[7-2]予感を胸に、蒼天の路へ
結局リレイさんが道中の全責任を持つと約束することで、何とか納得してもらった。
「あのひと、
リレイさんは僕にだけそう打ち明けて、自分の翼から大きめの羽を一枚引き抜いた。痛そう、と想像して思わず顔をしかめてしまったけど、当人は平然とした表情でそれをつまみあげ魔法を唱える。彼の手の中で白い羽が青色に染まり、少し形が変化した。
天使の言語なのか、詠唱文は耳に馴染みがなくて残念ながら聞き取れなかった。どこかで見たことのある形状……羽根ペンかな? すごい、本物は初めて見た!
さらに詠唱を重ねれば、形はそのままにサイズが縮んだ。共同募金で配られる赤い羽根くらいだろうか。
「邪魔にならない場所に付けといてくれる? よほど特殊な場所でなければはぐれても捜せるし、一度だけ通信機能が使えるから。裏のピンを外せば元のサイズに戻るので、非常時にはむしり取って叫んで。長時間は話せないけど、ないよりましだろう?」
「えっ、電話みたいです。すごい!」
「機能最低限の
「はい」
リレイさん、魔法アイテムも作ったり解析できるのはすごい。ご本人の羽根から作ってくれた貴重品だから大切に扱わないと……と考えて、シャツの胸ポケットに留めてみた。ピンブローチみたいで格好いいし、すぐ手が届くし、見える位置なら失くしにくいだろう。
銀君とお別れのハグをして、僕らはお城のバルコニーから出発することになった。なんと噂に聞くリレイさんの狼姿に乗せられて!
「わぁ大きい! 翼も大きいし、尻尾がすごく長い!」
「狼っていうか天狼だから、形状はジャッカルに近いと思うよ。はしゃぐのはいいけど、僕はハーネスも手綱もつけるつもりはないから。落ちないようしっかり掴まってなよ?」
「はい! わかりました!」
口に出すのはあまり良くないだろうから言わないけど、銀君がもふもふだったのに対しリレイさんの毛並みはさらさらで滑らかだ。魔狼よりいくらか毛足が長いように思える。確かに狼よりスマートな体型で、耳も大きく尻尾がとても長かった。
全身があざやかな青色でお城ではよく目立つけど、飛べば晴天にまぎれそうだ。背中の翼は鳥に似た形で大きく、全体の大きさは魔狼姿の銀君より一回り以上大きい気がする。
体高があるぶん乗るのに手間取ったけど、ルスランさんに手伝ってもらいながら何とか背中に収まった。大きくて広いから思っていた以上に乗りやすい。
「りれしゃん、よろしくですにゃ」
「はーい。彼女以外の誰も乗せたくないのが本音だけど、今回は特別ね」
「ありがとうございます! 助かります」
これまで銀君に乗せられてきた慣れもあるのか、怖くはなかった。首周りの少し厚みある毛皮を掴ませてもらえば、僕の前にイーシィが上手に収まる。誰も突っ込まないけど、クジラのぬいぐるみも一緒だ。
本当は置いて行ったほうが安全だというのは、イーシィ自身もわかっているはず。それでも彼女はどうしても、手放すことができないんだと思う。リレイさんも駄目とは言わなかったので、飛行に差し障るほどは邪魔にならないんじゃないかな。
「じゃ、飛ぶよ。しっかり掴まってて」
声がけと同時に翼が大きく動き、羽ばたきによって風が渦を巻いた。思わず毛皮にぎゅっとしがみつく。
思えば銀君はいつも地上すれすれを飛んでくれたけど、これからはそうもいかない。落ちたら死ぬ――ことはないとしても、相当痛いはずだ。気を引き締めて、行かないと。
心に決意を固めたタイミングでリレイさんが動いた。翼を羽ばたかせながら滑るようにバルコニーを駆け、勢いよく空へと飛び出す。お腹の底に響く浮遊感、視界が傾き原色の青が広がる。雲ひとつない快晴へ溶け込むように青色の狼が翼を大きく広げて飛んでいた。
「す、ご」
「うにゃーぁ! 高いですにゃ! お空が海みたいに真っ青ですにゃ!」
恐ろしいほどの青さに圧倒されて言葉が出ない僕と、クジラを叩きながらエキサイトするイーシィ。飛行初心者ふたりを背中に乗せて、リレイさんは余裕の飛行を続けている。
「飛んでる間にうっかり落ちたら大変だから、風魔力でシールドを張っておくよ。落下速度を緩める程度だけど、この高さなら墜落する前に拾ってあげられるし」
「あっ、そうなんですね……ありがとうございます! そういえば風圧も緩和されてる!」
飛翔の瞬間は強い風が顔に当たって髪や服が吹き飛ばされそうだったけど、今はそれほどでもない。自転車でも全力疾走すれば(体力のない僕の全力でさえ)息がしにくくなるわけで、時速いくらかわからないけど本来なら風圧で目を開けることすら難しいだろう。
これなら会話だって問題なくできそうだ。
リレイさんの長い耳がいきものらしく動く。狼になっても変わらず聞き取りやすい声で、ふふんと笑ったのが聞こえた。なんか、得意げだ。
「それくらいは、飛ぶ者の
「さすがに、寝たら落ちると思います……」
「僕は景色眺めてますにゃん」
それなら僕も、とイーシィに乗っかる感じで言いかけたものの、目に映る光景はどこもかしこも白い砂漠と瓦礫だってことを思い出す。
リレイさんはそれ以上何も言わなかったけど、世界崩壊後にはじめて旅をするイーシィを心配してくれたのかな。
龍都の古書店から外へ出たことがなくても、イーシィは、知らなくはないはずだ。立ち寄る人の話に耳を傾けそれを記憶するということは、様々な人の悲しみや苦悩を受け取るということだから。
きっとイーシィは、今まで聞いてきた話を自分の目で確かめたいのだと思う。ただの物語としてではなく本当に起きた現実として、記憶したいのだと思う。
そんな彼女にどんな言葉をかけるのがいいのか、経験不足でわからない僕だけど。
「無理はしないでね、しぃにゃん」
心配していることだけは伝えておきたくて、僕は腕の間に収まるふわふわの体をそっと抱きしめた。
僕の腕に触れるイーシィの爪が、軽く食い込んでくるのを感じながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます