第八章 異端の箱庭、呪われしもの

[8-1]紅蓮の顕現、地下探索


 一歩進むごとに、スマートフォンに表示された地図が広がってゆく。地下洞窟で通話しながら、ナビを起動してライトもけてと、普通ならあっという間にバッテリーが減ってしまうシチュエーションだ。

 圏外の心配もバッテリー切れの恐れもないことに、クォームの力の凄さを思った。


[ところで恒夜、そちらでは何の職種クラスなんだ?]

「――えっ、うん? クラス?」

[キャラメイクの時に選んだだろう。近接のイメージはないから、銃士ガンナー魔法使いソーサラーか?」


 画面を見るため今はスピーカーモードにしているので、狭い地下通路にお父さんの声がはっきりと響く。僕は混乱した。


「お父さん、なんでそんなに詳しいの」

[攻略サイトに書いてあるよ。龍の封印地はランダムエンカウント、一定の戦闘回数でエネミーが現れなくなるが、リスクを回避できるならそのほうがいいだろう。天魔法の『こう』が使えればエンカウント率をゼロにできるんだが]


 以前の僕は『探索』に興味がなかったので、そんな魔法があるなんて知らなかった。確かに今の状態で何かに襲われたら大変だけど、いわゆるゲーム補正のない僕には使える魔法も技もない。


「僕、魔法は使えなくって……。ここに来る前に切札をもらったんだけど、大技すぎて使いどころも難しくて」

[切札!? おまえ、軍――、いや今はいい。恒夜、持ってる切札の種類は?]

「黒き稲妻、れんの火炎、緑の浄化、の三枚です。魔力さえ足りれば繰り返し使えるって、天使の方が」


 画面向こうでお父さんが沈黙したので、僕は足を止め返事を待つことにした。微かなカタカタ音が聞こえるから、効果を検索しているのかも。

 ややあって、ため息混じりの声が聞こえてきた。


[チートを授けるにしてももう少し使い勝手を……まあ、おまえに言っても仕方ないか。繰り返し使えるなら、紅蓮の火炎を発動させておけば雑魚避けになりそうだな。恒夜、切札の使い方はあくできてるのか?]

「うん。スマートフォンから起動できるはず」


 画面を切り替え、赤い宝石アイコンをタップして切札を開くと、カードのイラストを背景に、対象、範囲、消費魔力、という項目がポップアップする。

 対象は『自分』しか選べなかった。範囲は半径指定ができて、数字を上げると比例するように消費魔力が上がっていく。それは納得としても、僕の魔力量っていくらなの?

 という話をすれば、お父さんは画面向こうで笑っている。


[地下は狭いから半径二メートルあれば大丈夫だろう。恒夜の魔力残量は俺にもわからないな。ステータスの数値は見られないのか?]

「たぶん……見れた、はず」


 一旦ホームへ戻り、下にあるアイコンからステータス画面を開いてみた。思えば、こっちにきてすぐ開いて確認したっきりだった。探索や闘技場に興味が薄かったので、元々見る習慣がなかったし。


[消費量が厳しいなら半径一メートルでも十分だと思うが]

「大丈夫そうです。僕のMP、なんか意味わからないくらいに多い気がする」

[よくあるチートか? 魔力切れの心配がないなら良かった。紅蓮を発動させたら出発しようか]

「はい」


 その割にリレイさんには魔力切れを指摘されたし、どうなっているんだろう。アプデや施設修復の魔力消費が異常に大きいのか、切札の消費が極端に少ないのか……今は判断材料がないので、保留かな。

 範囲を半径二メートルに設定し、決定。確認メッセージにOKした途端、画面から赤い光がほとばしった。


「うわっ!?」

[どうした!?]


 いつもの銀光と全く違う荒々しい輝きは、まさに紅蓮の火炎。狭く暗い地下通路を隅々まで照らすように炎が踊り、収束し、巨大な動物が姿を現す。

 見慣れてきた狼よりも胴が長くしなやかな大型猛獣……火炎をまとった赤い虎だ!


「大丈夫! 虎が出ただけ!」

[虎!? 高レベルエネミーか!?]

「えっ、あ、違うよ! 紅蓮の火炎で虎が出たの!」

[へぇ、なるほど。せきか]

「せきこ?」


 中国の精霊で魔除けのモチーフに使われるらしい、というお父さんの解説を聞きながら、銀君よりも大きな赤虎をそっと観察してみる。

 猛獣らしい金の目に睥睨へいげいされると少し、いやかなり怖い。毛皮から炎があふれているけど、触ったら熱いのかな。


[恒夜、問題がないなら進むぞ? この先の突き当たりはT字路になっているから、壁に行き当たったら右へ進みなさい]

「はいっ」


 虎を横目に恐る恐る足を踏み出すと、その僕に先立つかのように虎が前を進み始めた。纏っている炎が暗闇を照らしてくれるので、スマートフォンのライトも必要ない。

 バリア展開のような効果を想像していたけど、こんな大きな猛獣が護衛についてくれるなんて頼もしすぎる。そうだ、後でお父さんに見せられるように写真を撮っておこうかな。

 カメラを起動して撮影しても、特に怒ったりかくすることはなかった。普通の虎じゃなく精霊だから、あまり獰猛どうもうではないのかも。


「お父さんにも後で写真送るね」

[それは楽しみだが……なんだ、余裕だな]

「だって、赤虎が格好良くて」


 画面の向こうから忍び笑いが聞こえて自分のはしゃぎっ振りを自覚し、少し恥ずかしくなる。最初にグリフォンのアズルを見たときも、テンション上がって大騒ぎしたんだった。幻獣は格好いいから仕方ないんだけど、危機意識は持っておくべきだよね……。


[気持ちはわかるが、今は攻略を優先しようか]

「はいっ」


 お父さんにもやんわり釘を刺されたので、反省して姿勢を正し、画面をマップに切り替えた。指示通り通路を進み、突き当たりで右の道へ入る。

 赤虎のお陰で見える範囲が広くなり、壁や天井の人工感をますます実感した。人工というか、神造というのかな。


[恒夜がそんなに動物好きだったなんて知らなかったよ。その先、二つ並んだ扉の右手の部屋には、道を開くのに必要なスイッチがある。入れそうか?]

「動物好きって言えるのかな……。うん、大丈夫、鍵は掛かってない」


 最初にいた部屋と違い、入り口に分厚い扉が付いている。ファンタジーっぽい重厚な両開きではなくSFみのあるスライド式で、重さはあるけど力を込めれば滑らかに開いた。

 そっと覗いてみると、赤虎の炎に照らされた室内の中央辺りに大きな影が一つ。目をらせば、ぞろりと擦れるような音がしてその影が頭をもたげる。


「うわぁ!?」

[どうした!?]


 僕があわあわしている間に赤虎が前方へ躍り出て、かくのような咆哮ほうこうを上げた。その迫力に僕は震え上がり、部屋にいた影も怯んだように後退する。

 ズリズリというさっ音、異様に長い胴と首、あの形状と模様は図鑑や動画でしか見たことのない巨大なニシキヘビだ。襲ってくる様子はなく、そのまま奥の暗闇へと消えていく。


「だ、大丈夫……大蛇がいたけど、虎さんが追い払ってくれました」

[そうか、良かった……。中ボスなんて配置されていなかったはずなんだが]

「野生の蛇かも。アミメニシキヘビに見えた」


 途端、画面向こうでお父さんが吹き出した。え、なんで!?


[こっちは心配して肝を冷やしているのに、幻獣の写真を撮ったり、大蛇の模様まで観察してたりと、マイペース過ぎて参るよ。不思議なものだな……そういうところもお母さんとそっくりだ]


 お母さんの話を振られて、送られてきた学生時代の写真がよぎった。しみじみと語る声を聞いていると、胸がぎゅうっとなってくる。

 そうだよね、お父さんにはこっちの様子が見えないんだから、心配になるよね。


「ごめんなさい。もっと警戒心を持つようにします。ニシキヘビの写真も撮りたかったなんて、思わないようにします」

[俺は爬虫類に苦手意識はないからいいが、万が一撮ってもばあちゃんには見せるなよ? びっくりしてひっくり返ってしまう]

「うん、そうする」


 ここは異世界なのに、撮った写真を祖父母に見せる前提で話しているのが自分でも不思議だった。お父さんは、僕が二度と戻らないとは思っていない。それなら僕も、最後まであきらめず帰還の手立てを見つけなくては。


[罠はなかったはずだが、とにかく慎重にな。部屋のどこかに、通路を切り替えるスイッチがあるはずだ]

「うん、さがしてみる」


 不安もあるけど、探索をしているという実感からか不思議と胸が高鳴った。

 世界が違うというレベルの遠距離通話なのに、すぐ隣でお父さんが見守ってくれている、そんな気がした。





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