第七章 神々の遺物、砂漠の遺構
[7-1]神威の切札、手さぐりの信頼
旅支度といっても、僕の持ち物は今着ている服とスマートフォンのみ。イーシィも着替えとか必要ないし、最低限必要なものはクジラの中に入っているらしい。
――って、それぬいぐるみポーチだったの?
中身がどうなっているか気になるけど、女の子にポーチの中身を聞くわけにはいかないので、僕は好奇心を封印した。古書店の鍵は銀君に渡して後のことを頼む。
当面の目的は真白さんに会うこと、銀君が龍都にいると伝えて一緒に来てもらうこと。その流れのどこかで、幻魔法による修復を試せたらと思う。
銀君とイーシィと僕で一連の流れをひそひそ確認し合っている間に、リレイさんとルスランさんが戻ってきた。リレイさんは部屋に入るなりまっすぐ近づいてきて、手に持っていた物を僕のほうへ差し出し言った。
「恒夜君、これを見てくれる?」
長い指に挟まれた、黒、赤、緑、三枚のカード。トランプより心持ち大きくて、トレーディングカードを連想するホログラム加工がされている。これがさっき話していた『切札』なんだろうか。
はい、と応じて受け取り眺めてみる。角を丸く加工してある金属っぽいカードには、日本語のテキストとシルエットのイラストが描かれていた。
黒いカードは『稲妻』、西洋風の城に斜めの雷撃。赤いカードは『火焔』、城壁を取り巻く炎。緑のカードは『浄化』、楓の葉と雫。ひっくり返した裏面(表面?)には、天球儀の間に入るとき目にした竜の意匠が箔押ししてある。
「魔法カード、ですか?」
「これは神
え、どういうこと?
意味がわからなくてぽかんと口が開く。見守っていたらしいルスランさんが、補足してくれた。
「以前は月に一枚、神使様が効果を選べる
「そんなこと、できるんですか」
それってプログラム改変……いわゆるチートってやつ?
いやでもここはもうゲーム世界ではないから、魔法技術とかの分野になるのかな。どちらにしても、リレイさんはそういう知識を持ってるってことだよね。
思考が表情に表れてしまったのか、リレイさんは僕の顔をじっと凝視したあと、ふっと笑った。いかにも悪役が失笑する時のような表情にどきりとする。
「君、たびたび僕を疑ってるようだけど、何のことはないよ。旅の途中でたまたま稲妻カードの暴走に出くわして、それを解析して構文を知っただけだから。僕が破壊神側だとか物語めいた面白いオチは、何もないから」
「いえ、あの、すみません……」
少し縮まったと思った距離が急に開いた気がして、心に隙間風が吹いた。無理に頼んだ護衛の話を快諾してもらえたのに、失礼な態度を取ってしまった。僕はやっぱりまだまだ、今のケイオスワールドを知らなすぎる。
いた
「切札カードって暴走するの?」
「呪い竜が暴走するほど
「りれしゃん、そゆ不確かな危険物をこーにゃんで試さないでくださいですにゃ」
「あー……うん、そうだね、今のは意地悪な言い方だった。それまだ有効化まではできてないんだよ。だから、持ってても危険はないよ」
銀君とイーシィがそれぞれ尋ねる疑問に、リレイさんは淡々と答えている。時々皮肉めいた話し方になるのはただの癖で、他意はない……のだろうか。僕は、彼に、本当に嫌われてないんだろうか。
すぐ隣、斜め上にある銀君の目が、僕を見た。イーシィのクジラが、僕のふくらはぎをぽすぽすと叩く。あぁ――そっか。ふたりは、それてしまった僕の思考と話の流れを軌道修正してくれたんだ。
「有効化って、どうすればいいんですか?」
思い切って尋ねてみたけれど、心臓が止まってるなんてやっぱり信じられない。全身の血液が逆流するような緊張感とか、内側から飛び出しそうなくらいの動悸とか、これが全部錯覚だなんて。
リレイさんの青い目に見られれば、息すら止まりそうに思える。
「おそらく、君が施設を修復したのと同じ方法でいけると予想してるよ。万が一暴走しても危険はない『緑の浄化』で試してみたら? 上手く有効化できれば、君の切札になるんじゃないかな」
えっと上げそうになった声を飲み込んだ。リレイさんが切札カードを作ってくれたのは、魔法を習得できない僕でも自衛ができるようにということなのかな。
手の中にある三枚のカードをじっくり見てみる。風樹の里の神殿で映写機をアップデートした時、レスター先生は、神使様もそうやっていたと話していた。カードの有効化も、エディターボードからアクセスすることで実現可能かもしれない。
黒、赤、緑。三枚を揃えて、胸ポケットへ入れた。ここならボタンが付いているのでうっかり落とすことはないはず。あとで、クォームか技術担当さんに相談してみよう。
「ありがとうございます、リレイさん。あとで、試してみます」
「こーにゃん、試すならいま試すのがいいですにゃ。
「僕もそれは思ったけど、こーやんまだやり方わかってないだろうし、リレイさんなら止められるんでしょ。だから大丈夫だと思うな」
心配そうなイーシィとは対照的に、銀君はあまり心配していないようだ。ちらっとリレイさんをうかがってみれば、彼は腕を組んで小さくため息をついてから答えてくれた。
「もちろん、万が一にも暴走することがあれば、僕が責任をもって効果を『
「何だかすみません。でも、頼りにしてます。よろしくお願いします」
これだけ気を回してくれているリレイさんに、あれこれ勘繰るような態度は失礼だよね、反省しないと。
しばらくの間とはいえ一緒に旅をするのだから、僕も信頼してもらえるよう誠実な言動を心がけよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます