[6-7]地下研究所、天使の事情
それとは逆にルスランさんは、早朝と深夜の決まった時間に現れる。中の人は会社員だったんじゃないかな。真面目できっちりした性格、ややフランクな敬語調で、几帳面だけれど厳しさはなく、初心者プレイヤーにも親切で。
当時の僕はどちらとも深い関わりはなかったけど、ふたりのやり取りを目の前で見ていると以前を思い出して懐かしくなるから不思議だ。謁見前の緊張が嘘のように、今はリラックスした気持ちで面談できている。
「よし! 私が彼を呼んできてあげよう」
「いいえ、浅葱様は恒夜さんと一緒に待っていてください。私が呼んで参りますので」
「ルスでは逃げられてしまうよ!」
腰を浮かせ尻尾で床を叩く王様を、ルスランさんが押し留める。おふたりとリレイさんの関係性を把握していない僕は、どうすればいいかわからず銀君とイーシィを見た。
銀君の表情はおそらく今の僕とほぼ一緒だと思うのだけど、イーシィはサファイアブルーの目を瞬かせ、太い尻尾をしなやかに揺らした。
「ルスしゃま、ぼくも一緒に行きますにゃん」
「いえ、ご足労をおかけするわけには」
「大丈夫ですにゃん。りれしゃんとはつきあい長いのですにゃ」
「僕も、行きます」
察するに、ここへ呼ぶというだけでも難度が高いのかもしれない。むしろ頼みたいことがあるのは僕なのだから、僕から出向くのが筋なのでは。
皆の目が僕に集中し、それからルスランさんが苦笑して言った。
「確かに、変に
「むぅ」
「僕も、ここで王様と一緒に待ってるね」
浅葱様は不満そうだけど、納得してくれたみたいだ。銀君も気を遣ってくれたので、僕は頷いてイーシィに目配せする。
「ありがとう銀君。僕、頑張ってみるよ。しぃにゃん、抱っこしようか?」
「こーにゃんしんどそーですにゃん、ぼく歩きますにゃ。クジラしゃんだけ預かてくださいにゃん」
「……はい」
やっぱり、見栄を張っていたのも全部ばれていた。情けないけど、ぐうの音も出ない事実なので、僕は素直にイーシィのクジラを預かる。片時も手離さないクジラを託されたのだから責任は重大だ。気を引き締めないと。
応接室を出、ルスランさんに案内されてリレイさんがいるというエリア――地下へと向かった。歩きながら地下施設について説明を聞く。
「戦争で城や地上の施設が破壊された場合でも速やかに復興ができるよう、城の地下エリアには種子バンクを兼ねた研究所が設けられておりまして。浅葱様も植物やいきものを観察したり、研究したりするのがお好きでしたので、趣味と実益を兼ねてというほうが正確かもしれませんが、どちらにしてもそのお陰で、貴重な薬草類は保全できたのですよ」
「そうだったんですか。龍都が一大農業国なのは知っていましたけど、それははじめて知りました。すごいですね」
「お薬があるとないとでは、ぜんぜん違ってきますにゃん」
僕は、すごい、って感想しか出てこなかったけど、イーシィは神妙な表情でうんうんと頷いていた。そうだよね、人が生きる上で必要なのは水や食糧だけではないもの。最初に訪れた神授の施療院でも、隠れ住んでいた兄弟は地下シェルターに備蓄してあった医薬品を使って生き延びることができたのだから。
リレイさんが竜嫌いを押してまで龍都に来ていたのは、薬品類だけでなく材料となる薬草の種も譲ってもらうためだったのかな。風樹の里で子供たちが口々に「狼さん狼さん」と話題にしていたことも思い出し、その想像で胸がほっこり温かくなった。
「天魔法が使えて、医療の知識もあって、リレイさんって頼もしいですね」
彼が施療院を中心に復興を進めてくれたら、風樹の里にいるみんなも助かるだろう。そんな想いを込めて言ったのに、なぜかイーシィとルスランさんは微妙な表情で顔を見合わせている。えぇ、なにその反応どういう意味なの……。
気になったけど聞き出す時間はなく、目的の場所へ到着する。パスワードを入れて扉を開けてから、ルスランさんは中に向かって声を掛けた。
「リレイさん、まだいらっしゃいますか?」
緊張感張り詰める一瞬の後、覚えのある声が聞こえた。息と一緒に緊張を飲み込み、僕はルスランさんの隣へ進み出る。途端、扉の向こうからぬるく湿った空気と青臭い香りが押し寄せてきた。田舎の家にあったビニールハウスを思い出す。
ルスランさんの
広い通路の両側には腰の高さほどの棚があって、様々な植物の鉢植えが並べられている。結構広く造ってあるらしく、奥のほうには温室らしきものも見えた。ぐるり見回しても姿が見えなかったので、思い切って声を掛けてみる。
「こんにちは、リレイさん。恒夜です。突然ですが、お願いしたいことがあってお訪ねしました」
銀君やイーシィはリレイさんが僕を嫌ってないと言ってくれたけど、自信はない。今も変わらず竜属性だし、言えない秘密を抱えてもいる。僕自身、彼がどんな情報を握っているのか知らないままなので、警戒心を忘れてはいけない。
ややあって、通路の途中から白翼を背負った人物がひょいと姿を現した。ハニーブラウンの髪、すらりとした立ち姿――リレイさんだ!
彼はこちらを見て一瞬動きを止めてから、硬い足音を響かせ近づいてきた。地下でも室内は明るく、至近距離なら表情もよく見える。僕を見る目は初対面の不機嫌そうな感じではなくて、どちらかと言えば驚いているような。
「君ってもしかして、古書店主の? そっか、なるほど! 君も、おばけなんだね」
「……え? はい?」
何のことやら意味がわからず混乱する僕に、リレイさんは意外にも天使らしい綺麗な笑顔を向けてくれたのだった。
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