[6-9]護衛の依頼、新たな道ゆき


 意気込んだ僕が話しだす前にルスランさんが、立ち話は落ち着かないでしょうと言って奥の休憩スペースへ案内してくれた。

 白い丸テーブルを囲むようにパイプ椅子が三つ置かれている。僕とリレイさん、そしてイーシィに椅子を勧めてから、ルスランさんは温室の見回りに行ってしまった。話しやすいよう席を外してくれたのかもしれない。


 テーブルを挟んでリレイさんと向かい合う。緊張で指が震えてきたので、ぐっと拳を握って太腿の上に揃えて置く。

 真正面から見る彼は、さっきよりだいぶ自然体になった気がする。面倒くさそうに目を細めているけど、作り笑いっぽさはなくなっていた。


「あの、出発前でお忙しいところをありがとうございます。無理言ってすみません」

「そんな気を遣わなくっていいよ。結界の外ではガミガミ言ってごめん。君が、イーシィにゃんの待ち人だったとは思わなかったから」

「え、いえ、そんな……」

「りれしゃん、反省はんせーしてるなら許してあげますにゃん」


 まさか謝られるとは思わずしどろもどろになる僕の代わりに、イーシィが前足でテシテシとテーブルを叩いて言った。その動作が可愛すぎて、思わず笑ってしまう。


「約束、果たしたくて。戻ってこれて良かったです」

「なるほどね、約束してたのか。旅に誘っても乗ってこないから、何か理由があるんだろうとは思ってたけど」

「そうなんですか!?」


 想像以上にリレイさんはイーシィのことを気にかけてくれていたんだ。隣を見れば、サファイアブルーの目が得意げにきらめいて僕を見た。


「こーにゃんが戻るまで、ぼくがお店を守るって思てたのですにゃ」

「神威が絶えた世界でことわりを超越し、待ち続ける想いびとの元へ帰りきたる――まんだね。せっかくだから僕がいい感じに脚色して、可愛らしい恋愛譚にして広めてあげるよふふふ」

「それいいですにゃん」

「えーっ!?」


 なんだか楽しそうに笑い出したんですけどこの人! そもそも恋愛ジャンル向けではないし、リレイさんは僕の旅についてはほとんど知らないだろうから、脚色どころか完全に創作ですよね!?

 なぜかイーシィまで楽しそうにクジラを叩き始めたんだけど、女子は恋愛モノ好きってこういうことなのかな……。

 リレイさんの態度が軟化したのはイーシィが僕のことを好意的に伝えてくれたから、というのはあるとして、面白いネタとしてロックオンされただけかもしれない。僕は彼のことをまだあまり知らないので、だんも良くないとは思うけど。


「とまぁ、それは置いといて。失礼は謝るけど、それとこれとは別だから。前にも言ったように、僕には子供のお守りをしてる暇はないんだ。まもりたい相手がいるし、これ以上お荷物を増やして彼女に負担をかけたくない。ここの国王は人脈が広いから、護衛になりそうな人物くらい紹介してもらえるよ」

「……っはい、そうなんですね」


 まるで見透かしていたかのような先回りをされて、僕は言葉に詰まった。確か前にも彼女さんのことを口にしていたし、リレイさんが一番大切にしていて最優先したいのは彼女さんなんだろうな。

 護衛の件、リレイさんに頼むのは難しいかもしれない。でも、浅葱様が黄昏竜に対抗できる人として挙げたのがリレイさんだから、他の人というのは難しそうな気がする。

 どうしよう、とうつむいて考えていると、隣からかすかな音がした。イーシィがテーブルに爪を立てたらしい。


「りれしゃん、ずっと護衛しなくてもいいですにゃん。真白しゃんのとこへ連れてってくださいにゃ」

「え、真白シロ? 恒夜くん、あの子とも顔見知りなわけ?」


 びっくりしたような反応に共感を覚えて、ふさいでいた心が少し晴れてゆく。顔をあげたら、リレイさんの青空みたいな目が観察するようにこちらを見ていた。


「直接の知り合いではないんですけど、真白さんは銀郎君のお姉さんなんです。銀君もずっと捜してるんですが、なかなか行方が掴めないみたいで」

「あー……なるほどね」


 意味深に視線をさまよわせるリレイさんを様子に、銀君が「自分は避けられている」と話していたことを思い出す。でもここで余計なことを言ってこじらせてもいけないし、知らないふりをして話を続けるのが良さそうだ。


「りれしゃん、真白しゃんの行方さがせますかにゃ?」

「さがせなくはないけど、あの子めちゃくちゃ動くんだよ。星クジラの機動力って飛行船レベルだから困る。でもそうだね、イーシィにゃんと恒夜くんならにちょうどいいかもしれないな」

「えぇ、そんなに……?」


 イーシィが援護してくれたお陰で上手く話がまとまりそうかも。星クジラのスペックにも驚いたけど、リレイさんが意外な表情をするものだから、僕は心がそわそわしてきた。

 ややまぶたを伏せた憂いを帯びた表情で、指先を口元に添えて。綺麗な人だから仕草がすごく絵になるのだけど、本気で心配しているのもわかった。銀君はリレイさんが真白さんの師匠みたいな関係と言ってたっけ。でもこうしていざ話をしてみると、兄妹とか家族の距離感のようにも思える。

 銀君も真白さんの血縁ではないらしいし、リレイさんとしても銀君への複雑な思いがあったりするのかな。いや、余計な勘繰りはやめておこう。


「元々、魔獣と契約するのは戦闘補助のためだからね。君も戦えないなら、魔獣と契約しておけばいい護衛になっただろうに」


 幸いにして僕の雑念がリレイさんに伝わることはなく、彼は律儀にもさっきの話を補足してくれた。僕の知識は世界の外側、プレイヤーとしてのものだから、内側の視点では知らないことだらけだ。

 以前の僕ならもう少しケイオスワールドの情報に通じていたんだろうけど、残念ながら今その記憶はない。世界を正しく修復するため、僕にはもっともっと知るべきことがある。

 イーシィとの約束を頼りに僕はここへ辿り着いた。銀君にはこの世界の歩き方と人の温かさを教えてもらった。

 きっとリレイさんから学べることも沢山あるんじゃないのかな。


「リレイさんって本当に物知りですよね……」

「僕は歌うたいだから知りたがりなんだよ。何なら手頃な契約魔獣を紹介してあげるけど」

「神様がいないと新たな契約ってできないのでは?」

「そうだね。向こうが君を気に入らなければ襲われるかも」


 契約魔獣、ちょっと心惹かれたけど僕には無理かも。来たばかりの頃にハイエナに襲われた恐怖がぶり返して、心が震えてしまう。


「猛獣に襲われるのは嫌です……泣いちゃいそう」


 涙目になった僕をリレイさんは真顔で見返して、それから少し寂しそうに笑った。その表情はやっぱり意味深で気になったけど、臆病な僕はなんだか話の詳細を聞きそびれてしまったのだった。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る