[7-8]迷子狼と、忘れられた探索地


 リレイさんが用意したご飯を食べ尽くして満足したイーシィが工房内を探索しに行ったので、その間にシャワー室を借りることにする。

 温水器は使えないという話だったけど、僕が寝落ちている間にリレイさんが色々いじって短時間なら稼働できるようにしたらしい。道理で、イーシィの毛並みがふわふわツヤツヤだった訳だ。


 具体的な原理はリレイさん自身にもわからないらしく、ご本人の談では「魔力を通してみたら動いた」のだとか。天使の魔力は電気の代わりができるのかな。代用エネルギーで動くということは、ここの施設自体は壊れていないのかもしれない。

 いつまで保つかわからないので、遠慮せずに借りることにした。ついでに服も洗濯したいところだけど、全部洗ってしまうと着るものがない。

 何か借りられないかと相談してみたら、リレイさんはとてもいい笑顔で「僕が乾かしてあげるよ。風魔法は得意だからね」と言ってくれたので、甘えることにした。


 レバーやボタンの操作一つで温水のシャワーが使えて、石鹸せっけんや洗剤やシャンプーなんかが常備されていて、着替えに迷わない――日本ではそれが当たり前だった。

 祖父母の家に泊まった時も、自宅より設備は古いけど必要なものは全部揃えてあった。物がないと、体を洗うのも着替えるのもそれだけで手間と時間がかかるんだね。便利な生活は当たり前のことではないんだって痛感させられる。

 ワイシャツもパーカーも制服のスラックスも水洗いOKで良かった。衣服はクォームの加護下にあるから着たきりでも傷まないのが助かる。今の世界で着替えを調達するのは難しそうだけど、龍都が無事だったお陰で手段はありそうかな。


 髪と身体を洗って服を洗濯し、リレイさんに乾かしてもらって着替えて……としているとあっという間に時間が過ぎる。ゆっくり話をする余裕もなく、もう日没の時間だ。地下だと時間の感覚が鈍るけど、外はそろそろ夕焼け色に染まっているかも。

 三人で席に着き、今後の流れを確認する。形のいいリレイさんの爪がホーム画面の地図を指差した。


「今夜はここで一泊して、できれば暑くなる前……早朝に出発するよ。この辺のどこかに、『りゅうの戦場あと』という忘れられた地下迷宮があるはずなんだよね」


 今いる地点からやや北西、戦場跡というなら平地だろうか。おそらく探索地ダンジョンの一つだろうけど、引きこもり住民ユーザーだった僕の記憶にはなかった。古龍というからには高レベル探索地ダンジョンだったのかも。


「わかりました。近くに行けばもしかしたら、ナビ機能が使えるかもしれません」

「そうだと助かるな。僕、極度の方向音痴だからさ」

「……え?」


 今、なんて?

 思わず聞き返すと、リレイさんは頬杖をついて深いため息をついた。心底困ったような表情からして、冗談ではなく本当にそう、らしい。


「りれしゃん、迷子狼なのですにゃ。平然へーぜんと左右逆に行きますのにゃん」

「平然っていうか、本人は確信してるんだよ。なのにいつまでも辿り着けないんだよね、不思議だよねー」

「ここまで全然迷う様子がなかったので、意外でした」


 なんとなく隙がないひとって印象だったのに、そんな弱点があったなんて。僕の反応に対しリレイさんはなぜか得意げに微笑んだ。


「そりゃあね。ここは僕が彼女あのこを見つけた場所だから、天地がひっくり返ったって迷うはずないよ」

「すとーかーみたいなこと言ってますにゃん」

「これは愛だよ?」

「ドン引きですにゃ……」


 だいぶ容赦ないイーシィの言葉にも全く動じないの、なんかすごい。僕にはよくわからない世界なので静観していたら、リレイさんがこちらを見た。


真白シロの居場所は特定できてるから、まぁたぶん大丈夫じゃないかな。万が一はぐれたら、通信よこしてくれれば何とかして捜す。いざって時には遠慮せず切札を使いなよ。炎の壁で自分の安全を確保してから広範囲に稲妻を落とせば、大抵の敵は一掃できるから。壁も長時間は保たないだろうけど、すぐに助けに行く」

「……はい」


 具体的な指示に戦い慣れを感じて、僕は頷くしかできなかった。最初に遭遇したハイエナの群れを思い出す。危険な相手だとはいえ、野生の動物や魔獣を一掃……なんて、僕にできるだろうか。

 回復魔法の使い所は聞くまでもない。それから皆で少しの夕食をとって、僕とイーシィは部屋のソファーベッドで休むことになった。リレイさんはお化けだから寝なくてもいいらしいけど、魔力の回復とか大丈夫なのかな。

 気になることがあってもそれを追及するほど僕自身の余裕がなく。寝支度を整え、明日に備えて早々と横になる。懐に感じるイーシィのぬくもりと息遣いに、僕は改めて「生きている」ことの感触を噛み締めたのだった。





 その夜も夢を見た気がするけど、思い出せない。すっかり早起きが習慣づいて夜明けの時刻に起きた僕をリレイさんは観察するように見ていたけど、何も言わなかった。寝ている間の僕が挙動不審だったのかも。

 代用エネルギーは朝まで保たなかったらしく、冷水で顔を洗ってからナッツのスコーンで朝食を済ませた。イーシィには物足りないだろうに、文句を言うこともなくモリモリ食べてくれるんだから本当にいい子だよね。


「恒夜君には、これもあげる」


 通信羽良し、切札良し、忘れ物なし、と所持品チェックをしていたら、リレイさんから小さな包みを手渡された。ハンカチに包まれていたのは小袋に詰められた金平糖だ。


「これ、王様からですか?」

「たぶんね。貰った種の袋にしれっと混ざってて、何のつもりかさっぱりわからないよ。神竜の作った物なら魔力回復値は高いはずだから、君の非常食にするといい」


 種の袋に混じってたのなら、里の子供たちへのお土産じゃないんだろうか。浅葱様、子供好きだって言っていたし。


「僕がもらってもいいんでしょうか」

「切札の消費魔力が保有魔力の何割かわからない以上、回復手段を用意しておいた方がいいよ。それに薬は甘いほうが飲みやすいからね」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……」


 確かにその通りだし、必要なかったなら返せばいいかな。言われるままに金平糖を包み直してパーカーのポケットに入れた。僕も銀君みたいにウエストポーチを持っておくといいのかもしれない。今は先のことなど何もわからないけど、旅の間に気づいたいろんなことをメモ機能で書き留めておくのも良さそうだ。

 イーシィのクジラも万全だったので、僕たちは再びリレイさんに乗せられ夜明けの空へと旅立った。目的地までは天狼の翼で三時間ほど掛かるらしい。空を飛んでると体感が分かりにくいけど、時速何キロくらいの速さなのかな。


 工房の建物を後にし、はるか向こうに連なる山脈を目指す。正確にはそのずっと手前にある『古龍の戦場跡』という探索地ダンジョン跡らしいのだけど、上空から見渡す地上はどこまでも白いれきに覆われていて、目視で捜すのは難しそうだ。

 それでも、おおよそ二時間ほど進んだ辺りで世界地図に赤色の旗印フラッグが現れた。覗き込んでくるイーシィにも画面を見せながら地図を拡大し、旗印フラッグの横に『古龍の戦場跡』と書かれているのを確認する。間違いない、これだ!


「リレイさん、現地までナビができそうです」

「へぇ、すごいな。ここが地下迷宮として機能してたのは相当昔だって話なのに。でも助かる、案内よろしく!」


 もしかしてこの探索地ダンジョン、僕がCWFけいふぁんにどハマりするより前に閉鎖されたのかな。ちょっと気になったけど、余計なことを喋ったらボロが出そうな気がして僕は好奇心を飲み込んだ。

 ここで躊躇ためらわず聞けば良かったと後から悔いることになろうとは、この時は想像もしなかった。





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