[7-9]再戦、分断
僕は引きこもり
赤い
この一帯を縄張りにしていた神竜は神々に最後まで対抗し、ここの地下に封印されたのだという。しかし竜の邪気は神々の魔力をもってしても抑えきれなかったため、定期討伐がなされて地上が汚染されることを防いでいた、と。
説明を読んだ印象では、ハイリスクハイリターンの高難度
「リレイさん、ナビではそろそろ入口地点に到達しそうです」
「そうなの!?
天狼姿だと視力が落ちるんだよね、とリレイさんはぼやいたけど、僕の目からも入口らしきもの見つけることはできなかった。イーシィも、困ったように首を振る。
「リレイさんも『忘れられた地下迷宮』って言ってましたし、埋没しているんでしょうか」
「たぶんね。仕方ないな、降りよう」
ぐんっとお腹に圧を感じたので、慌てて毛皮をしっかり掴んだ。風が巻いて前髪を波立たたせる。リレイさんはずいぶん勢いを殺して着地してくれたんだろうけど、砂まみれになるのは避けられなかった。
「ごめんごめん、狼の脚って着地には向いてなくて」
「僕は大丈夫です! しぃにゃんは、大丈夫?」
「ぼくも問題なしですにゃん。クジラしゃんも無事ですにゃ」
反動で放り出されたりはしなかったので、問題なし。互いの無事を確認してから僕らは地面に降り、リレイさんは天使姿へと戻る。見渡す地上には多少の隆起も見て取れるけど、目視で入り口を見つけるのは難しそうだ。
「
「ナビには、到着しました……って表示されてる。ちょうどこの位置らしいけど、掘ったらわかるのかな」
思わず三人で顔を見合わせ、互いの顔に同じ困惑を見た。地下迷宮だから地下にあって当然としても、重機どころか穴を掘る道具もない状況でどうすればいいんだろう。
「真白しゃんはどこから入ったのですにゃん? りれしゃん、もしもし電話で聞いてくださいにゃ」
「もしもし電話って何さ。
「そういえば、
リレイさんと初めて会ったあの日。女の子姿の神竜と二体の呪い竜を思い出して、お腹が重くなるような
「神竜族は龍穴っていう魔力の溜まり場に拠点を作りたがるんだけど、それは龍脈を通してある程度周囲の様子を察知できるからなんだよ。ここも龍穴だし、気をつけたほうがいい」
あのひとを討伐すれば、呪い竜が発生することもなくなるんだろうか。あの時リレイさんは、黄昏竜を相手に無双していたと思ったけど――他力本願な思考が湧いてくるのを、僕は頭を振って追い払った。
今すべきなのはそうじゃない、地下迷宮攻略が目的でもない。ここまできたのは、真白さんに会うためなんだ。
「はい。通信手段ではないですが、ちょっと試してみます」
リレイさんに
龍都を囲む結界の外側からお城のリレイさんまで届いたくらいだ、地下迷宮のどこかにいる真白さんへ届く可能性は十分なはず。
ついでに切札を確かめようとホーム画面へ戻ったところで、不意に足元が揺らぐ。
「噂をすれば……だよ。呪い竜ごときに切札を使うまでもない」
「みゅ、りれしゃん、背後注意ですにゃ!」
イーシィの声がけにリレイさんが詠唱を切り替えた。展開しかけた輝きが一瞬で霧散し、かわりに突風が巻き起こって飛んできた何かを吹き飛ばす。真昼の陽射しを受けて細かな破片がキラキラと散った。
「天使の相手は、こっち」
聞き覚えのある、気だるげな喋り。風に翻る
女の子姿の黄昏竜に目を奪われている僕をリレイさんが振り向き見る。焦りが感じられるほどに、真剣な表情だった。
「毒針!? 恒夜君、きみ、毒耐性は?」
「わ、わかりません……!」
加護の呪いは
イーシィがクジラを置いて呪い竜のほうへ駆け出した。動きの鈍重な怪物を
「しぃにゃん!」
「こっちは引き受けますにゃ!」
興奮した呪い竜に踏み潰されないかと気が気じゃないけど、向こうの様子を見届けている余裕はなかった。
黄昏竜がニタリと笑ってから、長い袖で口元を隠す。と同時に、僕らと彼女の間で砂が弾け、もう一体の呪い竜が現れた。
「このこにはたっぷりと毒を仕込んであげたから、切り刻めば毒の雨が降るよ」
「うっわ、面倒くさ!」
「うん。マジ面倒くさかった……」
「自分でしといて言うかな」
天使と竜の言い合いは軽妙に聞こえるけど、状況は良くない。通常と違いぬらぬらとした光沢感に包まれた呪い竜が、大きく
「イーシィが相手しているのはノーマル仕様のようだけど、魔法なしで仕留めるのは難しいからこっちを
「はい」
言われるままに後退りつつも、頭の中は混乱していた。
僕は、スマートフォンに付された機能をまだ十分には理解できてない。今まで同盟申請はピンチの時に心強い助っ人を呼んでくれる機能、と認識していたけど、もしも勘違いだったら? 黄昏竜を呼んでしまったのは、僕なのでは……?
そうだ、フレンドリストを確かめれば――申請が受理されたのなら、きっとリストに名前が載るはず、だから。
無意識に握り込んでいたスマートフォンを見ようとした、その時。背後で何かが砂から飛び出し、不気味な
イーシィとリレイさんの僕を呼ぶ声が、耳を通り抜けていく。虚ろな目が僕を見て、毒に
だめだ。呑まれる。
覚悟なのかあきらめなのか、心が妙に
砂漠に流砂という現象があることは知っていたけど、自然発生とは思えない。誰かが意図的に引き起こしたとして、誰が、何のために……?
このまま砂に埋もれてしまったら、僕は助けがくるまで脱出することも死ぬこともなく、この息苦しさを耐えねばならないんだろうか。頼みのスマートフォンだって、見ることも操作することもできずに……。
考え出したら底抜けの恐怖が押し寄せてきて耐えきれず、僕の意識はそこで途切れた。
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