[6-10]勇気もらって、未来のために


 期間限定だけれど一応話がまとまったので、リレイさんの荷造りが終わったら、報告のため応接室へ戻ることにした。

 ルスランさんは僕らのなごやかな様子を見て安心したように表情をほころばせたけど、あれこれ聞いてくることはなかった。対応が大人だ。


 医薬品と薬草の種を数種類、化学肥料らしき包みがいくつか。それらを丈夫そうな革製の大袋に詰め込んだら、荷造りは完了らしい。リレイさんも驚くほど軽装だけど、そういえばおばけだって言ってたもんね……。

 小学校でアサガオを育てたことしかない僕も、植物には適切な土とたっぷりの水と肥料が必要なことは知っている。風樹の里でもみんなで協力して畑に水や卵の殻をまいて、世話をしていたっけ。

 神授の施療院は地下がシェルターだし今は水が十分に使えるので、まず地下で薬草を育ててみるんだって。上手くいけば、風樹の里でも育てられるかもしれない。神殿の空調と水回りも修復が済んでいるから、環境としては悪くないんじゃないかな。


「君は薄情だよ。恒夜はこんなに頑張っているんだから、ずっと護衛してあげたらいいじゃないか」

「無茶言わないでくれる? 僕は戦闘能力皆無なんだってば」

「呪い竜を瞬殺する技量レベルなのにね」

「魔法だと過剰防衛になるんだよ。猛獣にしても魔獣にしても、僕はできるだけ殺したくないの」


 応接室に来たリレイさんは王様と話している。一瞬だけものげな表情を見せたものの、顔を上げて僕を見たときにはもう差していたかげりは消え失せていた。


「恒夜君は魔法適性に優れてるようだけど、使えないんだっけ?」

「はい。今の身体では技能の習得や成長は望めないって言われて……」

「おばけなら、まぁそうだよね」


 すごくあっさり納得された、ということはリレイさんも同じなんだろうか。生前は吟遊詩人で医者だったそうだし、魔法特化なのも頷ける。

 魔狼になれる銀君も格闘は得意じゃないと言ってたので、猛獣に変身できても戦闘スキルが身につくわけじゃないんだね。


大丈夫だいじょぶですにゃん。ぼくがこーにゃんを守りますにゃ!」

「えっ、それはちょっと」


 後脚立ちになったイーシィが鋭い爪をきらめかせて宣言したので僕は慌てた。そうか、雪豹は生粋きっすいの猛獣だから格闘適正が――てことはもしかしなくても僕より強いってこと!? 気づかなければよかった!

 動揺する僕をリレイさんは目を細めて見ていたけれど、ふと何か思いついたようにぽんと手を打って、王様のほうを振り向いた。


「浅葱さん、試してみたいことがあるんだけど『切札』のブランクカード余ってない?」

「私はあくしていないね。どうだったかな、ルス」

「もう使い道もないですし、余っていますが……。それで何をなさるつもりですか?」


 ルスランさんからいぶかるような目を向けられ、僕も含めたこの場の全員に注目されても、リレイさんは平然としていた。青いつり目が僕を見て、深みを増しきらめく。


「恒夜君から感じるかなり濃い独特の魔力、しん使の扱う力に似ている気がしてね。もしかしたら、切札を有効化できるんじゃないかと」

「言われてみれば確かに。でも、有効化できたところで切札は破城兵器だよ。戦争以外に使い道はないよ」

「だから、空白ブランクカードなんだって」


 そういえばレスター先生も、映写機をアップデートした時に「神使様のよう」と言っていたっけ。クォームから預けられた魔力がそうなんだろうか。でも、黄昏竜は「星の竜に似ている」と言っていたような。

 会って話すだけで魔力の違いがわかるものなんだね。リレイさん、相変わらず言葉の端々にシステムを理解しているような言及が見受けられるけど、浅葱様やルスランさんも違和感なく受け答えしているしどういうことなんだろう。

