[7-4]氷花の城下町、人形師の館
ご本人が言うほどには揺れなかった――けど、地面へ降りたつ時に巻き上がった砂と塵を全身に浴びて、僕とイーシィはすっかり
空港のような滑走路があるわけでもないし、そりゃそうなるよね……。
リレイさんの背中から落ちそうになりつつ降りて、地上の高さで辺りを見回す。以前ここは大きな街だったんだろう。崩れ落ちた建材のような
「ごめんごめん、全身洗浄とか便利な魔法が使えれば良かったんだけど、僕が使えるのって風と天だけなんだよ。地下の水溜めは生きてるから、水で良ければ浴びられるけど」
「僕は、大丈夫です。しぃにゃんは?」
「水溜め毛だらけになっちゃいますにゃん。僕も
泥や
いつの間にか天使姿に戻っていたリレイさんは、乾いた砂が覆う床を探っているようだった。地下への入り口があるという造りは、最初に修復した神授の施療院を思い出す。
「リレイさん、ここって何かの施設だったんですか?」
思い切って聞いてみれば、手を止めたリレイさんがこちらを見た。ギィ、と鈍い音がして、彼の足元に四角い入り口が現れる。
「施設じゃないけど、仕様は近いかもね。ここは、人形師の工房跡だよ。元は大きなお屋敷だったらしく、地下はシェルターになっているんだ。安全に過ごすことはできるけど、電気が通ってないから空調や温水器は使えないよ」
「システム自体は壊れてないってことですか?」
「どうかな。あの大崩壊を潜り抜けて無傷だったとは思えないし、壊れているのかも。僕は科学技術系とは相性悪くて」
降りようと促された僕らは、リレイさんの後について暗い階段を降り始めた。僕がクジラを抱えイーシィは自分で歩く。腕力のない僕との旅はそういうスタンスになりそうだ。抱えてあげられなくってごめんね、しぃにゃん。
階段の下は短い通路のようだけど、真っ暗で僕の目には何も見えなかった。リレイさんが短く詠唱すると、暖色の弱い光が辺りを照らし出す。ランタンのようなものが空中にふわふわと浮かんでいて、それが光源になっているらしい。
リレイさんが扉らしき行き止まりで何やら操作しているのを待ちながら、悩む。施療院も神殿も執筆による修復で機能が回復し使えるようになったので、このお屋敷が施設と似た仕様だというなら、同じように修復が可能かもしれない。でも、それならリレイさんに全部を話さないといけないだろう。
僕はもう、リレイさんが運営側だとは思っていない。でも、竜嫌いの彼に龍神であるクォームを紹介するのもトラブルの元になりそうだし、修復の時にあふれる光はクォームの謎パワー、つまり竜属性の魔法だろうから、嫌がられるかもしれない。
ああでも、有効化を試すのだって同じだろうから、どの道ばれちゃうのか。というかもうばれてるのかな、竜属性って言われたし僕は
そういえば、さっきの通知は何だったんだろう。思い出したら気になりすぎて、僕は胸ポケットからスマートフォンを取り出しロックを解除した。
薄暗い空間でスマートフォンのバックライトはかなり目立つ。リレイさんがちらりとこちらを見たけど、別段何も言われなかったので続けても大丈夫だよね。
通知ベルに一件、開いて確認すれば動いていないはずの心臓が跳ね上がる。お父さんからのメールが添付ファイル付きで届いていた。どうしよう、今ここで開いてもゆっくり読めなさそうだし、後回しのほうがいいかな。
「
「え、ううん。クォームさんじゃなくて、お父さんから」
「にゃ!? 早く出るのですにゃ!」
「通話じゃなくてメールだから大丈夫だよ!?」
わからないなりに心配してくれたのか、イーシィは後脚立ちになって僕からクジラを受け取ってくれた。どうしよう、リレイさん、まだ時間が掛かりそうかな。
落ち着かない気分でスマートフォンと天使の白翼を見比べていたら、彼が振り返る。
「用があるなら通信すれば? 立ち話じゃ落ち着かないなら、先に休憩でもいいけど」
「はい、先に休憩でお願いします。僕のは文字通信なので、後からでも大丈夫なので」
そうだ、先に休憩にしてイーシィにお水と食事をあげないと。メールチェックと返信は時間が掛かるんだから、皆が寝てからでもいい。
「だからそうやって、我慢するのやめなよね。……まったく、君も
「――え?」
「何でもない、そもそも僕が口出すのだって余計なお世話だし。さ、入って。内装が傷んではいるけど、綺麗に片付いているから」
「はい」
リレイさん、銀君のことが好きじゃない……とは少し違うのかな。言っていることはよく理解できなかったけど、心配してくれているのは伝わってくる。
複雑な気分で立ち
「りれしゃんも、言いたいことあるならぜんぶ言ったらいいのですにゃん。ぼくは我慢なんてしませんにゃ。りれしゃんが隠し持ってるお
「はぁ!? 別に隠し持ってるんじゃなくって、これはお土産だよ! イーシィにゃんにはあげられないの」
「お里のちびちゃんたち喜びそですにゃん。仕方にゃいですにゃ、ぼくが我慢してあげますにゃん」
茶目っ気たっぷりにウインクをしたサファイアブルーの両目は、してやったりとでも言いたげにきらめいていた。
リレイさんは一瞬息を詰まらせ、それから片手で目と額を覆って深いため息をつき、最後に神妙な顔で「ごめん」と僕に謝ってきたのだった。
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