[7-10]地下迷宮と、導きの声


 頬がひんやり冷たくて、目が覚めた。思いがけない涼気に震えて飛び起きる。熱砂で蒸し焼きにされなくて良かったけれど、暗過ぎて何も見えない。

 砂漠の夜は白い砂に月と星の明かりが映えて意外と明るいのだけど、頭上に星は一つもなかった。ということは、ここは地下洞窟……の可能性が高い。

 暗いといっても真っ暗ではなく、薄闇の中に所々、淡い暖色光が浮かんでいる。じっと見ていても動く様子はないので、岩肌に張りついた光苔ひかりごけとかそういうものなのかな。気になっても、近づいて確かめる勇気はなかった。


「あっ……スマートフォン!」


 気づけば両手が空っぽだった。焦りと不安が一気に押し寄せてきて、地面と思われる床にいつくばって捜す。手のひらに触れるのは土や砂のざらざら感ではなく、陶器やタイルに近かった。リレイさんは地下迷宮と言っていたし、人工的な施設なんだろうか。

 当然、暗闇の中を手探りで捜せるわけもなく、僕はその場にへたり込んで途方に暮れた。こんな事態は想定していなかったから、どうしていいかわからない。クォームに頼んで、呼べば光って返事する機能をつけてもらえば良かった……。


 無意識にポケットへ突っ込んでないだろうかといちの望みをかけて自分の服や体も探ってみたけど、そんな都合のいい話はなかった。襟に触った時に通信羽の存在を思い出し、引き抜こうとして、ふと思いとどまる。

 太陽の位置がわからないここでは、スマートフォンがないと時刻もわからない。黄昏竜の他に呪い竜が三匹、そのうち二匹は毒竜で、リレイさんもイーシィも苦戦していた。

 もし今まだ戦いの真っ最中だったり、どこかに身を隠している状況だったら? 僕の通信で気がそれたり、音で注意を引いて、二人がピンチに陥ることになったら?


 悪い方向へ考え出せば嫌な想像が次から次へとあふれ出した。そもそも呪い竜が現れる以前だって地下へ行く手段がなく困っていたのだし、リレイさんは僕の位置ならあくできるはずなんだ。

 通信より先に、スマートフォンを見つけてクォームに連絡を取って、僕自身の状況をはっきり説明できるようにしないと……。


「でも、どうしよう」


 不安が高じて、誰もいないのに声に出してしまう。そうすることで、思ったより静寂ではないことにも気づく。

 いきものの鳴き声や自然現象の音ではなさそうな、規則的で静かな――何だろう、上手く言えない。耳を澄ませても、目をらしても、動くものは何もないのに。


「だめだ、なきそう」


 言葉にした途端に涙とえつが込み上げてきて、僕は暗闇の中、膝を抱えて顔を埋めた。

 こんな場所で号泣したら危険かもしれないのに、どうしていいかわからなくて、自力では何もできない自分が情けなくて。旅立つ前に自宅へ戻ったのだし龍都にも立ち寄ったのだから、ストラップくらい準備すれば良かった。


 しばらく声を殺して泣いていたせいで、すぐには気づかなかった。ふと奇妙な振動音が耳に入り、はっとする。顔をあげ辺りを見回すと、だいぶ離れた場所で明滅している白い光が見えた。――スマートフォンだ!

 不審に思ったクォームが向こうから掛けてくれたのかも。慌てて立ち上がれば、思ったより体が強張っていて転びそうになったけど、構ってはいられない。

 コールが切れてしまえば捜せなくなるし、通話の時間だって限られていて、これを逃したら次があるかもわからないのだから。


 よろよろしながら光の元へ辿り着く。思ったより手が震えているのは、寒さのせいなのか恐怖感なのか。床らしき地面に横たわって明滅しているスマートフォン画面の着信表示は、クォームではなく「お父さん」となっている。――って、えぇ!?


「はい、恒夜です。お父さん、急にどうしたの!?」


 何も考えずに通話を開始した後で、今の状況を思い出したけどもう遅い。[おはよう恒夜]と返ってきた声が、いぶかしむように曇った。


[ずいぶんと鼻声だな。泣いてたのか? 何かあったのか?]

「何でもない、わけじゃないけど! お父さんのお陰でスマートフォン見つかったから、もう大丈夫だよ!」


 声だけで様子を見抜かれた!?

 安心させるつもりが、さらに余計なことを言ってしまってますます焦る。顔は見えないけど、向こう側でお父さんが眉間にしわを寄せたのが目に浮かぶようだ。


[大丈夫じゃなさそうだな。どうした、ダンジョンの罠にはまったか?]

「罠? もしかしてこれ、そうなのかな」

[これ、とは? 自分の現在地はわかっているのか?]


 またうっかり口を滑らせた僕は、この時点でお父さんを誤魔化すことはあきらめた。変に言い繕っても、余計に心配させるだけ。それなら素直に白状したほうがいいよね。

 それはそうとして、お父さんの口から「探索地ダンジョン」って名称が出てくるのはびっくりなんですが……。


 スマートフォンが手元に戻ってきたので、改めてナビを見た。エリア名は「龍の封印地・B1」と表示されているけど、地図は黒塗り画面に四角い部屋と現在地を示す矢印が表示されているだけだった。これって、進むごとに地図が開いていくオートマップ系? 待って、攻略本もなしでは難し過ぎない!?

 冷静に、冷静に。僕の動揺は声を通じてお父さんに伝わってしまうから、余計なことを言わないようにしなくては。


「ここは古龍の戦場跡にある龍の封印地で、現在地下一階です。現在地は、……まだちょっとわからなくて」


 画面の向こうからカタカタとキーボードのような音が聞こえる。[なるほど]と呟いたお父さんの声は、不思議なほどに落ち着いていた。


[龍の封印地は初期に実装されていた高難度ダンジョンだな。進まないとマップが開かないRPG式で、貴重な武器やアイテムが手に入るっていうので評価は高かったんだが、不具合が生じてすぐ廃止されたんだ。恒夜、ダンジョンマップは持っているのか?]

「え、え、え、……持ってないです」


 お父さんの流れるような解説に僕は混乱した。え、今、攻略サイトを見てるの?


[脱出口はボス地点の付近だな。戦わなくても出られたはずだが、そもそも今もボスがいるのかどうか……。まあ、とにかく行ってみるしかないな。俺がナビをするから、恒夜はメモ機能か何かでマッピングしながら進みなさい]

「え、ナビ? え、はい」


 僕の知ってる探索地ダンジョンはタップ一度で結果が出るものだったけど、初期はそうじゃなかったってこと?

 それよりお父さん、その手慣れた感じまるで経験者みたいなんだけど、どういうこと?


[そうだ、恒夜、おまえに怪我はないか? 大丈夫か?]

「うん、大丈夫。怪我は、してない」

[それなら良かった。すまないな、焦って失念していたよ]


 いつも冷静に見えるお父さんも、焦ることあるんだな。そう思ったら何だかおかしく思えて、笑ってしまった。

 時刻はお昼にはまだ早い十一時過ぎ、このタイミングでの通話はきっと、お母さんの話をしたかったんだろう。ごめんね、お父さん、ありがとう。


「ううん、不安だったから、お父さんの声を聞いて元気出ました。ありがとう」

[それなら良かった。じゃ、まずは北側の入り口から通路へでなさい。そこからはしばらく真っ直ぐだ]

「はい」


 スマートフォンがあればライトを起動して視界も確保できる。言われた通り矢印が上を向くように方向転換すれば、暗闇に慣れてきた視界にぽっかり開いた入口が見えた。

 真白さんを見つけるか、はぐれた二人と合流するか、いったん地上へ出るか……最適解がどれかはわからないけど、とにかく、進むしかない。


 お父さんがナビをしてくれて、切札も使える。一人になってしまったけど、最初の時のような一人きりじゃない。今なら僕でも頑張れると思うんだ。




 第七章 終

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