[6-6]世界の中枢、神様の役割


 クォームから使命を聞かされた時、僕が真っ先に思い浮かべたのはあさ様だった。神竜族で、七竜の一柱に数えられるほど強い力を持ち、王になれる能力と人脈がある方。

 でも、僕自身は「神様になる」という意味をよく理解していなかったようだ。


「あ、ありがとうございます! えっ……と、すごく嬉しいです! このこと、向こうの神様に報告してもいいですか?」

「もちろん構わないけれど、今すぐ継承とはいかないだろうよ。まずは中央聖堂かそれに準ずる施設を再建し、機構システムを回復させる必要があるからね。しかし、中央聖堂という名前を引き継ぐのはなんだかしゃくだな。『別館・そらの聖域』にしようかな?」

「え、えぇっ!?」


 クォームの指示を仰ごうとした矢先に浅葱様が楽しげに展望を語り出したので、僕はびっくりした。

 あぁ――でもそっか、以前の神様うんえいが拠点にしていた中央聖堂に世界を維持管理するシステムが備わっていた、ってことなのか。ケイオスワールドの神様って宗教的な存在というより管理者だもんね。

 隣で話を聞いていたルスランさんが難しい表情で顔をあげ、口を開く。


「世界の中枢に別館などと名づけるのはどうかと思いますが。それに、中央聖堂は完全に破壊されて復興のしようがありませんよ。……恒夜さん、あなたを遣わした『神様』は世界の中枢機構を修復する能力をお持ちなのでしょうか。失礼な物言いになりますが、我々の世界が壊れかけであるのに目をつけて、自分のものにしようと企んでいる可能性は?」

「修復については一応、目処をつけています。企みについては……ないと思います。彼は、新しい神様の意向を尊重するって話してましたし」


 クォームがこの世界を狙ってるだなんて、考えてもみなかった。まだ来れない、来れるようになるかは新たな神様の意向次第、という話をしたんだっけ。

 僕は彼のことをまだ良く知らないけど、彼は世界を手に入れることには興味がないように思える。だって広範囲多人数の記憶を操作できるのに、神話でも宗教でもクォームなんて名前を見たことも聞いたこともないもの。

 とは言っても僕がそれを証明できるわけでもない。ルスランさんは軍人なだけあって、いろんな可能性を想定し対処を考えるんだろうな。やっぱりクォームに直接話してもらうのが一番だったかな。


「まぁまぁ、ルス。向こうがそういうつもりなら、わざわざ我々に知らせることもないだろうよ。きっと恒夜の健気な可愛さにほだされたんだよ。竜といういきものは押しべて子供好きだからね」

「子供好きな神竜は浅葱様くらいなのでは……。それより、恒夜さんを遣わした神様も竜なのですか?」


 少しぼかして伝えた部分に言及されて思わず息が詰まったけど、浅葱様はあまり気にしていなさそうな口振りだった。


眷属けんぞくとして私の結界に阻まれたのだから、そうだろう? 竜はね、小さき命を眺めてでることで幸福を感じるのだよ。そういう気持ちは人も共通していると思うけれどね?」

「我々とペットを同列に置かないでください」

「違うよ、そうじゃないよ。どうしてルスは、わかってくれないのかな?」


 確かに、浅葱様のいう竜の感性は僕にもよくわからないから、ルスランさんが警戒するのもわかるんだよね。でも、なぜクォームが僕に手を貸してくれたのか……と考えると、本当に『絆された』以外の理由が浮かばないのも確かだった。

 ルスランさんはまだ眉を寄せているけれど、一応は納得してくれたのか口をつぐんだ。浅葱様の目が今度は僕に向く。


「恒夜、君を遣わした竜の何某なにがしかが我々の味方たり得るのかは、私も気になるところだけどね、このままでは世界は遠からず滅びてしまう。だから、私は君の提案に乗るよ。異世界からの干渉を許すかどうかは、世界を救った後で考えれば良いことだからね」

「はい。心得ました」


 あ――なるほど、そういう。クォームの言う『意向次第』というのは、新たな神様が『異世界からの干渉を許すかどうか』ってことなんだ。気になっていたことがに落ちたと同時に、責任の大きさを実感して心が震えた。

 浅葱様が神様になって異世界からの干渉を許してくれたなら、もしかして家に帰る道も開かれる? ふわっと生じた泡沫のような期待が膨らむ前に、僕は頭を振ってその妄想を追い払った。先のことより、今はすべきことに集中しないと。

 満足げに目を細めていた浅葱様の表情に、ふいと影が差す。


「ルスが言うように中央聖堂の建物は破壊し尽くされて、修復どころではないね。地下に何か残っている可能性はあるが、入り口も瓦礫に埋もれているから降りられないだろう。私はここを動けないし、どうしたものかな……」

「王様、実は僕たち、幻魔法師の方をさがして、幻魔の魔法で建物が修復できないか試すつもりでした。だからその足で、中央聖堂の跡地がどうなっているか確かめてきます」


 方向性が大きく変わることはなさそうで僕は安心したのだけど、浅葱様はそれを聞いた途端、眉間にしわを寄せ首を振った。


「駄目だ。君は、黄昏に狙われているんだよ?」

「それでも、修復は僕を通してしかできないので、行きます。もちろん、護衛は頼むつもりです。引き受けてもらえるかは、聞いてみないと分かりませんけど……」

「黄昏に対抗できる護衛など、――うん? ルス、ところで彼はまだ城にいるのかな?」


 厳しい教師みたいな表情で僕をたしなめようとしていた浅葱様は、台詞の途中で何か思い出したらしい。話を振られたルスランさんは、一瞬きょとんとしてから、すぐに「ああ」と声を上げた。


「リレイさんですか? 今日の午後に発つという話だったような。でも、彼が引き受けてくれるでしょうか」


 え? リレイさん、お城に滞在しているの?

 そういえば連絡手段がなかった、と思っていた矢先の話にびっくりした。あの時、呪い竜二体を速攻で滅した強さは、王様も認めるところなんだ。すごいな……。


「貴重な医薬品をわけてあげたのだから、私には要求する権利があるよ!」

「浅葱様、人命のためなら対価は要らぬとか、格好つけていたじゃないですか。権利を振りかざすのは逆効果ですよ」

「ならば王命をもって」

「権威で強要するのはなおさら悪手です」


 むう、と口を王様がつぐんだ隙に、僕は急いで話に割り込んだ。


「王様、ルスランさん。僕もリレイさんに案内と護衛を頼むつもりでした。ですので、ちゃんと自分で話します。ここにまだ滞在中でしたら、会わせていただけますか?」




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