[6-8]過去の大戦、未練のはての


 ――そういえば。

 お父さんに事情がバレたことですっかり失念していたけれど、僕はイーシィからリレイさんの過去について聞いていたんだった。


 世界革命大戦では大半の国家が落城したと聞いている。CWFけいふぁんにおいて国家はコミュニティーの基本単位になるのだけど、落城によって強制的に国王や内政官が変わり、国家方針が変われば、以前のつながりや雰囲気が失われることも多いという。

 そういう変化を受け入れられず国を出た人や、心機一転のつもりでキャラを作り直す――生まれ変わりを選んだ人も、その時期は特に多かったと聞くけど。リレイさんが落城のあとどうしたかは、聞きそびれたままだ。


 そっか、あの話は重要な伏線だったのか。あの後、ごはんを食べた時にでもちゃんと聞いておけばよかった……!

 ケイオスワールドにも『生まれ変わり』の概念がいねんは引き継がれたようだけど、リレイさんがいう『おばけ』って、そのことではない、よね?

 言葉から連想するのは生前の未練を果たすため現世にとどまる幽霊――そういう意味では確かに、僕はおばけと言えるかもしれない、けど。

 

「こーにゃんはオバケじゃないですにゃ。ちゃんと一緒にごはん食べましたにゃん」

「そうなの? 彼、心臓は動いてないっぽいけど」


 ぼうぜんとする僕の代わりにリレイさんへ言い返したイーシィへの返しは、強烈だった。一瞬で場の空気が凍りつき、皆の目が一斉に僕を見る。

 思わず僕は自分の胸に手を当て、心臓が止まっていることに更なるショックを受けた。確かに、動いてなかった。


「え、えぇぇ……本当だ」

「人の感覚は精神に引っ張られるからね。肉体の機能を失っても、生身と同じ感覚があるのはそんなに不思議じゃないよ。無自覚ならなおさら、さ」


 がく然とした心に淡白で綺麗な声がみてゆき、それで少し冷静さが戻ってくる。思えば、今さらだった。僕が受けた加護はの呪いだし、現実この体の機能はまっている。消化器官が働いていないなら心臓だって動いているはずなかった。


「大丈夫ですよ恒夜さん。浅葱様も心臓は動いていませんがちゃんと生きていますから」

「雑なフォローするのやめてあげなよ、あのひとは一度も死んでないでしょ。僕や彼と違って、元々心臓がないんだからさ」

「ふたりとも、勝手なこと言ってないでくださいですにゃ!」


 当事者の僕をよそにしてヒートアップする狼さん二人の上に、イーシィの雷が落ちた。どちらもぴたりと口をつぐみ、それから小声で「ごめん」「すみません」と謝っている。

 何を言っていいかわからなくて口を挟めなかったけど、重要そうな情報が飛びかっているのが気になって仕方ない。


「浅葱様……というか神竜族の方って、心臓がないんですか? あと、もしかしてリレイさん、おばけなんですか? さっきの解説、なんかすごくお医者さんっぽかったです」


 まとまらない思考のまま浮かんだ言葉をそのまま口にしたら、ルスランさんとリレイさんそれぞれにしげしげと見られた。リレイさんがルスランさんをいちべつして、口を開く。


「神竜族だけでもないけどね。知っての通り、世界にはいろんな種族がいるから。一応、質問の答えとしては、神竜族が持つのは心臓ではなく竜核で、全身の魔力回路に魔力を送り出して生命を維持してるよ。竜種は鉱物に近く、天使は大気に近い存在だね。呪い竜も呪物とは言えベースが竜種だから、地中から生じるし天の魔法に弱いってわけ」

「光と闇、ではなく、天と地、なんですか?」

「そういうこと。と言っても魔法体系なんて以前の神様が都合よく決めたものだから、この先どうなっていくかわからないけど。……それで」


 気づけば、難解な説明なのについ聞き入っていた。リレイさんの声や話し方って魅了の効果があるんじゃないのかな。いつの間にか会話のリードも握られてるし。

 どうしよう、と思いながら続きを待っていると、リレイさんは口元に笑みをきながらも笑ってはいない目を向けてくる。


「お察しの通り、天使で医者だった頃の僕は、れきに潰されて落命してる。当時の僕が抱えていた未練と風魔力、あとは何だかわからない運命のいたずらで、今の僕は翼のある青い巨狼さ。風樹の里でも聞いたんだろ?」


 はいともいいえとも答えかねて、僕は鋭い視線から逃れようと目をそらしていた。彼が天使の姿ながらエンジェルリングを持たないことにそういう理由があったなんて。

 視界の端ではイーシィとルスランさんが困惑した顔で僕らを見ている。ふたりも、リレイさんの過去についてここまでのことは知らなかったんだろう。


 ――あ、でも。リレイさんは、リセットを望みながらも捨てられなかった人なんだ。彼の未練が壊された国への想いだったのか、特定の誰かに対するものだったのかはわからないけど、きっと死んでも手放せないほど大切な何かがあったんだ。

 そう思ったら急に親近感が湧いて、もつれていた言葉がほどけていく気がした。意を決して視線を戻し、お腹に力を込めて声を押し出す。動いていないはずの心臓がどくどくと煩いけど、これは気のせいだから気にしちゃいけない。


「風樹の里にいたのは短期間だったので、詳しい話は聞いてないです。でも、話してみて皆がリレイさんを頼りにする理由がよくわかりました。博識でお話の引き出しも多いし、翼のある狼って強そうだし、魔法も得意なんですよね」


 どこかかくするようだった微笑みが一瞬で消え、綺麗な相貌そうぼうに困惑の色が浮かぶ。

 あれ、もしかしてこの人って、めに弱かったりする?


「だから、持ち上げるのやめてくれる? 言っておくけど僕、対竜特化なだけで戦闘能力はかいだからね。グリフォンのほうが断然強いよ」

「対竜特化ならいっそう頼もしいです。僕、リレイさんにお願いがあって来たんです!」


 気づけば会話の流れが戻っていた。また話をらされてしまわないようにと思わず声を張り上げたら、リレイさんは青い目を瞬かせ小さくため息をついた。


「まぁ――いいよ、話を聞くくらいなら。聞いたから引き受けるなんて思わないで欲しいけどね、それでもいいなら話くらいは聞いてあげるよ」


 過剰なほどに念押しするのは、何に対する予防線なんだろう。視界の端っこで、ルスランさんとイーシィが視線を交わし合っているのが見えた。




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