 余計な口出しをして藪蛇やぶへびになるといけないので黙って見ていたら、銀君が隣にやってきた。


「こーやんありがとね。古書店の店番は任せておいて」

「うん……でも銀君も行きたいんじゃない? 僕としいにゃんからも頼んでみようか」

「んー、僕は七竜と戦えるほど強くないし、リレイさんの負担を増やしちゃうから、大人しく待ってるよ。イーシィにゃんがいるから大丈夫だとは思うけど、こーやんは我慢しすぎずちゃんと食べて休んでちゃんと泣くんだぞ?」


 冗談めかした明るい口調、なのに銀君の声が優しすぎて、一気に視界が潤んだ。日本にいた時は人前で泣くことなんかまずなかったのに、ここに来て、何度銀君の胸を借りて泣いたことか……。


「うん、大丈夫、がんばる」

「こーやんは十分頑張ってるって! 心配ないよ、姉ちゃなら協力してくれるからさ」

「うん」


 頭をぽんぽんと撫でられてますます泣きそうになるのを、何とかこらえて笑って見せる。ぎこちなくて変顔になった気もするけど、待たせる側に心配をかけたくないから。


「お任せくだしゃいにゃ。こーにゃんが無理しないよに僕が見てますにゃん」

「おおっ、イーシィにゃん頼もしいな! こーやんのことよろしく頼んだよ!」

「はいですにゃん!」


 盛り上がっている二人につっこみたいけど、声は涙に圧迫されて出てこない。最初のピンチからここまでずっと銀君に助けられっぱなしで、自覚以上に頼ってたんだと思う。ずっとではないとしても、ここでお別れだと実感したら無性に寂しくなった。

 リレイさんは予想していたより親切だったし、これからはイーシィも一緒だ。お父さんにも本当のことを話せるようになって、時々なら電話もできる。最初の時より頼れる相手とできることが格段に増えたのに、銀君と一緒に行けないことでこんなに不安になるなんて。


「銀君……僕、上手くやれるか自信なくなってきた……」

「なんで!? こーやんなら絶対に上手くやれるって! 今までだって、ちゃんとやって来れたんだから」


 不安が口からこぼれ落ちて、視界がゆるむ。今までちゃんとやってこれたのは、銀君が助けてくれたからだよ。僕一人だったら、きっと何もかも失敗していたに違いなくって。

 不意に、ぐいと抱き寄せられた。一瞬のうちに僕の頭は銀君の腕に抱え込まれていた。

 額に感じる体温と、規則正しい鼓動の音。僕は心臓が動いてなくて、何をされてもダメージを負わないおばけ仕様だけど、銀君は――銀君だけでなくイーシィもルスランさんも、街で会った人たちも。あの大崩壊を生き延びて、ここで、生きているんだ。


 ここはもう、虚構ゲームの世界じゃない。

 世界の機構にかつての名残があるとしても、ここには現実に生きている人たち……未来をあきらめず土を耕し、日々を営み、誰かとつながって困難乗り越えようとしている人々が、いる。

 僕が頑張れば、皆の前により良い未来が開けるんだ――そう考えたら、力が戻って来た気がした。


「ありがと、銀君。もう、大丈夫」

「落ち着いた?」

「うん。銀君の心音聞いてたら元気が出た」


 言った後で顔を上げたら、銀君がぽかんと口を開けて僕を見ていた。あれ、僕、何か変なこと――、


「うみゃー、二人で仲良しさんずるいですにゃ! ぼくも混ざりたいですにゃーん!」

「ごめんごめんイーシィにゃん、こーやんてば時々距離感バグるから!」

「わーっ、変な意味じゃないよ! だって、さっき心臓の話したばっかりだったし!」

「うん? 何の話?」


 気づけば、王様もルスランさんもリレイさんも応接室にはいなかった。何か試してみたいと話していたから、場所を移動したのかも。

 僕の足に爪を立ててよじ登りそうな剣幕のイーシィをなだめながら抱き上げ、言い訳ついでにさっき判明したおばけ体質について銀君にも打ち明けた。銀君は目を丸くしながら黙って最後まで話を聞いたあと、一言付け加えたのだった。


 実は僕それ、最初っから気づいてたんだよね――と。



 

 第六章 終

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