、お父さん」


 音声にノイズが混じり始め、僕は――おそらくお父さんも、タイムリミットを予感する。大丈夫。ここから先は一直線だし、外への出方は教わった。

 無意識に、スマートフォンを握る手に力がこもる。大丈夫、大丈夫。護衛の虎さんもいるし、出口付近に辿り着いたらリレイさんとの通信を試みればいい。


[……そろそろ時間切れか? 恒夜、くれぐれも慎重にな。頑張れ]

「うん、もうすぐ切れちゃうと思う。お父さん、僕、頑張ります」

[迷子になったら無理に動かず、メールで知らせなさい。……また、電話するからな]

「うん、ありがとう。じゃ、またね」


 それを最後にザッとノイズが走り、通話が切れた。静寂が訪れ、一気に寂しさが襲ってくる。

 余韻に浸るように意味もなく通話終了画面を見つめていたら、メール通知がポップアップした。反射的にタップして開けば、送り主はお父さん。画像が一つ添付されている。ダンジョンマップのスクリーンショットだった。

 本文はなし。急いで送ってくれたのかな。ここから先に迷いそうな分かれ道はないけど、全体がわかるのはすごく心強い。


 ありがとう、お父さん。

 無事に安全を確保したら、さっきの写真も添付してお父さんにメールを送ろう。そう心に決めて、僕は隠し通路へ一歩を踏み出した。




 

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